金正日総書記革命活動史

第8章 先軍の旗を高く掲げて社会主義強盛国家を
建設するために

第6節 先軍時代の経済建設路線を提示、
経済強国建設の土台を築くために

金正日総書記は、先軍時代の経済建設路線を提示し、それを貫徹するための活動を指導した。

 2002年9月5日の談話と2003年8月28日、党・国家経済機関の責任幹部への談話『党が示した先軍時代の経済建設路線を確実に貫徹しよう』で、先軍時代の経済建設路線を提示した。

 金正日総書記は、次のように述べている。

 「わが党は、先軍時代の要請を反映させて国防工業を優先的に発展させながら、軽工業と農業を同時に発展させるという経済建設路線を打ち出しました」

 総書記は、先軍時代の経済建設路線を貫徹するための課題を示した。

 国防工業の優先的発展に全力を集中するとともに、軽工業と農業を同時に発展させて人民の生活を決定的に向上させることを主要課題とした。また、電力工業と石炭工業、金属工業、そして、鉄道運輸部門を早急に発展させ、機械工業と化学工業などの重工業部門をさらに発展させる課題を示した。

 総書記は、先軍時代の経済建設路線を貫徹するための方途を示した。

 先軍時代の経済建設路線を貫徹するための闘争を先軍政治方式でおこない、経済活動において社会主義の原則を守り、社会主義経済の優越性を高く発揚し、内閣をはじめ、経済指導機関と経済指導幹部の責任感と役割を決定的に高めることを重要な方途として示した。

 金正日総書記は、先軍時代の経済建設路線を貫徹するための活動を賢明に指導した。

 まず、国防工業を優先的に発展させながら、それと関連する重工業をさらに発展させるようにした。

 総書記は、機械工業の発展に第一義的な力を注いだ。

 2001年8月と11月に羅南炭鉱機械連合企業所を現地指導して新世紀ののろし、羅南ののろしを燃え上がらせ、2001年2月と2002年5月、2004年6月、2006年9月など数回にわたって亀城工作機械工場を現地指導して全国的な近代化のモデル工場につくりあげ、それをモデルとして熙川工作機械工場(当時)、楽元機械連合企業所、龍城機械連合企業所など機械工業部門の工場、企業の近代化を促し、生産を活性化するよう導いた。

 総書記は、金属工業の近代化、主体化の実現に力を尽くした。

 金策製鉄連合企業所と城津製鋼連合企業所をはじめ、製鋼所、製鉄所と関連企業所を現地指導しながら、生産正常化と技術改造で提起される問題を具体的に調べて必要な対策を立てた。特に、金属工業部門の近代化の推進において、それを国の実情と現実的要請に即して現行生産を続けながら一つ一つ実現していくようにした。これとともに、金属工業に必要な主要原料、資材を国産でまかなうための闘争を強めて、金属工業の主体化を高い水準で実現していくようにした。

 総書記は、電力工業を盛り立て、電力不足を解消していくようにした。

 1999年1月、全党、全軍、全人民の動員によって大規模水力発電所の建設を促進するという国防委員会の命令を下達し、その建設を強力に推進するようにした。これと同時に、慈江道の模範にならって中小発電所の建設を大衆的運動で進めるようにし、現存の発電能力を最大限に高めるための措置もとった。

 総書記は、石炭工業を盛り立てて石炭生産を増大させることにも大きな力を注いだ。

 炭鉱に電力と設備、資材を集中的に供給し、埋蔵量が多く採掘条件の有利な炭鉱、特に、火力発電所用の石炭を生産する主要炭鉱に力を集中して生産で革新を起こすようにした。これとともに、炭鉱夫の生活条件と労働条件を改善することにも深い関心を払い、栄養剤と必須食料品を切らさず供給し、作業着と作業靴、その他の労働保護用物資が円滑に生産、供給されるようにした。

 総書記は、鉄道運輸の発展に大きな力を注いだ。

 2002年1月に金鐘泰電気機関車工場(当時)を、2002年10月には6.4車両工場(当時)を現地指導して、電気機関車と貨車の生産を増やすとともに、機関車と貨車の修理に力を入れるようにした。また、鉄道の強度を高め、構築物の工事を着実におこなって鉄道の通過能力を高め、安全性を保障し、鉄道運輸部門に鉄鋼材と電力が円滑に供給されるようにした。これとともに鉄道運行と輸送組織を綿密にし、特に、鉄道運輸において唯一指令・指揮体系を厳格に立て、規律と秩序を強めるようにした。

