『金日成主席革命活動史』

第6節 社会主義大建設を指揮。3大革命赤旗獲得運動の開始


 金日成主席は、全社会のチュチェ思想化の要請に即して経済を改造し、6か年計画をくりあげて完遂するため全党と人民を社会主義経済建設に呼び起こした。

 社会主義経済建設を新たに高揚させることは、全社会のチュチェ思想化の不可欠の要請である。社会主義経済建設をおし進めてこそ、チュチェ思想にもとづいて経済を改造し、社会主義・共産主義の物質的要塞の占領を早め、勤労者の物質・文化生活をより豊かに、より早く保障することができるのであった。それはまた、当面の複雑な情勢にてらして、特に重要な問題であった。アメリカ帝国主義者と南朝鮮の軍事ファシスト一味は、いつにもまして共和国北半部にたいする侵略戦争の挑発に躍起になっていた。共和国北半部の人民は、革命基地を強化し、敵の不時の攻撃に備えて万全の態勢をととのえなければならなかった。

 主席は1974年2月、党中央委員会第5期第8回総会で、社会主義建設で新たな革命的高揚を起こす積極的な対策を講じ、社会主義大建設方針を提起した。

 金日成主席は次のように述べている。

 「全党と全人民が総力をあげて社会主義大建設のたたかいを力強くくりひろげ、来年までに6か年計画のすべての生産目標を繰りあげて達成し、そのあとひきつづき社会主義経済建設の十大展望目標をめざして総進軍すべきであります。そうして、数年内に社会主義経済建設の十大目標を必ず達成しなければなりません」(『社会主義経済建設で新たな高揚を起こすために』1974年3月7日)

 主席は、党と人民が全力をあげて6か年計画を期限前に完遂し、ひきつづき数年間に達成すべき、社会主義経済建設の十大展望目標を示した。それは、鋼鉄1200万トン、非鉄金属100万トン、石炭1億トン、電力500億KWh、セメント2000万トン、機械・金属加工品500万トン、水産物500万トン、化学肥料500万トン、海面干拓10万ヘクタール、穀物1000万トンである。

 この社会主義大建設方針は、社会主義の完全勝利を促し、全社会のチュチェ思想化を画期的に前進させるための革命的な方針であり、複雑で緊張した情勢を主動的に打開して祖国統一の大業を早めるための積極的な方針であった。

 主席はさらに、社会主義大建設方針を実践するためには、全国が総力をあげて新しいチョンリマの速度で前進し、当面は、基本建設、工業、農業、輸送、水産の5大部門に力を集中すべきであると強調した。そして、党員と勤労者を社会主義大建設に呼び起こすため、総会の名で全党員に手紙を送った。

 総会ではまた、主席の提唱で税金を全廃し、工業製品の価格を大幅に引き下げる画期的な措置がとられた。これは、朝鮮人民にチュチェの祖国で生きる誇りと自負心を高めて、かれらを社会主義大建設に奮起させるとともに、自立的民族経済の威力を広く示威し、世界の革命的人民の大きな支持と共感を呼び起こした。

 主席は総会後、社会主義大建設に大きな力を傾け、一連の革命的な措置を講じた。そしてまず、党と行政・経済機関の役割を高め、経済活動にたいする指導の強化をはかった。そして、社会主義大建設を保障するため、一部党機構を改編して、経済活動にたいする党の指導を強め、大建設の実情に即して、中央から工場、企業所にいたるまでの企業管理組織を全面的に改編した。また、テアンの事業体系を各部門で正しく具現し、計画の一元化体系を確立するとともに、国家計画規律および連帯生産の規律を乱す機関本位主義や地方本位主義の傾向を根絶するたたかいを全党的にくりひろげた。これとならんで、労働行政を改善して労働力の浪費をなくし、潜在労働力を最大限に引き出し、ここで得た追加労働力を社会主義大建設の主要部門の支援にふり向けた。

 主席は、社会主義大建設を早めるため、チョンリマの勢いで前進をつづけるよう全党と全人民に呼びかけた。主席の構想に従って、党中央は社会主義建設で速度戦をくりひろげる方針を提起し、すべての部門でこれを貫徹するように導いた。

 速度戦は、すべての活動を電撃的におし進める社会主義建設の基本的な戦闘形式であり、革命的な活動展開原則である。

 党中央は、思想革命をすべての活動に優先させて、人々の思想観点と思考方式、活動態度と活動方式、活動方法と活動作風などすべての面で根本的な転換をもたらし、勤労者と幹部が力を合わせて社会主義大建設の科学・技術上の問題を解決し、大衆的技術革新運動を広範にくりひろげるようはかった。これとならんで、各級党組織と行政・経済機関が生産と建設にたいする技術的・経済的保障および指揮を正確におこない、すべての幹部が大衆のなかに入って政治活動、対人活動を優先させ、困難なときほど率先垂範する革命的気風を確立するようにした。

