金正日総書記革命活動史

第6章 人民大衆中心の朝鮮式社会主義を固守するために

第2節 金日成主席の誕生80周年を朝鮮民族と人類共同の
大政治祝典として輝かせるために

 金正日総書記は、金日成主席の誕生80周年を大政治祝典として、盛大に、意義深く慶祝するために心血を注いだ。

 1992年は、主席の誕生80周年と総書記の誕生50周年に当たる年であった。この年を迎えて、主席の誕生日とともに総書記の誕生日も民族最大の祝日として盛大に祝おうとする朝鮮人民の熱望はいつにもまして高まった。

 主席は、こうした人民の切々たる願いをくみ取り、1992年2月7日、総書記の誕生日である2月16日を民族最大の祝日として制定するという中央人民委員会の政令を裁可した。しかし、主席だけを永遠に高く仰ごうとする総書記がかたくなに差し止めたため、その政令は発表されず、それから3年後の1995年2月になってようやく公布された。

 主席は、誕生50周年を迎える総書記に贈る頌詩『光明星賛歌』をつくり、贈り物を準備した。

 主席から頌詩と贈り物を受け取った総書記は、今後、革命によりいっそう忠実であることを心に誓った。そして、主席の厚い信頼と期待にこたえるため、主席だけを高く仰ぐ決意を新たにし、2月16日を機に計画されていた国家的な慶祝行事を取り止めさせ、ただ主席の誕生80周年を民族最大の祝日、人類共同の大慶事として盛大に祝うことに全力を集中するようにさせた。

 総書記は、主席の誕生80周年を機にチュチェ思想の偉大さについての宣伝を積極的におこなうよう導いた。

 まず、勤労者の間でチュチェ思想の偉大さと生命力をより深く認識させるための宣伝活動を集中的におこなうようにした。そして、首都平壌で全国チュチェ思想討論会と各部門別の討論会を政治思想的および科学理論的に高い水準で開催するようにした。また、主席の著作を全面的に収録した『金日成全集』(第2巻〜第5巻)を発行するとともに、チュチェ思想の独創性と真理性、生命力を深く認識させるための学習や講演、出版・報道宣伝を集中的におこなうようにした。

 一方、総書記は、チュチェ思想の信奉者によって世界各地で開かれるチュチェ思想に関する国際討論会の準備を誠心誠意助けるよう導いた。そうして、インドのニューデリーでは「世界の自主と平和に関するチュチェ思想国際討論会」(2月8日〜9日)が、日本の東京では「現代とチュチェ思想に関する国際討論会」(4月6日〜8日)が盛大に開催され、50余カ国で討論会が開かれた。また、チュチェ思想について解説した数多くの雑誌、ブレティンが出版、普及された。

 総書記は、主席の革命活動史と革命業績を後世に伝え、解説、宣伝するための活動に力を傾けた。

 金正日総書記は、次のように述べている。

 「金日成同志の誕生80周年を契機に、金日成同志の栄光に輝く革命活動史と不滅の業績を広く宣伝して、朝鮮人民の民族的誇りと自負を高める一方、世界各国の人民に金日成同志の偉大さをよく知らせるべきです」

 主席の不滅の業績をとわに輝かせるため、総書記は、革命史跡に主席の銅像を建てるとともに、主席の現地指導事績碑や標識碑を建て、主席の親筆を刻んだり親筆命題碑を建てるようにした。

 そうして、1992年4月15日(主席の誕生日)を迎えて降仙に主席の銅像が建てられ、革命事績館が開設された。また、金剛山と妙香山に「金剛山 金日成」「妙香山は天下第一名山 金日成」といった主席の親筆が刻まれ、西海閘門−信川−康翎−甕津水路の入り口には、主席の親筆命題碑が建てられた。

 総書記は、主席の偉大さと業績を収録した図書を大々的に編纂、発行するようにした。

 そのために、主席が執筆した回顧録『世紀とともに』(第1部抗日革命編 第1巻、第2巻)とともに、『抗日革命闘士の手記』をはじめ、革命伝統教育資料や革命活動史学習資料、徳性図書、部門別の指導史などを出版するようにした。

 一方、樹木に記された革命的スローガンの学習、白頭山地区革命戦跡地をはじめ、全国各地の革命戦跡と革命史跡の踏査、朝鮮革命博物館をはじめ、革命博物館と革命事績館の参観を通じた偉大性教育も強化するようにした。

 総書記は、主席の誕生80周年を機に社会主義建設のすべての部門で新たな高揚を起こすよう導いた。

 そのために、1991年10月12日の党中央委員会政治局会議で「全党員に送る手紙」を採択し、各級党組織がこの手紙についての討議を高い政治的熱意のなかでおこなうようにした。

 1992年1月1日の党中央委員会の責任幹部への談話では「金日成同志の誕生80周年を高い政治的熱意と輝かしい勤労の成果で迎えよう!」というスローガンを打ち出し、人民大衆の革命的熱意に依拠して生産と建設で一大高揚を起こすよう導いた。

