金 正 日

文学・芸術部門でより多くの名作を創作しよう
朝鮮労働党中央委員会宣伝扇動部、文学・芸術部門の責任幹部への談話 
−1996年4月26日− 


 このたび、前線の軍部隊を視察したとき、軍人たちが『語ろう 兵士の愛を』という歌をうたっていました。その歌を聞いて感懐をもよおしました。ずっと前につくられた歌ですが、祖国の守りについている軍人の思想・感情がよく反映されているので、いまも彼らの心に印象深く刻まれうたわれているようです。その歌詞には、故郷と祖国、人民を愛する軍人の感情が生活に深く根差し、情緒的によく反映されています。そういう歌詞からは、例外なく名曲が生まれるものです。名曲は、歳月が流れても広くうたわれながら、人々を気高い精神世界に誘います。ここに名作の価値があるのです。

 こんにち、文学・芸術部門には、人民を闘争と勝利へと奮起させる名作をより多く創作すべき重要な課題が提起されています。
 我々はいま、試練と難関が折り重なる厳しい時期に革命を進めています。アメリカをはじめとする帝国主義者は、多くの国で社会主義が挫折し、資本主義が復活したのをいいことに、社会主義の旗を高くかかげて進むわが国を孤立させ圧殺しようとさまざまな策動をめぐらし、「5月危機」がどうのこうのと経済封鎖をさらに強めています。前朝鮮かいらいは、帝国主義者の反社会主義、対共和国策動のお先棒を担ぎ、我々をなんとかしようと連日、侵略的な軍事演習を繰り広げ、新たな戦争を仕掛けようと狂奔しています。我々は、社会主義か、資本主義かという銃声なき戦争をしており、経済的難関に加え食糧難まで重なって試練に耐えています。我々はいま、抗日武装闘争期の「苦難の行軍」のときと同じような厳しい難関に直面していると言えます。

 当面の情勢に対処してわが党には、金日成同志の遺志を継いで、革命の赤旗をさらに高くかかげ、敵の反社会主義、対共和国策動を断固粉砕し、わが国の社会主義をかたく守り、チュチェの革命偉業をあくまで達成していくべき重大な課題が提起されています。

 わが党は、現情勢と党に課された革命任務からして、文学・芸術部門に、いつにもまして奮起し、人民をさらに力強く立ち上がらせ、彼らに革命勝利の確信と楽観を抱かせる名作をより多く創作することを求めています。

 現段階において党の求める名作とは、金日成同志の遺志が込められた赤旗の精神と「苦難の行軍」精神、明日のための今日を生きようという党の革命的人生観をしっかりと具現した作品です。赤旗の精神と「苦難の行軍」精神には、不滅のチュチェ思想が具現されており、一心団結の信念と自力更生、百折不撓の革命的意志が込められています。金日成同志が生の最期の瞬間までかたく守ってきた革命の赤旗をこれからも永遠に変わることなく高くかかげていくのは、金日成同志の戦士、教え子である我々すべての気高い義務であり、道義でもあります。赤旗をあくまで守れば勝利し、守れなければ滅びるのです。

 作家、芸術家は、情勢が求め、党が求めていることを明確に知り、赤旗の精神と「苦難の行軍」精神が脈打つ詩や小説、映画、美術などの文学・芸術作品をより多く創作して、党の永遠なる同行者、忠実な支援者、立派な助言者としての誉れある使命を果たさなければなりません。いまこそ、作家、芸術家が熱い血をたぎらせ、人民に不屈の闘争精神と必勝の信念、革命的楽観を抱かせる文学・芸術作品を多く創作すべきときです。