 思想革命と技術革命を強くおし進め、それに組織・指導活動を裏打ちする党中央の措置は、社会主義大建設を勝利に導く保障となった。

 主席は、陣頭で社会主義大建設を指導した。まず、人民経済部門別大会や協議会を招集して社会主義大建設を促し、6か年計画をくりあげ遂行する方向と方途を示し、平壌市、平安南北道、咸鏡南北道、慈江道など全国各地を現地指導して、党員と勤労者を革新と飛躍へ呼び起こした。また、5大部門に力を集中する方針を力強くおし進めた。ここではまず、基本建設を最優先させる措置がとられた。

 金日成主席は、次のように述べている。

 「我々が6か年計画を繰りあげて完遂するためには、なによりもまず基本建設を力強くおし進めなければなりません。
 人民経済のすべての部門で6か年計画を繰りあげて完遂できるか否かは、基本建設を立派におこなうかどうかにかかっています」(同上)

 基本建設では、鋼鉄生産目標を達成するため金策製鉄所の拡張工事をはじめ、近代的な大冶金工場の建設に拍車を加え、鉄鉱山の大々的な拡張と開発に力を入れた。また、北倉火力発電所第2段階工事や大安重機械総合工場建設など、近代的な動力・機械・化学・建材工業工場の新設、拡張など膨大な建設をおし進めた。

 次に、工業建設が強くおし進められた。増大する石炭と各種鉱石の需要をみたすため、採掘工業優先の方針にそって、炭鉱、鉱山の大々的な拡張と開発、採掘および運搬設備の大型化、高速化に拍車を加えた。また、工業を近代技術の土台のうえにすえるため、工業部門で生産工程の自動化、リモート・コントロール化をおし進めた。

 また、輸送革命にも力が入れられた。鉄道運輸をのばすため、新しい鉄道の敷設と清津−茂山、平壌−馬洞(マドン)間をはじめ、多くの区間の電化をおし進め、また、独創的な鉄道の物資別集中輸送体系の導入、鉄道、自動車、船舶の連携輸送の強化など輸送の一大変革をはかった。

 農業部門では、農村テーゼの課題を貫徹して、農業の工業化、現代化をはかり、水産部門では、近代的漁船の大量建造と水産業の物質的・技術的基盤の強化に力を入れた。

 主席は、直接、社会主義大建設戦闘の指揮にあたった。そしてまず、大建設の突破口を開くため、1974年度人民経済計画の超過遂行へ向けて総進撃するよう呼びかけた。1974年度の計画は、大建設戦闘の勝利を左右するカギの一つであった。この計画が完遂されれば、党員と勤労者に勝利の確信と勇気をいだかせ、国の物質的・技術的基盤を強化して、社会主義大建設戦闘をひきつづき高揚へと導くことができるのであった。

 党中央は、主席の構想に従って「70日間戦闘」を提起し、全党、全国、全人民を1974年度人民経済計画の完遂へと奮起させた。そして、党員と勤労者のあいだで思想活動と生産扇動を活発にくりひろげるとともに、整然とした戦闘指揮体系をととのえ、重要部門には有能な指導グループを派遣して綿密な組織・指導活動を進め、「70日間戦闘」の勝利を保障した。

 「70日間戦闘」によって1974年11月および12月の工業総生産高は、前年のそれに比べて148%および152%にのび、1100余の工場と企業所が6か年計画末の生産水準を突破した。こうして、新しいチョンリマの速度「70日間戦闘速度」が創造され、社会主義大建設の突破口が開かれた。

 主席は、社会主義大建設戦闘にさらに拍車を加えるため、1975年2月、党中央委員会第5期第10回総会を開き、技術革命を促しながら、ひきつづき5大部門に力を集中し、経済建設で大高揚を起こす課題を提起し、それを正しく指導した。

 ここでは特に、技術革命が強くおし進められた。

 それは、人民経済の各部門を近代的技術の土台のうえにすえ、人民を骨の折れる労働から解放し、労働生産性を向上させて社会主義建設で大飛躍、大革新を起こすための不可欠の要請であった。

 主席は、人民経済の各部門で技術革新運動を大規模に、電撃的に展開する措置をとった。党中央は、主席の構想を実現するため、殷栗(ウンリュル)鉱山の大型長距離ベルトコンベヤー工事と茂山鉱山−金策製鉄所間の長距離精鉱輸送パイプライン工事を自国の設計と自国の設備および自国の力で進める大胆な方針を示し、これを賢明に導いた。こうして、1975年6月には、殷栗鉱山に自動化、リモート・コントロール化された大型長距離ベルトコンベヤーが完工し、11月には茂山鉱山−金策製鉄所間に全技術工程が自動化された大型長距離精鉱輸送パイプラインが建設された。