 総書記は、電力と石炭の生産を増やし、鉄道運輸を発展させることに全力を集中するようにさせた。そうして、4月の祝日(金日成主席の誕生日、4月15日)を機に東平壌火力発電所の1号ボイラーが稼動を開始し、石炭工業部門では数多くの坑道が新たに建設されて数百万トンの石炭を増産できるようになり、新興――赴戦湖畔、球場―― 香山間の鉄道電化工事が完工した。

 総書記は、主席の誕生80周年を機に数多くの大記念碑的建造物を建て、新しい工場、企業の操業を開始させるようにした。そうして、一つの都市に匹敵する統一通りの建設工事と首都の路面電車化工事(第1、第2段階)が完工して竣工式がおこなわれ、平壌――開城間道路が開通し、愛国テレビ組み立て工場をはじめ、数多くの工場、職場が操業を開始した。

 総書記は、4.15贈り物製品の生産戦闘を成功裏におこなうよう導いた。

 総書記は、主席の誕生80周年を迎えて、主席の名義で全国のすべての託児所、幼稚園の子どもと児童・生徒・学生に新しい服を、すべての労働者、事務員には作業服を、農民には作業用防寒着と防寒靴を送ることを提案した。そのために、軽工業部門の生産潜在力を総動員するようにさせるとともに、贈り物製品の生産状況を子細に確かめ、必要なあらゆる措置を講じた。そうして、主席の誕生80周年を機に、主席の贈り物が全国のすべての子どもと児童・生徒・学生と勤労者に伝えられた。

 1992年4月13日、人民の一致した志向と念願を反映して、朝鮮労働党中央委員会と党中央軍事委員会、朝鮮民主主義人民共和国国防委員会、朝鮮民主主義人民共和国中央人民委員会は、金日成主席に朝鮮民主主義人民共和国大元帥の称号を授与するという決定を採択、発表した。

 総書記は、主席の誕生80周年に際して催されるすべての行事が、最も意義深く、盛大におこなわれるよう細かな指示を与えた。

 総書記の細かな関心と精力的な指導のもとに、金日成主席誕生80周年慶祝中央報告集会と祝賀公演、祝宴、大マスゲーム『金日成主席を戴くわが国』、祝賀夜会などすべての行事が盛況裏におこなわれた。

 主席の誕生80周年慶祝行事は、7カ国の国家元首、23の政府代表団、60余人の党首、副党首を含む高位級党代表団をはじめ、130余カ国の420余の代表団の参加のもとに盛大におこなわれた。そして、世界各国の政界をはじめ、各界の人士が主席に贈り物や祝電、祝賀の手紙を寄せた。世界各国から寄せられた祝旗と贈り物は1480余点に上った。

 一方、首都平壌では、50余カ国の80余の芸術団、代表団の参加のもとに、第10回4月の春親善芸術祭が盛大におこなわれた。また、40余カ国で60余の祝賀準備委員会が組織され、多彩な行事が催された。多くの国で主席の尊名を各単位に冠する命名式や名誉称号授与式、祝賀集会、祝宴、記念講演会、映画鑑賞会などがおこなわれた。百数十カ国で催された各種行事は、2500回以上に上った。

 総書記は、このたびの政治大祭典は、人民に偉大な領袖を戴いているという大きな栄光と喜びを与え、世界の革命的人民に社会主義の勝利の信念を抱かせた歴史的な出来事であったと指摘した。

 金正日総書記は、主席の偉大さと革命業績を全面的に解明した。

 主席の誕生80周年を慶祝した直後の1992年4月17日、総書記は、党中央委員会の責任幹部への談話『敬愛する領袖金日成同志の偉大な功績を輝かしていこう』を発表した。

 この談話で総書記は、傑出した偉人としての品格を備えている主席の偉人としての姿と主席の功績を科学的に分析し、全面的に体系化した。

 総書記は、主席は偉人としての品格と資質を最も崇高な高さで体現している傑出した偉人であると指摘した。そして、主席は、非凡な思想的・理論的英知を身につけた偉大な思想家・理論家であり、卓越した指導力を身につけている偉大な指導者であり、人民をこよなく愛する崇高な徳性を備えた人民の真の領袖であることを全面的に解き明かした。

 総書記は、主席が人民のために積み上げた功績は、人民に自己の運命を立派に切り開いていく指導思想を与えたことであり、人民大衆の運命を責任をもって見守るチュチェ型の政治組織を築いたことであり、人民の自由と幸せを守る真の人民の革命武力を建設したことであると指摘した。そして、朝鮮人民を自主性の強い革命的人民に育てたことであり、人民大衆中心の朝鮮式社会主義を建設したことであり、チュチェの革命偉業を代を継いで立派に継承、達成する保障をもたらしたことであると述べた。

 そして、主席の功績を一つとしておろそかにせず全面的に継承していくのが、党の確固たる意志であるとし、主席の革命業績を継承、発展させてチュチェの革命偉業を代を継いで立派に達成しなければならないと強調した。





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