 すぐれた文学、芸術作品は、その認識的・教育的意義と感化力ゆえに人々を真の生と闘争へと奮い立たせるうえで大きな力を発揮します。一編の革命的な詩や名曲は、千万本の槍や剣に代わるものです。抗日革命闘争期には、革命頌歌『朝鮮の星』や『花を売る乙女』といった多くの革命的作品が創作され、人民を祖国解放の闘争へと奮い立たせ、解放直後には、金日成同志を不世出の愛国者、民族の英雄、革命の太陽として高くたたえる不滅の革命頌歌『金日成将軍の歌』や叙事詩『白頭山』が創作され、人民を新しい祖国の建設へと奮起させました。また、苛烈な祖国解放戦争(朝鮮戦争)の時期には『決戦の道』のような戦闘的な歌が作られて人民軍軍人を敵撃滅へと立ち上がらせ、厳しい戦後の時期には『金日成元帥にささげる歌』がつくられ、人民を革命の首脳部擁護と復興建設、社会主義建設へと奮い立たせました。チュチェの革命偉業の継承、達成のための党の基礎構築の時期には、歌謡『とわにこの道を行かん』や『同志愛の歌』が創作され、党の指導に従って、ひたすらチュチェの道を進む朝鮮人民を力強く鼓舞し、いまも鼓舞しています。これらの歌は、人々の心を揺さぶる名曲であり、これからも朝鮮革命を力強く推し進め、うたわれることでしょう。

 作家、芸術家は、最近にも人民の闘争を力強く激励する名作を少なからず創作しました。昨年には、叙事詩『永遠なるわれらの領袖金日成同志』と歌謡『主席はいつも我々とともに』『高くかかげよう 赤旗を』、多部作劇映画『民族と運命』の労働者階級編を立派に創作し、今年には油絵『1994年7月の万寿台の丘』と劇映画『わたしの父』を高い水準で創作し、金日成同志の遺訓を体して党の指導に従い、力強く前進している人民を励ましています。

 金日成同志が明るく笑う肖像画は、朝鮮人民の心のなかに永遠に刻まれる崇高な影像です。金日成同志の告別式の際に掲げられた明るく笑う金日成同志の肖像画が、万人の涙を誘ったのは歴史に特筆すべきことです。

 作家、芸術家が、党の指導に従い、革命の赤旗を高くかかげて社会主義を守っている朝鮮人民に力と勇気を与える名作を創作したのは非常によいことですが、党の要求に照らしてみれば、いまなお、名作の創作は満足になされていません。作家、芸術家はいっそう発奮して、時代と革命が求める名作をより多く創作すべきです。

 時代の要請、人民の要請と志向を反映させた名作を数多く創作するためには、作家、芸術家のあいだで実力戦を力強く繰り広げなければなりません。

 作家、芸術家のあいだで実力戦を繰り広げるというのは、彼らに、才能と情熱を発揮して人民に愛され、芸術的生命力のある高い思想性と気高い芸術性を備えた名作を創作させるということです。作家、芸術家のあいだで実力戦を繰り広げることは、文学・芸術発展の現実的要請です。作家、芸術家のあいだで実力戦を展開すれば、時代の要請、人民の要請と志向に合った多くの名作を創作することができ、また作家、芸術家の水準を高め、常に旺盛な意欲をもって創作に取り組ませることができます。実力戦を展開すれば、作家、芸術家のあいだでなすこともなく時間を過ごしたり、他人の陰で生きてゆく傾向もなくし、彼らにみずからの責務を果たさせることができます。我々は、多くの作家、芸術家を育てましたが、彼らがみずからの責務を果たせなくては何の役にも立ちません。宝の持ち腐れという言葉のとおり、作家、芸術家であるなら誰であれすぐれた作品を創作しなくては、みずからの役割を果たしているとみなすことはできません。いまは口先だけで革命を叫ぶときではありません。仕事に精励するのが忠臣であって、口達者なのが忠臣ではありません。実力を遺憾なく発揮して多くの名作を創作する作家、芸術家が、党に忠実な人であり、そうするのが、我々の文学・芸術を活気づけることです。

 実力戦を展開すれば、その過程で有能な作家、芸術家が輩出します。最近までも文学・芸術部門には、千世鳳、石潤基、李冕相などしっかりした柱の役割を果たす人材がいたし、それ以前には、趙基天、金玉城のような世界に名を馳せた人材がいました。ところが、新しい世代のなかからは才能のある人材があまりあらわれていません。党の懐でチュチェ教育を受けて育った新しい世代が、作家、芸術家の隊列に加わったならば、彼らのなかから著名な作家、芸術家が輩出してしかるべきです。

