金正日総書記革命活動史

第6章 人民大衆中心の朝鮮式社会主義を固守するために

第4節 人民軍の強化と軍事重視の社会的気風の確立、
革命武力建設偉業の輝かしい継承

 金正日総書記は、人民軍軍人と全人民の一致した願いにより革命武力の首位に推戴された。

 総書記を革命武力の首位に推戴することは、久しい以前からの人民軍軍人と人民の一致した意思であり願いであった。総書記の軍事的資質と品格に魅せられ、その建軍業績に感服した人民軍将兵と人民は、総書記を「傑出した軍事の英才」「卓越した軍事戦略家」「鋼鉄の総帥」としてたたえていた。

 革命武力建設における輝かしい業績により、総書記は、既に、1980年10月の朝鮮労働党第6回大会で党中央軍事委員会委員に、1990年5月の最高人民会議第9期第1回会議で朝鮮民主主義人民共和国国防委員会第1副委員長に選出されていた。それ以来、革命武力と国防力を強化する事業には新たな転換がもたらされていた。

 しかし、1990年代初めの情勢は、革命武力を政治的、軍事的にさらに強化することを切実に求めていた。

 1991年12月24日、党中央委員会第6期第19回総会が招集された。

 金日成主席は、この総会で金正日総書記を朝鮮人民軍最高司令官に任命することを提議した。会議の参加者は、万雷の拍手と万歳の喊声をもって賛同の意をあらわした。

 総書記は、党と国家、革命武力の建設を導く過程でなし遂げた業績により、1992年4月20日に朝鮮民主主義人民共和国元帥の称号を授与され、1993年4月9日には最高人民会議第9期第5回会議で朝鮮民主主義人民共和国国防委員会委員長に選出された。

 これは、革命武力の強化発展と国防力強化のための事業をより高い段階で強力に推進できるようにした重大な政治的出来事であった。

 金正日総書記は、人民軍を強化し軍事を重視する社会的気風を確立するために心血を注いだ。

 1992年2月4日の党中央委員会の責任幹部への談話『人民軍を強化し、軍事重視の社会的気風を確立するために』をはじめ、多くの機会に、国防力を強化するための課題と方途を示し、それを実現するために力を尽くした。

 総書記は、人民軍を不敗の革命武力としてさらに強化するため、全軍に革命的軍紀を確立することに第一の関心を払った。

 金正日総書記は、次のように述べている。

 「人民軍では、最高司令官の命令、指示を無条件に実行する革命的軍紀を確立することが大切です」

 以前から全軍に革命的軍紀を確立することに深い関心を払っていた総書記は、最高司令官の重責を担った後、革命武力建設の新たな発展段階の要求に即して、全軍に革命的軍紀を確立することを第一の課題として提起し、これを強力に推進した。

 まず、人民軍の指揮メンバーが軍紀確立に関する党の意図を深く認識し、その先頭に立つよう導いた。1993年10月に人民軍の主要指揮メンバーに軍紀確立の重要性を強調し、革命的軍紀確立の本質的内容について述べた。

 総書記は、革命的軍紀を確立するうえで何よりも重要なのは、人民軍内に確固たる命令指揮系統を構築することであるとし、その基本は、全軍が最高司令官の命令一下、一糸乱れず行動するようにすることであると指摘した。

 総書記は、人民軍内に革命的軍紀をよりいっそう確立するため、1993年12月に全軍に革命的軍紀を確立するための対策を立て、翌年の1月末にはその間、多くの成果をおさめたことに満足の意をあらわし、人民軍は、ただ最高司令官に忠実であり、最高司令官の命令を絶対、無条件に実行する原則を守ることを鉄則とすべきであると指摘した。

 こうして、人民軍内には最高司令官の命令を無条件に受け止め、あくまで実行する革命的軍紀が確立された。

 総書記は、人民軍を不敗の革命武力としてさらに強化するため、人民軍の幹部陣容をしっかりとかため、その政治的・実務的水準を一段と高めることに大きな力を傾けた。

 まず、人民軍の幹部陣容全般を戦争に対処する観点に立ってさらにかためるようにした。そのために、人民軍の幹部として、党と領袖にたいする忠誠心を信念化、良心化、道徳化、生活化した真の革命家、現代戦の種々複雑な状況を的確に処理できる若くて有能な人を選抜して、人民軍の幹部陣容全般をかためるようにした。

