匿名記者座談会 「真由美自白」と「捜査報告」の疑惑をつく

パートI 暴かれた「自白」と「捜査報告」にみるトリックとウソ


 ■「真由美」の言葉は、「はっきりとしたソウルの標準語」と書いた『朝鮮日報』のコラム

 A 今日は大韓機事件の第2幕として、「真由美」の記者会見および韓国の捜査当局の発表による「捜査報告」、この2点を中心に、そこにあらわれている矛盾点、謎に焦点を合わせてストーリーのデタラメぶりを一つ一つ暴いていきたい。

 まず、真由美自身の言葉は、北のなまりということで報道されたりしたが、これは『朝鮮日報』(1月18日付)の一面の「萬物相」というコラム欄に、「真由美は、はっきりとしたソウルの標準語で話した」と書かれているように、とても彼女の言葉は北だと言えない。

 C そのコラムを翻訳してもらって読んだが、書いた記者は言語学に精通しているという印象を受ける。少なくとも興味をもっている。その筆者が、「ソウルの標準語であった」ということを書いているのは非常に重みがある。ましてや、筆者は、「真由美」の記者会見での発言と記者の質問を比較して、質問の方の言葉がなっていない、方言だらけであるというようなことまで書いているわけで、その意味では、在日日コリアンの人が、あれはソウルなまりだ、あるいは北のなまりだといっても正直なところそのままには信じられないという気もするが、ソウルの現地の人がこう言っているということは、少なくとも北なまりとはとても断定できない。むしろ、やはりソウルの言葉であったのか、という思いは否定できない。

 A 「真由美」の捜査報告書を見ると出生地というのが出ていない。しかし、彼女が今まで住んでいたところが平壌市内だとするならば、これは言葉に詳しい人に聞いてみたところ、平安道のなまりの中で「チュー」と「ツー」がよく発音できないらしい。例えば、中国を意味する「チュング」を「ツング」と言ったり、停車場の「チョンゴジャン」を「ツングジャン」と発音するらしい。ところがその人が記者会見を聞いた限りでは、もしそこで生まれ育ったならば、当然なまっていなければならない言葉も、ソウルの標準語になっているという。

 C それ以外に、平壌なまりは言葉の始まりが強いという。ところがそれもない。だからそういう意味で見ても、ハングルをよく知っている人ならば、これは少なくとも北なまり云々の話は出てこない。

 B 記者会見の直接の言葉ではないけれども、「真由美」が自白するきっかけになったと言われている「オンニ ミアネ(お姉さんごめんなさい)」とという言葉もやはりおかしいらしいね。

 「オンニ」というのは、韓国では男が「ソンベ(先輩)」または「ヒョン(兄さん)」というかわりに女性たちがそれにかわる言葉として「オンニ」という言葉を一般的に使うんだが、北では「オンニ」というのは、まず実の姉以外には使わない言葉だという。それなのにまず最初に使った韓国語が、北ではふだん使わないケースでの「オンニ」だったというのだから話にならない。


 ■「自述書」にみるトリックとデタラメな「南表記」「北表記」の不一致

 A 方言の問題と関連していうと、「真由美」の自筆なる宣誓文とか陳述書の原文が韓国のマスコミに報道されているが、これを見るとなお、彼女自身の使っている言葉のおかしさがもっと明確になってくる。

 「真由美」の宣誓文は、あたかも金正日総書記が直接指示したかのごとく印象を与えるために持ち出されてきたと思う。宣誓文の署名が二人の連名でなされているとか、仮名でされているなどの問題もあるが……。

 B「金賢姫(キム・ヒョン)」がキム・オックァという別名になっているという問題以前に、北ということを抜きにして、どこの国でもそうだろうが、一国のトップに向けた宣誓文を、ましてや諜報機関で働く人間が持ち歩くなどということは、とても常識的に考えられない。書いたならばどこかに管理する。ましてや、それを持って外国を歩き回るなんてことはまず、常識外れの話。

 C その辺は捜査結果では、はっきり言っていない。新たに書かせたものなのか、思い出しながら書かせたものなのか、持ってきたものなのか、はっきり言っていない。要するに、どうにでも逃げられるようにしている。