 文学・芸術部門では、作家、芸術家のあいだで実力戦の一大旋風を巻き起こし、より多くの名作を創作するための強行軍を展開すべきです。

 実力戦を繰り広げて、時代の要請、人民の要請と志向に合った作品を多く創作するためには、作家、芸術家が、党の意図に敏感でなければなりません。

 党の意図は、とりもなおさず時代の要請、人民の要請であり志向です。作家、芸術家は、党の意図に敏感であってこそ、時代と人民が切実に求める意義のある問題を「種子」に選定し、価値のある名作を創作することができるのです。党の意図を知らずに創作した芸術作品は、革命と建設に何の役にも立ちません。

 叙事詩『永遠なるわれらの領袖金日成同志』や油絵『1994年7月の万寿台の丘』が名作となったのは、創作家が金日成同志を失った民族最大の喪失に大きな衝撃を受け、金日成同志を永遠なる太陽として千年万年高くいただき、悲しみを力と勇気に変え、金日成同志の遺訓を守りとおそうというわが党と人民の確固たる意志と志向を適時にとらえ、正しく反映させたからです。多部作劇映画『民族と運命』が、世界的な傑作として創作されたのも、作家、芸術家が歌謡『ピョンヤンがいちばんだ』をテーマとして映画を制作しようという党の意図を体し、民族と運命の問題を深く掘り下げてリアルに形象化したからです。『民族と運命』には、わが党の哲学観と人生観、美学観、民族観が具現されています。つい最近、制作された劇映画『わたしの父』も党の意図を正しく具現しているため、人々の心を揺さぶる作品になったのです。この映画は、大きな問題を取り上げたものでもなければ、著名な演出家の手によるものでもありませんが、人民の要請と志向に沿ってリアルに形象化したため、人々を深く感動させることができたのです。経験は、作家、芸術家が党の意図と要請をいかに敏感にとらえて作品に反映させるかということが、名作創作の重要な秘訣であることを示しています。

 わが党の路線と政策には、時代の要請、人民の意思と要請が集大成されています。時代の要請、党と人民の要請と意志をよく知るためには、党の路線と政策に精通していなければなりません。作家、芸術家は、党の路線と政策の学習を創作実践の第一義的要求として深め、党の路線と政策から時代的意義をもつ問題、党と人民が切実に求める問題を敏感にとらえて作品に具現すべきです。

 実力戦を繰り広げて多くの名作を創作するためには、作家、芸術家の芸術的才能を高める必要があります。

 実力戦は文字どおり実力を競うことであり、作家、芸術家にとって実力は芸術的才能です。高い芸術的才能のある作家、芸術家でなければ、実力戦を展開して党と人民の求めるすぐれた作品を創作することはできません。複雑で多様な現実生活のなかから意義のある種子を選び出す能力、人物の性格と相互関係を生き生きとリアルに描き出す能力、作品の構成を独特なものにする能力、描写の手法と手段を手際よく駆使する能力といった芸術的才能のない人は、いくらすぐれた作品を創作しようとしても創作できません。作家、芸術家は、高い芸術的才能を備えるため血のにじむ努力をしなければなりません。

 作家、芸術家が芸術的才能を備えるうえで重要なのは、党の思想にもとづいて形象化に中軸をとおす能力を培うことです。

 いま、一部の作家のなかには、生活のこまごました問題をもって作品を創作しようとしたり、そこで技量を見せようとする傾向があります。生活の本質を見極めず、不正常な現象やゆがんだ性格に興味をもち、そうしたことを描くのに小才を利かせる人もいます。そういう人の才能は小手先の技量であって、党が求める真の才能ではありません。

 文学・芸術作品の創作ではフィクションが許されるからといって、おかしなことを考案して作品の基本的思想をあいまいもこと(曖昧模糊)したものにしてはなりません。人物の運命を不運なものとしてばかり描き、典型的でない性格と物語を作り上げ、現実を粉飾したり自画自賛するのも、作品の政策的中軸を曖昧にする偏向です。文学・芸術は、政治の産物であり、政治の武器でもあります。作家、芸術家は、常に芸術より前に政治を考えるべきであり、政策的識見をもって形象化の中軸を打ち立てるべきです。

 作家、芸術家が芸術的才能を備えるうえでまた重要なのは、創作上の思索を深めることです。創作上の思索を深めずには、思想性・芸術性の高い作品を創作することはできません。思索し、思索し、また思索する、これが、作家、芸術家の習性とならなければなりません。創作上の思索は、常に芸術創造に関する領袖の美学観と文芸観にもとづかなければなりません。