 党中央はまた、全国の自動化構想のもとに、まず黄海製鉄所の全面的自動化、総合的リモート・コントロール化をふりだしに、すべての工業部門にこれを一般化していった。こうして、共和国北半部では、技術革命が新たな高い段階に入り、社会主義大建設の勝利を保障する強力な物質的・技術的基盤がきずかれた。

 主席は、社会主義大建設戦闘を人民大衆自身のものとし、大衆の無限の力と創造的才能を最大限に発揮させるため、大衆運動の強化に大きな関心を払った。そして、全社会のチュチェ思想化が当面の任務として提起され、社会主義大建設が急速に進められている実情に即してチョンリマ作業班運動の深化発展した形態としての3大革命赤旗獲得運動を提唱した。

 主席の構想と党中央の指導によって1975年の末、剣徳(コムドク)鉱山の労働者と青山協同農場員のなかから3大革命赤旗獲得運動の最初ののろしがあげられた。この運動は、初期から党中央によって、その目標と方向が明確に示され、運動の段階と各段階における課題と遂行方法が規定された。党中央は、この運動を党の指導のもとに党活動と密着させて進めるようはかり、党内に運動を担当する機構を設け、指導体系を立てた。また、この運動での3大革命グループと勤労者団体の役割を高め、運動の総括を正しくおこない、適時に必要な対策を立てるようにした。

 党中央はまた、「思想も技術も文化もチュチェの要求どおり」という革命的なスローガンを示して、全党と人民を3大革命赤旗獲得運動に奮い立たせた。こうして、1976年からこの運動は急速に全国に拡大し、広範な大衆がこれに参加した。

 3大革命赤旗獲得運動は、3大革命を促し、社会主義建設を早めるための最高形態の大衆運動である。

 金日成主席は、次のように述べている。

 「(略)3大革命赤旗獲得運動は、思想革命、技術革命、文化革命を力強くくりひろげて社会主義建設を早めるための全人民的な大衆運動であります」(『チュチェ思想の旗を高くかかげ、社会主義建設をさらに促進しよう』1978年9月9日)

 3大革命赤旗獲得運動は、全社会のチュチェ思想化の要請に即して社会の全構成員をチュチェ型の共産主義革命家に改造する高い形態の大衆的思想改造運動であり、社会主義工業化が完成し社会主義建設が急速に進展する現実の要請を反映した高い形態の大衆的技術改造運動であり、完全に勝利した社会主義社会の建設が日程にのぼった、革命の新たな発展段階における高い形態の大衆的文化改造運動である。

 3大革命赤旗獲得運動は、チョンリマ作業班運動を深化発展させた運動であって、速度戦と思想戦の原則を具現して、人間の思想改造運動と経済・文化・国防建設での集団的革新運動を有機的に結びつけ、これを強力におし進めることによって、祖国の統一を迎える準備をととのえ、社会主義・共産主義建設を最大限に早める新しい形態の大衆運動である。

 社会主義建設の各部門で3大革命赤旗獲得運動が活発にくりひろげられた結果、思想・技術・文化革命で大きな成果が達成され、社会主義建設で大高揚がもたらされた。

 主席の正しい指導によって社会主義大建設戦闘は大きく前進し、6か年計画は輝かしく完遂された。

 6か年計画期間に共和国北半部の経済は、極めて速いテンポで発展した。1976年に工業生産は1970年の2.5倍に伸び、解放前の1944年の年間工業生産高を5日で生産する水準に達した。農業部門でも毎年大豊作がつづき、800万トン以上の穀物が生産されて、食糧問題が十分に解決された。人民生活分野でも所帯当たり労働者、事務員の実質所得は1.7倍に、農民の実質所得は1.8倍に伸びた。

 社会主義大建設の伸展と膨大な6か年計画課題の完遂によって、共和国北半部の経済力は著しく強化され、全社会のチュチェ思想化と祖国の自主的統一を促進する強力な基盤がきずかれた。

 共和国北半部人民の社会主義大建設と6か年計画の遂行過程は、社会主義のもとでは経済の規模が大きくなっても、生産をひきつづき高いテンポで成長させることができるとした主席の独創的な経済理論の正しさと生命力、共和国社会主義制度の優位性をいま一度確認した。それはまた、アメリカ帝国主義とその追随者には甚大な打撃と恐怖を与え、たたかう南朝鮮の革命家と人民には勇気と確信をいだかせ、自主の道を進む各国の革命的人民を大きく励ました。





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