 しかしいずれにしろ、これはだれかの手によって新たにつくられたものであることは明らかだ。ただ、その発表の方法が自筆という形式をとっている点が重要だ。「真由美」なる人物が少なくとも新たにつくった宣誓文の作成に関与しているということになるが、そう見ても、これは非常におかしい。「真由美」が北の「工作員」であれば、そのときの文章を思い起こして青いたにせよ、まず、形式と文体がまったく北のものではない。北の人間であれば何も金日成総合大学に通った経歴を持つほどのエリートでなくても、小学生、中学生でも当然知り得る文法のルールが守られていない。常識の部類に属する点がデタラメ。とても北の人間が書いたものではない。ましてや文章が極めて稚拙だ。言わばハングル講座の上の下といったところ。

 あと、「ハゲッスムミダ(〜をします)」という部分は北表記に書いてあるが、規律を意味する「キュリュル」の部分は「キュユル」という南表記のまま、夕刊紙である『中央日報』に報道されてしまう。それが、次の日発行の朝刊紙である『韓国日報』『朝鮮日報』では、その部分だけが直されてリユルで報道されるという小細工までなされているということで、宣誓文自体が、あちらの捜査機関によって創作されたものとしか考えられない。

韓国式表記の「宣言文」 翌日の新聞では北式に改ざんされた(左)

 B 韓国のマスコミでは盛んに「さすが北の一流工作員の文章だ」というふうにイメージづけているが、実際の記者たちはその文章の低質さをおかしく思っているはずだ。宣誓文が偽物か本物かということはおのずからわかってきてしまう。

 「自述書」については、まず南北では違っているべき表記が一定していない。あるところは南で使わない北表記そのままでいっているが、数十カ所にわたって北で使うべき言葉が使われずに南表記が使われているという、とんでもない矛盾点が出てきている。明らかに北で育ったまだ若い女性であるなら、当然知らないような言葉を彼女は使っている。これは常識的に考えてあり得ない。それに、やたらと古めかしい漢字語を使うかと思えば、一方では北ではほとんど使わない外来語がやたらと使われている。創作する上でかなり慌ててやったのではないかと思う。

 「宣誓文」「陳述」には、北では使われない表記、表現が数十カ所見られる。 上記は、その一部。出展:『謀略は暴かれた』

 C 「真由美」の宣誓文と陳述が一つにまとめて「自述書」として外信記者に配られた。その原文を見てみると、まず「自述書」と表紙にあって、それをめくると宣誓文がある。そこには自筆であるというただし書きがある。ところが、陳述にはそうしたただし書きがない。

 まず第一に、「自述書」というのは日本では非常に聞き慣れない言葉だ。これは韓国の法体系からいっても、「自述書」というのは法律的意味は全く持っていない。そういう発表の仕方をしている。ところが現地のマスコミでは、「自述書」として、陳述の内容までもが「金賢姫」自身が書いたものであるという注釈までつけ加えられて報じられていることを見ると、国内向けには両方、彼女が書いたような印象を与えている。そういう意味で巧妙なトリックが仕掛けられているという印象を強く感じる。

 A 日本の場合は、陳述書は係官が書いて、あと本人が署名する。

 C しかし、原文には本人の署名がない。だから明らかに、本人の自筆であるとされている宣誓文と比べても、筆跡は素人目にも違うということがわかる。ところが、陳述の内容と署名の部分が同じ筆跡になっている。要するに係官が書いたものと思われるわけで、とすると「真由美」自身のサインすらないということになる。それは裁判所にも提出できないものだ。ところが、それほどいい加減な、それも巧妙なトリックとわかるシロモノが、“物的証拠”に匹敵するものとしてとり扱われている。話にならない。

 B 日本の法体系に詳しい学者が、日本であればとても立証自体が無理な内容だといっているが、我々日本のマスコミもなめられたものだ。怒りを感じるね。みすみすと乗せられている面が多々あるだけに……。


 ■声紋鑑定の権威によって暴かれた「美由美」の“演技”───涙のウソ

 A 次に、記者会見の場に、実質15分間出てきて、非常に小さな声で、か細い声でしゃべったわけだが、その声の問題でいうと、緊張感もなく余りにも淡々としていたということで疑惑がわいている。

 B この件に関しては、元警察庁科学捜査官の出身で声紋鑑定の日本の権威である鈴木さんの説明で、すべてが明らかだ。その説明につきるだろう。氏がマスコミを通じて言っているように、全く小学生が教科書を朗読するような、アナウンサーが記事を読み上げるようなものでしかない。要するに心の動きが一つもない。それからいけば、まずとても.スパイとは思えない。