 総書記は、軽工業と農業も同時に発展させ、人民生活をいっそう向上させるようにした。

 2000年1月23日、党中央委員会の責任幹部への談話『人民生活を向上させるうえで提起されるいくつかの課題について』、2007年4月4日、党・国家経済機関の責任幹部への談話『人民生活を決定的に向上させることは、こんにち、わが党が打ち出した最も重要な革命課題である』をはじめ多くの著作で、人民生活を向上させるための課題を示した。まず、軽工業を発展させて一般消費財の生産を増大させるようにした。

 総書記は、人民の生活に切実に必要な一次消費財の問題を解決することに力を集中しながら、人民の需要に沿って各種の一般消費財生産を増やし、その質を高めるようにした。そして、軽工業部門の工場を近代化するため、既存の軽工業工場の技術的改造と、最新科学技術で装備された軽工業工場の新設を並行させるようにし、道、市、郡でもそれぞれの実情に即して地方産業工場を一つか二つずつ近代化していくようにした。

 総書記は、農業革命方針を貫徹するよう指導した。

 2003年5月21日、党中央委員会の責任幹部への談話『わが党の農業革命方針を貫徹することについて』をはじめ諸著作で、チュチェ農法の要求どおり適地適作、適期適作の原則を守るうえで提起される諸問題を明らかにした。

 適地適作の原則で国の農業生産構造から大胆に改善し、稲やトウモロコシのよくできる地帯にはそれを主作とし、北部山間地帯ではジャガイモ栽培を主とするなり、その地帯に適した作物を多く栽培するようにし、農民の要請と意思をくんでその地方の気候・風土に適した品種を選択させるようにした。同時に、適期適作の原則ですべての営農作業を適期に着実におこなうようにした。

 2004年10月12日、党・軍隊の責任幹部への談話『農業革命で基本となるのは種子革命である』で、種子革命で提起される課題を示した。

 育種事業において主体性を確立し、国の気候・風土に適した各種優良品種の種子をつくりだす一方、外国の多収穫品種を取り入れるようにした。そして多収穫品種の種子の栽培技術、肥培管理方法を研究し完成させるようにした。また、育種事業とともに採種事業を種子革命の重要な構成部門と規定し、農業生産に必要な優良種子を多く採種して各協同農場へ送るようにした。

 総書記は、ジャガイモ栽培に根本的な転換をもたらし、農業生産を盛り立てる確固たる展望を開いた。

 すでに、1998年10月1日に両江道大紅丹郡を現地指導した際、ジャガイモ栽培に画期的転換をもたらすよう強調しているが、それについで2000年3月21日、党中央委員会の責任幹部への談話『大紅丹郡をジャガイモ栽培革命のモデルに、住みよい共産主義楽園にすることについて』など諸著作で、ジャガイモ栽培に新たな転換をもたらすための問題を明らかにした。

 総書記は、大紅丹郡をジャガイモ栽培で根本的な転換をもたらすためのモデルケースとし、大紅丹式の科学的農法をつくりだすようにした。

 1999年8月と2000年3月をはじめ、大紅丹郡を重ねて現地指導しながら、営農作業の総合的機械化を実現し、ジャガイモ栽培の研究を強めるようにした。これと同時に、営農機械の提供をはじめ、ジャガイモ栽培で提起されるすべての問題の解決策を講じ、全国が大紅丹郡のジャガイモ栽培を支援するようにした。

 2002年10月には再度大紅丹郡を訪ね、大紅丹式の科学的農法を広く一般化させて、白岩郡、赴戦郡、長津郡などの山間地帯でジャガイモ栽培を大々的におこなうようにした。

 総書記は、2毛作と大豆栽培においても画期的転換をもたらすようにした。

 2002年6月17日、党中央委員会の責任幹部への談話『党の2毛作営農方針を貫徹することについて』、2004年10月12日、12月10日、党中央委員会の責任幹部への談話『大豆栽培に転換をもたらすために』で、2毛作と大豆栽培で提起される諸問題を明らかにし、2002年10月1日と2003年6月をはじめ、数回にわたって人民軍の農場を現地指導しながら、人民軍が2毛作と大豆栽培で模範を示し、その経験を全国の農村に一般化させるようにした。