 総書記はまた、人民軍の指揮メンバーの党性を鍛え、軍事的資質を高めるための活動を引き続き力強く推し進めるよう導いた。この活動で総書記が最も大きな意義を付与したのは、人民軍指揮官のための党の講習であった。

 総書記は、1970年代の末からおこなわれており、実生活を通じてその優れた点が証明された人民軍指揮官のための党の講習を、彼らの党性鍛錬に重点を置き、部隊の指揮・管理能力を高める方向で着実におこなうようにした。

 また、党の講習とともに、指揮官の軍事的資質と部隊の指揮・管理水準を高めるための軍事講習会や戦争経験研究討論会、戦術研究討論会などをしばしば催すようにした。そして、1990年代前半の数年の間にも、全軍的な中隊長大会や中隊政治指導員大会、指揮官・政治幹部大会などを開催し、優秀な指揮官の活動経験を適時に全軍に一般化させるようにした。

 総書記はまた、軍事教育の質を一段と高めることにも深い関心を払った。

 人民軍の中核を育成する各級軍事学校の教育内容と方法を発展する現実の要求に即して絶えず改善するとともに、軍事教育事業の直接の担当者である教員の責任感と役割を強めるようにした。特に、1992年10月には、各級軍事学校の教員大会を開催し、軍事教育事業で得た成果と経験を適時に広く一般化できるようにした。

 総書記は、人民軍を不敗の革命武力としてさらに強化するため、軍人にたいする政治・思想教育を強化するようにした。すべての軍人が領袖の軍隊、党の軍隊、人民の軍隊としての本分を果たすことができるように、軍人にたいするチュチェ思想教育をさらに強化する一方、敵の反社会主義的策動、特に、思想的・文化的浸透策動が日増しに悪辣になっている実情に即して、人民軍内で社会主義の信念教育を積極的におこなうようにした。

 総書記はまた、思想教育の形式と方法を絶えず改善するよう導いた。人民軍内の思想教育では、軍人の特性に応じて口頭宣伝、直観宣伝、芸能宣伝などを効果的に組み合わせておこない、特に、文学・芸術作品と出版・報道手段による教育に大きな力を入れるようにした。そして、すべての教育活動を軍隊にふさわしく簡便で機動的かつ戦闘的におこない、90年代最初の英雄である金光哲と8兄弟軍官(将校)をはじめ、軍人の典型を見習うための模範による感化教育を積極的におこなうようにした。

 総書記は、人民軍を不敗の革命武力としてさらに強化するため、軍人の間で政治活動と戦闘訓練を強化するようにした。

 まず、チュチェの訓練観に関する思想を示し、新しい訓練の原則を規定した。チュチェの訓練観は、革命武力の主人であり革命戦争の直接の担当者である軍人大衆を中心に据えて訓練にたいする観点と態度である。

 チュチェの訓練観を確立するということは、訓練を革命戦争勝利の重要な保証とみなし、訓練に一意専心するのを軍人の真の生きがいとすることを意味する。総書記は、政治活動と戦闘訓練において具現すべき主体性、政治・思想性、戦闘性、科学性の4大原則を打ち出した。

 総書記は、チュチェの訓練観にもとづいて政治活動と戦闘訓練を着実におこなうよう導いた。軍人の間で「訓練も戦闘だ!」というスローガンを引き続き高くかかげ、チュチェの訓練観を確立するためのたたかいを力強く推し進めることによって、全軍に毎日、毎週訓練綱領を間違いなく遂行する革命的訓練気風を確立するようにした。また、5大訓練方針の要求に即して、すべての軍人が、チュチェの戦法を体得し、百発百中の射撃術、屈強な体力と鉄の規律を身につけることに主眼を置いて戦闘訓練をおこない、訓練を実戦の雰囲気のなかで着実におこなうようにした。特に、訓練を直接組織し指導する教官の責任感と役割を強めるため、教官の講習会や会議も大きな規模でおこなうようにした。また、1994年の飛行隊の総出動訓練をはじめ、全軍的意義を有する大規模の訓練を何度も組織し、訓練の全過程を細かに指導した。こうして、政治活動と戦闘訓練の質が一段と高まり、その過程ですべての将兵が「一当百」のつわものとしてさらに鍛えられた。