 記者会見にかなり慣れた人物でも、冒頭の部分ではかなり声の周波数・ヘルツが上がるらしいが、「金賢姫」は、「今から答えます」と言い始めたところから終始一貢、最後に泣いた部分までヘルツが変わっていない。本当に泣いたなら、ヘルツは倍近くになるはずが、そこのところすらほぼ一定。そのことは科学的にもはっきり検証されたが、記者会見を見た印象からいっても、8日間で転向したとすれば、その後かなりの罪意識を持っているはずなのに非常に表情が淡々としている。血色もいい、夜も眠られないような状況が続いた人間の悩んだ姿というのはまず見られない。

 それに、美人だという話が出ているが、どんな美人でも1週間、10日眠られずに、食事ものどを通らなければ、肌が荒れて目の下にクマができて、ブスに見えるぐらいの表情になるはずだが、非常に肌つやもいい、化粧ののりがいい女性があらわれてきたこと自体も、これはかなりおかしいな、という印象を受けざるを得なかった。

 A 大統領選挙の前の日に金浦空港に降り立ったときの印象と、記者会見に出てきた印象が非常に違うという声がマスコミなどでも取りざたされた。替え玉説も出てきているが、少なくともバーレーンでの写真、金浦飛行場での顔つきと、記者会見での人物は明らかに違うといった印象が強い。

 B 日本人記者で、空港まで行った記者もいたが、記者会見で彼女があらわれた瞬間、印象が違い過ぎるという感想を持っている。


 ■ 外国人記者に一切の質問の機会が与えられなかったことの意味

 A 次に、記者会見自体の問題だが、一方的に真由美が15分間しゃべって、特定の韓国人記者が幾つか質問して、それに答えるという形式だった。外国人記者には一切の質問が許されなかった。

 C 初めから筋書きどおりの記者会見であったことは間違いない。それにしても、「真由美」自身が日本語、英語、中国語に精通しているのであれば、逆に外国人記者の質問を許した方がよかった。しかしそれを許さなかったということで、まず記者会見に出てきた「金賢姫」なる人物は、日本語、英語、中国語に、果たして精通しているのかどうかという疑問が浮んでくる。その辺はすぐにバレてしまうからね。

 あと一点は、自由な質問を許すと、工作員としての「金賢姫」の正体がかなり出る。そういう意味では、自由な質問を許すと、彼女が「北の工作員」でないということがバレてくるおそれが十分にある。そのため徹底した筋書きを書いて、しゃべる範囲もきっちりと設定されていた。だから質問も事前に設定されていて、ただそれだけで終わってしまった。

 B 『ニュースステーション』で久米さんが言っていたけれども、本当に自信があるのなら、もう一度外国人記者を集めてフリートーキングをさせるような形でやったらいい。これをやらなかったのは、記者会見が、事件の幕引きをするためのセレモニーとしての設定であって、「真由美」が、韓国捜査当局が発表したように、8日間で転向した「北の工作員」であるならば、むしろ自由な質問をさせることでこそ、より効果があったはずだ。それをさせなかったところに、記者会見自体の謎を解く最大の鍵がある。

 一つのテクニックとして、印象として一般の人たちに、外国人記者も参加していることで、さもフリートーキングで記者会見が行なわれたような印象を持たすために外国人記者を呼んだだけで、実態は国内の一定の、それこそ特定された記者たちだけとのやりとりの芝居であったというところを一つ押さえておく必要がある。


 ■ あいまいにされた偽造旅券の出所とつじつまの合わない入国・出国スタンプの謎

 A 「捜査報告」で発表されたなかで、偽造旅券の入手経路。これは「蜂谷真一」、「蜂谷真由美」の日本人名儀の偽造旅券をどのようにして手に入れたのかということだが、読んでみると、ウィーンで北の指導員からそれを手渡されたと。それまでは朝鮮民主主義人民共和国の旅券を使った、したがって、偽造旅券にウィーン入国時の入国スタンプがないのは、それで説明がつくということを言っているわけだ。しかしこの件にしても、今度はベオグラードでの出国スタンプがないことに関してもまた、共和国の旅券を使ったからだと言っていて、ウィーン以後は出国スタンプをもらった偽造旅券を使ったという証言とも全く矛盾している。第一、共和国の旅券はウィーンで回収された、となっている。ともかくデタラメなんだが、とにかくそのことは後にしても、この問題では、日本でも「北のスパイ」問題というのがクローズアップされてきて、例の「宮本」なる人物が登場して、その後の情報では、もはや死んだのではないかという説まで流されているが、いずれにせよこの問題が「捜査報告」でもあいまいだ。日本人名儀の偽造旅券がどのような入手経路で入ったか。発表前にいろいろと取りざたされ、また韓国から流された洪水のごとき情報量に比べると、全くこの点については発表がないことにも疑問が起きている。