 総書記は、近代的な畜産基地と養魚基地を築くことにも大きな力を注ぐようにした。

 総書記は、経済管理において社会主義の原則と実利主義の原則を具現するよう指導した。

 経済活動において堅持すべき「種子」は、社会主義の原則を堅持しながら、最も大きな実利が得られる経済管理方法を考案することだとし、工場を一つ建て、経済活動を一つ展開しても、必ず社会主義の原則と実利保障の原則を具現し、その質を最高水準のものにするようにした。

 金正日総書記は、新たな革命的大高揚によって経済強国の建設を推進するための活動を指揮した。新たな革命的高揚ののろしを上げて全党と全人民を奮起させた。

 金正日総書記は、次のように述べている。

 「我々が金日成同志の生誕100周年にあたる2012年に強盛大国の扉を開け放つためには、金日成同志によって創造されたチョンリマ大高揚の伝統を継承して、すべての部門で新たな革命的大高揚の一大旋風を巻き起こさなければなりません」

 まず、新たな革命的大高揚ののろし、降仙ののろしを上げた。

 2008年4月と5月など数回にわたってチョンリマ製鋼連合企業所に、共和国創建60周年までにUHP電気炉と取瓶精錬炉を完成させる課題を与え、降仙の労働者が戦後のチョンリマ大高揚を起こした時期のように自力更生の革命精神を強く発揮するよう鼓舞した。そして、30年も前に創作された歌『降仙の夕焼け』を編曲し直して送り届け、党と国家が企業所の事業を積極的に支援し励ますようにした。降仙の幹部と労働者は、自力更生の革命精神を強く発揮して、近代的なUHP電気炉の建設工事をわずか数カ月の間に完成した。

 2008年12月24日、チョンリマ製鋼連合企業所を訪れた総書記は、降仙がわき立ってこそ全国がわき立ち、降仙の労働者がかけ声をかけて走ってこそ全人民の足どりが速くなる、降仙の労働者がチョンリマ大高揚のときの気勢と意気込みでいま一度革命的大高揚を起こすべきだと強調した。

 降仙の労働者は12月28日、新たな革命的大高揚の先頭に立って進む決意をかため、全国の勤労者に、党の呼びかけにこたえて大高揚の熱風を巻き起こすことを熱烈にアピールする手紙を送った。全人民が、この手紙に積極的に呼応し、全国が新たな革命的大高揚でわき立った。

 総書記は、2009年1月1日、新年の共同社説を通じて全党員と勤労者が新たな革命的大高揚を起こすうえでとらえていくべき目標と方向、課題を示した。同時に、新年劈頭から人民軍部隊と人民経済各部門の活動を現地指導しながら、降仙ののろしが全国に燃え広がるようにした。

 総書記は、新たな革命的大高揚の炎のなかで「150日間戦闘」と「100日間戦闘」を発起し、勝利へと導いた。

 新たな革命的大高揚の炎をさらに激しく燃え上がらせて経済強国の建設を促進するため、2009年3月28日と4月1日、党中央委員会の責任幹部に「150日間戦闘」と「100日間戦闘」を連続展開するよう指示した。

 まず、「150日間戦闘」と「100日間戦闘」において人民の精神力を最大限に発揮させるようにした。

 戦闘を発起しながら党指導グループを組織して下部に派遣し、彼らが大衆を新たな革命的大高揚へと奮い立たせるうえで主動的役割を果たすようにした総書記は、戦闘期間、各部門の活動を現地で指導しながら、党指導グループの活動状況を把握し、党指導グループが当該単位の現行生産を党の立場から後押しするとともに、党の大衆路線を貫徹することを重要な課題として示し、それに力を入れるようにした。

 また2009年6月25日、党・軍隊・国家経済機関の幹部への談話『金日成民族の偉大な精神力をもって、強盛大国建設のすべての部門で革命的大高揚の炎をさらに強く燃え上がらせよう』で、強盛大国の建設において人民の精神力を高く発揚するための課題と方途を示した。

 総書記は戦闘期間、現地指導を通じて、人民経済の4大先行部門を盛り立てることに引き続き大きな力を入れながら、機械、化学、建材、鉱業などの重工業部門全般で大高揚の炎をさらに強く燃え上がらせるようにした。

