回想記「永遠の女性革命家」

1−6 「金日成将軍に従わなければならない」

 長白一帯に酷暑がつづく1937年7月上旬のある日、反日青年同盟と児童団責任者の会議があるというので、秘密会合場所に駆けつけてみるともう大勢集まり、張りつめた空気がただよっていた。

 金正淑女史の様子をうかがったが、厳しい表情をしていた。

 私も緊張感を覚え、片隅に席を占めた。

 やがて女史が前に進み出た。

 「皆さん、日本帝国主義者は、ついに中国本土への武力侵攻を開始しました。いま、彼らは、大兵力を投じて手当り次第に村落を焼き払い、人民を殺りくしながら中国の全土に戦争の惨禍をふりかけています。
 朝鮮革命の前には、一大試練の時期が到来しました」

 参会者たちの胸は強く動悸をうった。

 「侵略者め、とうとう強盗の本性をむき出しにしたな」
 私は拳を固めた。あちこちから荒い息づかいが聞こえた。

 演説は続いた。

 「これから私たちは、新たな戦いを始めなければなりません。
 広大な中国本土で野蛮な侵略戦争を繰りひろげている日本帝国主義は、「後方」の安全をはかって抗日遊撃隊に対する『討伐』を強化し、朝鮮人民の居住地にも悪辣な攻撃をかけてくるでしょう。そうなると私たちは再び血の海の苦しみをなめなければならないでしょう」

 女史の声は、悲壮感に溢れていた。私は、はかり知れない試練と脅威が目前に迫っていることを全身で直感した。

 女史は燃えるような鋭い視線で場内を見渡した。

 「しかし、私たちはためらうことも、恐れることもありません。
 日本帝国主義の中国侵略は、断末魔のあがきに過ぎません。吹雪は、冬が終るころいっそう荒れ狂うものです。それと同じく、彼らがますます死物狂いに襲いかかってくるのは、その終末が目前に迫っていることを物語るものです。
 金日成将軍は、このたび深い意味のこもった教示をおこなわれました。日本帝国主義は必ず敗北する、祖国の独立は10年そこそこで実現すると言われたのです。
 皆さん、将軍のお言葉を信じてください。我々はあと10年で祖国に帰るのです」

 聴衆の中からどよめきが起きた。夢路にも通った母なる祖国、忘れえぬ懐かしい故郷に帰れる日は、もう遠くない! 聴衆の胸は高鳴った。

 「皆さんは、どんな悲哀や犠牲にもめげず、朝鮮の独立を勝ちとるため奮起しなければなりません。
 朝鮮の独立を勝ちとる道は金日成将軍に従う道であり、難関に屈する道は日本帝国主義に投降する道です。
 答えてごらんなさい。皆さんはどの道を進みますか」

 参会者たちは総立ちになって叫んだ。

 「金日成将軍に従います」
 「朝鮮の独立を勝ちとるため命を賭して戦います」

 女史は微笑し、さらに熱情をこめて演説をつづけた。

 「そうです。私たちは、金日成将軍に従わなければなりません。それが勝利の道であり、栄光の道なのです。しかし、その道は決して坦々としていません。
 私たちのゆく手には、まだ高い山がそびえ、深い海が横たわっており、激しい吹雪も吹きすさんでいます。
 だが、私たちはその道を最後まで進まなければなりません。そのためには、いかなる苦境にも揺るがぬ心の柱がなければなりません。心の柱とは、死の脅威を前にしても変わることのない革命の節操であります。私たちは、一日を生きても有意義に生き、立派に死んで誉れを残さなければなりません。目先の利益や逸楽のために祖国を売り、同志を売るならば、死にも劣る人民の永遠の呪詛と糾弾を免れえません。
 皆さんは、このことをはっきり認識し、例え、命は捨てても、革命の節操を捨ててはなりません。
 みなこぞって金日成将軍を絶対的に支持し、独立の日まで力強く戦いぬきましょう」

 場内に割れるような拍手がまき起こった。女史の言葉を銘記して、祖国解放の聖戦に惜しみなく命をささげようという決意が、胸々に燃えたぎった。

 会議ののち女史は、各組織の責任者を順に呼んで、日本帝国主義の新たな反革命的攻勢に対処する具体的な活動方向と任務を示した。

 女史は、私にも重要な指示を与えてくれた。坪崗徳にも「討伐隊」が襲いかかるだろうから、村の警備に万全を期し、大衆を鍛えること、中核分子を動かして組織をかため、非常事態にのぞむ各人の任務を明確に与えること、「討伐隊」が襲撃してくる場合は、所定の秩序と方法に従って大衆を避難させ、山中で生活できるよう諸般の準備を整えることなどであった。

 女史の指示は、急変する情勢に即応して大衆を保護し、革命組織を強化するうえで、貴重な指針となった。

 女史は話を終えると私の手を握りしめて、これまで児童団生活で学び鍛えられたとおり、将軍の戦士らしく立派に戦うよう望むと深い信頼を寄せた。

 私は、もう女史に会えないのではないかと不安な気持ちになり、涙をたたえて必ず期待に添うことを誓った。

 数日が過ぎると、女史が予測したとおり坪崗徳に「討伐隊」が襲いかかってきた。敵は、ほしいままに村を破壊し焼き払った。しかし、女史の指示に従ってあらかじめ綿密な対策をたててあったため、これといった被害を出さずに村人たちを山に待避させることができた。。

 その夜、私たちが集まって、敵に百倍、千倍の復しゅうをみまう決意をかため、当面の問題を討議していたとき工作員がきて女史の指示をもたらした。村の革命組織がなすべき具体的な活動方向や任務とともに私を含む数名の青年の遊撃隊入隊決定を伝える指示だった。

 私は小躍りした。待ちに待った入隊、つかの間も忘れられなかった将軍の懐にいだかれるのだ。私は全身をゆさぶる感激と興奮にひたった。

 私たち数名の青年は、村人に見送られてその夜のうちに出発した。

 一寸先の見分けもつかない暗闇も、険しい崖道も深い森も、将軍のもとに急ぐ私たちの歩みを遅らせることはできなかった。

 困難な夜の行軍の末、私たちは芝陽蓋の密営に到着し、しばらく休んでから司令部に案内された。

 東の空に燃える朝焼けが、千古の密林を美しく色どったまばゆい朝である。トウシラべ、エゾマツ、シラカバ、シベリアハンノキが密生した樹林のかなたからさし込む陽光を浴びて、晴れやかな微笑をたたえた将軍が私たちの方に歩み寄ってきた。

 日夜、慕ってやまなかった将軍、夢にまでえがいた将軍の姿を目の当たりにして、私たちは感激の涙にむせんだ。

 将軍は、両腕をひろげて近づいた。

 「将軍!」
 「将軍!」

 私たちは、こう叫んで将軍の広い胸に顔を埋めた。

 女史の配慮によって将軍の懐にいだかれた私たちを祝福するように、7月の太陽はきらめく光を降りそそいだ。
                                                


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