 B 一番最初に、大韓機事件が起こったときに、北だという印象を与える最大の情報として流されたのが、「宮本」を中心とする偽造旅券の問題だった。彼を中心に「北の工作員」たちが、日本を舞台に旅券偽造をやっているという話。だから、一時期、「真由美」というのは「宮本」の姪っ子ではないかという説までどんどん流されて、その後もありとあらゆる未確認の、すなわちガセネタが日韓合同で一気に流されてきたが、捜査発表があった後の段階で、今度は「宮本」は既に死亡しているのではないか、となった。要するに「宮本」云々の話は、何一つ根拠もなかったし、目的は事件と北の結びつきを印象づけるための世論操作の“道具”でしかなかった。

 ある公安関係者は、西新井事件の真相、その他は別問題として、当時、既に「蜂谷真一」なる名前は、諜報の世界では手あかのついた名前であった。だから、これが動けば、当然、各国の捜査機関が動くようなものであったといっているが、とすれば、今回、手あかのついた旅券を北が使ったという設定になるが、まずこれは諜報の世界の常識からいってあり得ない。新たな任務を帯びたスパイが、手あかのついた、既に日本の公安当局、その他の機関によってチェックされている偽造旅券で動くなんてことはまずあり得ないことだ。

 もう一つは、彼らがウィーンで航空チケットを入手するときに、名前を幾らでも変えることができるし、デタラメな名前で購入できるものを、まるで私たちはここで買いましたよということを知らせるために、「蜂谷ミスター」「蜂谷ミス」という名前で購入している。こんなバカなスパイが、果しているだろうか。つまり、こういう事実関係を見ても、事件の出発点をウィーンに定め、そして日本と結びつけようとしたのが、どうも途中でまずくなってきているということで、確証がないままにうやむやにされて、事件の幕引きを図っているという印象だ。準備しようにもし切れないものをいいかげんにごまかして、そのまま幕を閉じている。偽造旅券の問題では、下手にここを「捜査報告」で明かすと、かえって矛盾点が膨らんでおかしくなってくるのではないか。

 A 先の話に戻るが、「調査報告」を読むと、ブタベストからウィーンには陸路で入ったと。それは、入国が非常に厳しいから車で行こうということになった。ところが、証拠として提出されている彼らが持っていた日本人名儀の偽造旅券に、ウィーン入国のスタンプが押されていなかった。それを突かれて、いや、そこまではDPRK(共和国)の旅券を持って国境を通過した。入った後に、偽造旅券を使って出国したんだと。

 C だとすれば、ウィーンでの入国スタンプはなくて出国スタンプだけがあることの意味はまあそれでいいにしても、ではその次に入ったベオグラードの出国スタンプがないことはどうなるのか。その説明のときにも、捜査員は、「いや、そのときは北の旅券を使った」というように答えているわけで、もうお話にならない。先に、北の旅券はウィーンで回収されたといっているのに、デタラメのごり押しをする。ましてや、「捜査報告」を見ると、ベオグラードで彼らは出国の際、乾電池を一度押収されている。にもかかわらず、出国スタンプがないという、考えられないようなことが起こっている。偽造旅券に関しては極めて杜撰であり、逆に疑惑を呼び起こすような結果になっている。

 B 偽造旅券が出てくるのは、以前はフィリピンだとか東南アジアが大部分を占めていたものが、ここ数年はウィーンが非常に数がふえて、ほとんどウィーン発行になっている。注目すべきは、ウィーンというところは、ヨーロッパにおけるCIAの情報戦略機関としての拠点になっているというところを一つ見るべきだろう。それは、中近東におけるバーレーンが、イギリス、アメリカの情報機関の拠点となっていることと考え合わせて、偽造旅券とウィーンという関連性もポイントとして押さえておく必要がある。

 C 偽造旅券については一言だけ発表があった。極めて精巧で、これは国家機関でしかつくれないということで、「北の犯行」を臭わすような極めて抽象的な表現がされているのに比べ、具体的には矛盾点だけが多い。

 B 確かに国家機関でないとつくれないというのは、我々の結論でもある。もちろん、それは逆の意味でね。




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