 総書記は、人民軍を不敗の革命武力としてさらに強化するため、中隊を強化することに引き続き大きな力を傾けた。

 人民軍の基本戦闘単位であり全軍強化の鍵となる中隊を政治的、思想的に打ちかため、中隊の戦闘準備を現代戦の要求に即して完了することは、総書記が軍隊の指導を始めた当初から非常に重視してきた問題であった。

 1990年代に入ってからもこの問題に深い関心を払っていた総書記は、1991年を人民軍中隊の強化において新たな転換の年にすることにし、全軍的な中隊長大会と中隊政治指導員大会、士官長大会を開催するようにした。こうして、同年10月中旬には、朝鮮人民軍士官長大会が、11月中旬には朝鮮人民軍中隊長大会が、そして、12月下旬には朝鮮人民軍中隊政治指導員大会が平壌で開催された。

 総書記は人民軍をさらに強化するため、全軍近代化の方針をより高い水準で実現するよう導いた。

 武力装備の近代化をさらに促進するため、総書記は、国防科学の研究と軍需工業の発展に優先的な力を注ぐとともに、軍需工業部門の労働者と人民軍軍人が集団的技術革新運動を力強く繰り広げるようにした。また、軍事陣地の近代化をより高い水準で実現するため、既存の陣地を現代戦の要求に即してより堅固に、かつ近代的に築く一方、新しい界線の防御工事を適時に立派に完了するよう全軍を奮起させた。こうして、人民軍の戦闘準備をさらに整え、全国土の要塞化を新たな高い段階に引き上げることができるようになった。

 総書記の指導により、人民軍は最高司令官に限りなく忠実な強兵となった。革命武力の不抜の威容は、金正日総書記を最高司令官に戴いて初めておこなわれた朝鮮人民軍創建60周年慶祝閲兵式と祖国解放戦争(朝鮮戦争)勝利40周年慶祝閲兵式で余すこところなく誇示された。

 総書記は、軍事を重視する社会的気風を確立するよう導いた。

 人民軍を愛し積極的に支援することを確たる社会的気風にするため、軍隊を愛し助けたおこないを新聞や放送、出版物を通じて広く紹介、宣伝するとともに、人民軍支援活動で模範を示した幹部と勤労者を全国共産主義美風先駆者大会に参加させ、彼らの模範を広く一般化させるようにした。

 総書記は、軍民一致の伝統的美風を発揚するための新たな大衆運動を発案し、それを深化させるよう導いた。こうして、人民軍を肉親のように愛し大事にし、積極的に助ける社会的気風がいつにもまして高く発揮されるようになった。

 総書記は、除隊軍人、戦傷栄誉軍人との活動に深い関心を払うよう導いた。

 そのために、除隊軍人、特に、除隊軍官を社会的に大いに押し立て、住宅をはじめ、生活条件を適時に、十分に整えるようにした。また、戦傷栄誉軍人を愛し尊敬し、生活上さ細な不便や困難も感じないように積極的に助けるようにした。そして、戦傷栄誉軍人のつれあいとなって彼らのために尽くしている人たちを重要な国家行事に参加させて高く評価し、彼らのおこないを広く紹介、宣伝するようにした。こうして、戦傷栄誉軍人を愛し尊敬し助けることが社会の気高い道徳的気風となり、戦傷栄誉軍人や参戦老兵の息子、娘となり革命同志となって彼らの活動と生活を見守る青年や、愛する息子、娘を戦傷栄誉軍人と結婚させる幹部と勤労者が増えていった。

 総書記は、人民軍留守家族を社会的に大いに押し立て、彼らの模範を広く紹介、宣伝するようにした。また、人民軍創建記念日をはじめ、重要な記念日に幹部が祖国防衛模範家庭、軍人家庭を訪ねて励まし、生活上の問題を責任をもって解決するようにした。

 こうして、青年の間に祖国の防衛を最も栄誉ある神聖な義務とみなす観点が確立し、人民は、息子、娘を祖国防衛の前哨に立たせることを最も崇高な愛国とみなすようになった。

 金正日総書記を革命武力の首位に戴くことによって、人民軍は党と領袖に限りなく忠実な無敵必勝の強兵となり、全社会に軍事を重視する気風が確立し、国防力はさらに強化された。





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