 いまの作家、芸術家の創作上の思索には深みがありません。そのため、内容に深みがあって余韻が残るすぐれた作品を多く創作できないのです。先が見えすいていたり、見ても印象に残るものがない作品が創作されるのは、作家、芸術家の哲学の貧困に起因しています。チュチェ思想の祖国に生きる作家、芸術家が、哲学の貧困のために深みと重みのある作品を作り出せないというのは恥ずべきことです。作家、芸術家は、哲学者に劣らずチュチェ哲学に精通し、それにもとづいて自己の哲学的一家言がなければなりません。

 作家、芸術家の創作上の思索は、時代の激流と複雑で多様な生活のなかから意義のある種子を見つけ出し、それを芸術的に開花させる妙法を探求することに指向されるべきです。こんにち、我々のまえに横たわっている難関は厳しいものであっても、わが党は、天が崩れ落ちてもはいでる穴はあるという不動の信念と楽観を抱いて、逆境を順境に変えていくでしょう。作家、芸術家は、当面の情勢と難関に対処して、人民に党の胆力と浪漫を植えつけ、彼らを闘争と勝利へと奮い立たせるにはどうすべきかということに創作上の思索を集中させるべきです。

 作家、芸術家は、創作上の思索を通じてあたためた構想を作品に巧みに抽出する能力を備えるべきです。いくら時代の要請に敏感で、思索を深めたとしても、それを実際に描き出す能力がなければ、すぐれた作品を創作することはできません。党が作家、芸術家を大事にし、押し立てるのは、彼らが秀でた芸術的才能をもって革命に奉仕するからです。作家、芸術家は、それぞれの専門分野に精通し、エキスパートになるべきです。これは、作家、芸術家が、各自の使命と本分を果たすために提起される重要な問題です。ところが、少なからぬ作家、芸術家は、いまなお専門分野に精通するための努力をせず、綱渡りをしたり、以前の経験にこだわる傾向をなくせずにいます。作家、芸術家にとって綱渡りや経験主義は死を意味します。偶然の成功に陶酔し、浅い才能に頼って表現力を絶えず高めるために努力しないならば発展することはできません。作家、芸術家は、たゆみなく努力してみずからの表現力を高めていくことが必要です。

 芸術的才能は、たゆみない学習と訓練によってのみ磨かれるものです。作家、芸術家が参考用の映画や小説を見て、それをまともに分析できないのは、理論的基礎がないからです。ひところ、そうそうたる作家がいくらも経たないうちに不振状態に陥ったり、ある作品で成果をおさめた作家が次の作品で失敗するのも、芸術的才能を高めるための学習と訓練を怠ったからです。作家、芸術家は、学習と技量訓練を怠る傾向をなくし、それを日常化して多方面の芸術知識を身につけた才人になるべきです。

 作家、芸術家は、姉妹芸術についても豊かな知識をもち、人類の文学・芸術発展の過程で達成された立派な成果と経験についてもよく知らなければなりません。

 技量発表会も定期的におこなうべきです。技量発表会は、作家、芸術家の表現力を高める方法の一つです。党はずいぶん前から、技量発表会を作家、芸術家の芸術的水準向上のための重要な方法として提示し、さまざまな形式と方法でおこなうようにしました。作家、芸術家が真に党と人民に寄与するためには、技量発表会に積極的に参加し、各自の表現力を絶えず高めていかなければなりません。俳優であれば、子どもを連れて散策したり、台所の仕事をしても、それが技量訓練の過程となるようにすべきです。

 すべての作家、芸術家は、名作創作の鍵が芸術的才能にあることを肝に銘じて、寸秒を惜しんでそれぞれの才能を高めるためにたゆみなく努力すべきです。

 実力戦の要求に即して名作を多く創作するためには、作家、芸術家が躍動する現実のなかに入って実地体験を十分に積むことが必要です。

 いつも言っていることですが、実地体験は創作活動の必須の要求です。作品の種子も現実のなかにあり、素材も細部も現実のなかにあります。沸き立つ現実こそ、創作の源であり、創造的才能を開花させる基盤です。