 2009年9月と12月には、城津製鋼連合企業所を現地指導して、チュチェ鉄の生産体系を確立するようにさせ、金属工業部門の他の工場、企業でも最新科学技術の成果を取り入れ、それぞれの実情に即してチュチェ鉄の生産体系と方法を完成し、より多くの鉄鋼材を生産するようにした。

 また、2009年5月27日には党・国家経済機関の責任幹部への談話『全力を集中して電力不足を決定的に解消していこう』で、戦闘期間、電力工業部門で革新を起こすための課題と方途を示した。

 2009年1月、熙川発電所の建設を発起した総書記は、2009年3月と9月、建設現場を現地指導して、新たなチョンリマ速度、熙川速度を生み出すようにし、2009年8月には北倉火力発電連合企業所を、2009年10月には水豊発電所を現地指導して、電力問題を解決するための闘争を強力に展開するようにした。

 2009年3月には安州地区炭鉱連合企業所を、8月には2.8直洞青年炭鉱を現地指導して、石炭生産で革新を起こすようにし、鉄道運輸部門で輸送組織と指揮を綿密にして輸送で決定的な改善をもたらし、鉄道の近代化を推進し鉄道運輸の物質的・技術的土台を強化するようにした。

 総書記は、機械製作工業部門で工作機械と酸素分離機、発電機とコンプレッサー、自動車とトラクターなどの機械設備と運輸機材、部品の生産で一大高揚を起こし、化学工業部門では南興ガス化対象の工事を完成し、興南ガス化対象の工事を推し進めるようにした。そして、大興青年英雄鉱山と検徳鉱業連合企業所、龍陽鉱山などの鉱業部門で鉱物生産を増大し、建材工業部門では総合的な建材基地である大同江タイル工場(当時)を建設し、セメントとガラスなど良質の建材をより多く生産するようにした。

 「150日間戦闘」と「100日間戦闘」によって国の経済的土台はより強固なものになった。

 総書記は、「150日間戦闘」と「100日間戦闘」を成功裏に締めくくったその気勢で強盛国家の扉を開くための最後の突撃戦を力強く繰り広げるようにした。

 まず、熙川発電所の建設場を強盛国家建設の最前線と定め、2010年1月3日の新年初の現地指導を皮切りにして毎年何回も熙川発電所の建設現場へ出向き、「一気に」という攻撃精神と気概で10年以上かかると言われた建設をわずか3年間で終える奇跡を起こすようにした。また、新世紀の産業革命の炎、咸南の炎を燃え上がらせ、経済強国の建設で驚異的な出来事を次々と起こさせた。

 総書記は、産業革命の炎を燃え上がらせ、国の経済を知識経済型強盛国家建設の道に突き進むようにした。

 2010年12月をはじめ、たびたび熙川工作機械総合工場(当時)を現地指導して、工場をCNC工作機械生産の母体工場、モデル工場である熙川蓮河機械総合工場に発展させ、最先端CNC設備を生産するようにさせた。そして、最新式CNC工作機械の生産で飛躍的発展を遂げた蓮河の開拓精神、蓮河の創造気風によって、機械工業だけでなく、金属工業、電力工業、石炭工業、鉄道運輸など人民経済の主要部門は言うまでもなく、小さい地方産業工場でもCNC化を実現するようにした。

 総書記は、咸鏡南道の労働者と人民を経済強国建設のための突撃戦の先頭に立たせ、咸南の炎を燃え上がらせた。

 毎年ほとんど毎月、咸鏡南道を現地指導して、2.8ビナロン連合企業所でのビナロン生産を正常化する展望を開き、興南肥料連合企業所の褐炭ガス化第一系列の工事を完成してチュチェ肥料の大量生産を実現させた。そして、大興青年英雄鉱山と端川マグネシア工場でマグネサイト工業のチュチェ化、国産化を実現させるようにし、端川港の建設で世人を驚嘆させる奇跡と革新を起こすようにした。この過程で咸境南道で革新の炎が燃え上がった。

 総書記が燃え上がらせた咸南の炎には、党が与えた課題を最短期間内に最高の水準でなし遂げる頑強な攻撃精神、自力で世界に浮上しようとする強い民族自尊の精神、自分の故郷、自分の職場で強盛復興の扉を真っ先に開こうとする先駆者の気質が具現されている。

 金正日総書記の賢明な指導のもとに、朝鮮は金日成主席の生誕100周年を迎え、社会主義強盛国家の扉を開く転換期に入るようになった。





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