 生活の基本的問題は、常に党の路線と政策を実行するための現実のなかから探すべきです。作家、芸術家は、現実のなかで種子をつかみ、主人公を捜し、作品の筋を組み立てる方法も見つけ出すべきです。

 作家、芸術家は実地体験を抜きにしては、いくら才能があっても人間生活の生きた形象を創造することはできません。ところがいま、少なからぬ作家、芸術家は、うわすべりの実地体験をしているので、時代の激流に足並みをそろえることができず、生き生きとした現実を深く描いた作品ではなく、空虚なスローガン式の作品をつくり出しています。生活から離れてスローガン式に叫んだり、現実を粉飾するのは、いずれも形式主義的傾向です。文学・芸術作品では、我々の時代の典型的な性格を正しく創造して見せることが大切です。いかなる試練や難関に直面しても信念を失わずたたかい続ける朝鮮人民の不屈の闘志と気概を示してこそ、文学・芸術作品は、人々を真の生と闘争へと奮起させる強力な武器となるのです。

 作家、芸術家が実地体験を着実にするためには、党の方針を明確に知り、現実のなかに入らなければなりません。そうしてこそ、党の方針を貫くうえで提起される問題を正しく見分け、現実的要求に合った種子を探し出して立派な作品を創作することができるのです。

 作家、芸術家が現実のなかに入るからといって、それがすなわち実地体験となるのではありません。作家、芸術家は、実地体験を一度するにしても、明確な目標を立て、生活の本質を把握できるように強い探求精神をもっておこなうべきです。実地体験を目的意識的に実質的におこなってこそ、それが創作と創造活動に実際に役立つ豊富な知識と体験を積む好機となるのです。作家、芸術家は、実地体験の意義を明確に知り、深みのある実地体験を積むことで、名作創作の豊富な源泉を蓄えるべきです。

 作家、芸術家のあいだで実力戦を力強く繰り広げるためには、作品創作の指導に力を入れる必要があります。

 作家、芸術家を創作活動に奮い立たせる組織指導活動を綿密なものにしなければ、実力戦での成果は期待できません。創作活動の指導において基本となるのは、党の政策的要求に即して創作方向を正しく定め、思想的主軸を打ち立て、形象化を通じて党の思想が力強く浮き出るようにすることです。催促したり、追及したりするのが指導ではありません。作家、芸術家の創作活動にたいする指導は、啓発、援助し、導いて、彼らが精力と才能を遺憾なく発揮し、立派な作品を創作するよう励ますものでなければなりません。

 文学・芸術部門の党活動家と創作指導メンバーは、常に作家、芸術家のなかに入り、彼らの心を揺さぶり、動かす、生き生きとした政治活動をおこなうべきです。作家、芸術家にたいする政治活動を会議や講演などですまそうとしてはなりません。わたしは以前、文学・芸術部門の活動を直接、指導していたとき、たびたび創作現場に出向いて、作家、芸術家と膝を交えて話し合いながら党の意図を理解させ、彼らの心を動かして創作意欲を駆り立て、党の意図を作品に具現する方法を教えました。創作の過程で問題が提起されたときには、創作メンバーの立場に立って作家、芸術家とともに解決していきました。

 創作は心をもってすることであり、作品は創作上の個性と才能の産物です。党の思想で作家、芸術家の心を沸き立たせ、創作上の個性と才能を発揮させて、時代が求める名作を創作させるのが、ほかならぬ政治活動です。文学・芸術部門の党活動家と創作指導メンバーは事務室に居座ろうとばかりせず、作家、芸術家のなかに深く入って彼らに党の政策を説明し、難問をそのつど解決し、創作において新しいものを探し出し、特色を生かして描き出すよう支援し導くべきです。指導にかこつけて、作家、芸術家の創作上の個性を抑えるようなことがあってはならず、個性を尊重し、十分に生かすように助力すべきです。

 作家、芸術家は知性人であるだけに、彼らにたいする政治活動はより熟練したものにする必要があります。政治活動の対象を考慮することもなしに、型にはまった方法で千編一律におこなってはなりません。個々の作家、芸術家の水準と能力、性格と趣味が異なるだけに、それに即して政治活動も多様な方法で行うべきです。幹部は、作家、芸術家に党の思想と意図を十分に理解させ、彼らの創造的情熱と創作上の個性をかき立て、創作上の才能を伸ばすために知恵をしぼり、方法を検討することが必要です。

 作品創作の計画は、実力を基本に立てるべきです。実力を考慮せず、最初から古い作家、芸術家にだけ重要な創作課題を任せようとしてはなりません。新人であっても実力があれば、思い切って重要な創作課題を任せるべきです。

 創作機関同士、作家、芸術家同士の創作競争も活発におこなうべきです。わたしは以前から、創作機関が各自の持ち味と特色を鮮明に生かして、競い合うよう強調してきました。ところが、少なからぬ創作機関では、いまだに、みずからの持ち味と特色を生かすことができず、どれも似たり寄ったりの作品を出しています。そういうことなら、いくつもの芸術団体を置く必要がありません。文学・芸術部門の幹部は、創作機関同士、作家、芸術家同士の創作競争を活発に繰り広げることにも関心を払うべきです。党が歌劇革命を指導したとき、名曲を生み出すため、一編の歌詞に何人もの作曲家にそれぞれの才能を発揮させて作曲させた後、大衆的な合評を経ていちばんよい曲を選んで完成させましたが、創作競争をおこなう場合、このような方法を実情に合わせて適用することもできるはずです。

 作家、芸術家にたいする評価も実力を基準にしておこなうべきです。実力を高めるために懸命に努力し、自力ですぐれた作品を創作する作家、芸術家を引き立て、その模範を広く普及する一方、実力に欠けて創作が不振状態にありながら懸命に努力せず、のらりくらりする人は問題視し、厳しく批判すべきです。このように、実力戦を繰り広げる過程を通じて、実力が低かったり、創作年限や経験だけに頼って横着をきめこんでいる者がいたたまれないようにすべきです。

 実力戦を繰り広げる過程で、作家、芸術家のあいだに賢い振りをしたり、功名心やねたみごころを起こしたりするようなことのないようにすべきです。実力戦を繰り広げるのは、何人かの才能のある作家、芸術家を引き立てて評価するためではなく、すべての作家、芸術家を奮い立たせ、思想性、芸術性の高い作品をより多く創作させるためです。ですから、一部の作家、芸術家のあいだで多少よい評価を受けると高慢になり、大家にでもなったかのように傍若無人に振る舞ったり、他の人の成果や経験を尊重して謙虚に見習おうとせず、裏であげつらうような行為が見られたときには、そのつど批判を加えて是正させるべきです。

 文学・芸術部門の党活動家と創作指導メンバー、作品審査員が作品創作の指導と評価を正しくおこなうためには、政治・実務水準を高めなければなりません。いま、文学・芸術部門の幹部が政治活動を巧みに展開できず、創作上の指導と評価を正しくすることができないのは、彼らの水準が低いからです。最近、新しくつくられた歌を聞いてみると、歌詞や曲にこれといったものがないのも、この部門の幹部の水準が低いからです。一部の創作指導メンバーや作品審査員は水準が低いため、党にたいし創作活動の責任を担っていながらも、主人としての役割を果たすことができず、上部にばかり頼っています。文学・芸術部門の幹部の水準を高めないことには、実力戦の要求を満たすことはできません。文学・芸術部門の党活動家と創作指導メンバー、作品審査員は、たゆみなく学習し、各自の政治・実務水準を早く高めなければなりません。

 文学・芸術部門の党組織の役割を必ず高める必要があります。いま、文化芸術部の党委員会は、党の文芸方針を貫くための活動を正しく指導していません。文学・芸術創作機関の党組織も創作総括会議を運営することで活動にかえ、党の指導を正しくおこなっていません。文化芸術部の党委員会と創作機関の党組織は、創作活動に主眼を置き、それに力を集中すべきです。創作課題の分担から作品の完成に至るまで、創作活動の全過程を掌握し、それに即して党生活の指導もおこなうべきです。

 文学・芸術の各部門で、党の意図に即して実力戦を力強く展開し、革命の赤旗を高くかかげて進む朝鮮人民の闘争を大いに鼓舞する名作をより多く創作しなければなりません。

出典:『金正日選集』14巻


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