金 正 日

金日成同志を永遠に高くいただき、その偉業をあくまでなし遂げよう
朝鮮労働党中央委員会の責任幹部への談話 
−1994年10月16日− 

 金日成同志が逝去して100日になります。この100日間は、朝鮮人民がいかに偉大な領袖をいただき、いかに大きな領袖の福運にあずかってきたかを痛感した歴史的な日々でした。金日成同志が生存していたときにも、いつもその偉大さに感服してやみませんでしたが、逝去後、金日成同志がいかに偉大な人であったかをなお胸あつく感じています。

 金日成同志は、朝鮮人民が数千年の歴史において初めて迎え、高くいただいた偉大な指導者であり、全世界が認める人類の太陽です。

 金日成同志は、早くから革命の道に身を投じてあらゆる試練に耐え、ひたすら人民の自由と幸福のためにすべてを尽くし、朝鮮人民と世界の革命的人民の絶大な支持と信頼を受けて革命を勝利へと導き、歴史に長く輝く不滅の業績を残しました。抗日革命闘争を指導した時期を除き、金日成同志が解放後、わが党と人民を導いてきた期間だけでも半世紀に及びます。金日成同志はもう1年存命していれば、祖国解放50周年と党創立50周年をともに意義深く迎えることができましたが、惜しくもそれを前にして亡くなりました。

 金日成同志のように50年間、党と国家の首班として、党と国家、人民を導いてかくも輝かしい功績を積み上げた偉大な指導者はこの世にまたといません。金日成同志が、人民大衆の自主偉業、社会主義偉業の勝利のために積み上げた不滅の功績は、人類史と国際共産主義運動史に最も偉大な功績として燦然と光り輝いています。実に、金日成同志は、卓越した思想・理論と正しい指導によって現代史を輝かした偉大な哲学家、偉大な政治家、偉大な軍事戦略家、偉大な指導芸術家でした。我々は、このように偉大な領袖をいただいていたことに大きな誇りを感じ、自負すべきです。

 金日成同志は、偉大な指導者であるだけでなく、偉大な革命家、偉大な人間であり、人民の慈父でした。金日成同志は、朝鮮人民を立派な人民に育て上げ、この世でいちばんの社会主義制度を打ち立て、人民により大きな幸せを与えようとその生を閉じる最後の瞬間まで精力的に活動しました。金日成同志は、人民を天のごとくみなし、限りなく愛し、貴重なすべてのものに人民という名を冠しました。わが国の国号にも人民という語句を入れ、軍隊の名称にも人民という語句をつけ、大学習堂や文化宮殿も人民大学習堂、人民文化宮殿と命名し、病院も人民病院と名づけました。

 金日成同志は、限りなく慈愛深く謙虚な人でした。金日成同志はさる7月6日、わたしに電話をかけて党の意見を聞きたいと言い、北南関係で提起される問題について話し合いました。わたしが、金日成同志が決心すれば党はその通り実行すると答えると、金日成同志は、それなら党の承認を得たことにして活動すると言いました。金日成同志のその日の電話は、わたしへの最後の電話となりました。

 金日成同志は将来のことを予見したかのように、すべてのことをきちんと締めくくって生涯を終えました。

 金日成同志は80の高齢でしたが、この数年間、すべての抗日革命闘士に会い、南朝鮮革命家の遺児をはじめ、革命家の遺児とも会いました。回顧録を執筆しながら、そこに出てくる縁故者をみな捜し出し、国内はもとより、海外の縁故者まで呼んで会いました。

 そして、革命家の遺児や縁故者に会うたびに、自分は金正日同志のおかげで健康であると言い、金正日同志に忠実であるようにと切願しました。金日成同志は、縁故者にみずから腕時計をはめてやるなど、細やかな愛情と配慮を示しました。

 金日成同志は、記念写真にも数多くおさまりました。今年だけでも、全国農業大会や全国石炭工業部門従事者大会の参加者をはじめ、多くの勤労者と記念写真を撮りました。

 金日成同志は今年、各部門の幹部に会って多くの貴重な教示を与えました。4月25日には人民軍の指揮メンバーに会って人民軍を強化する綱領的な教示を与えましたが、これは人民軍への金日成同志の遺訓となりました。その日、金日成同志は、人民軍は最高司令官に忠実であるようにという意味深い教示を述べました。

 そして、今年に入っても、数回にわたって農業部門の幹部協議会を指導し、逝去する直前の7月5日と6日には、経済部門の責任幹部協議会を招集し、社会主義経済建設で堅持すべき綱領的な教示を述べました。

 金日成同志は今年、多くの外国人にも会って精力的に対外活動をおこない、カーター元アメリカ大統領に会って朝米会談を我々に有利に変えました。

 金日成同志は生前、祖国統一問題を除いては、すべての問題をきちんと締めくくりました。祖国統一の問題でも、遠からず解決できる強固な基礎を築きました。金日成同志は、朝鮮民族はいまは別れ別れになっているが、遠からず統一した祖国で幸せに暮らせるようになるだろうと言いました。

 実に金日成同志は、すべての部門の事業をきちんと締めくくり、朝鮮人民と世界の革命的人民に永遠に消えることのない余韻を残して去りました。この世に金日成同志のように、諸事万端きちんと総括して去った指導者はいないでしょう。

 金日成同志は心臓病で亡くなりましたが、心臓病にかかったのは何年も前のことです。我々は人民に心配させまいと、金日成同志の健康状態について知らせませんでした。今年はまた眼病まで患って、新年の辞を述べるときには原稿を手にしても途切れ途切れに読みつなぐという状態でした。それで眼の手術を受けたのです。若い人でもそんな手術を受ければ、1カ月余りは休んで治療を受けなくてはなりません。にもかかわらず、金日成同志は手術後幾日も経たないうちに孫元泰に会い、次いで朝鮮少年団第5回大会に参加した学生少年と記念写真におさまり、その後は訪朝したカーター元アメリカ大統領に会い、他の国の代表団とも会見しました。さらには、北南最高位級会談に関連して、わが方が主動的に提起する政治的・経済的問題について、みずから構想を練り、多くの文書にも目を通し、温泉郡と平壌市周辺の農場の現地指導までおこなうなど、日々活動に追われていました。

 金日成同志は数年来心臓病を患っていましたが、そのために活動を中断したことは一度もありませんでした。80を越した高齢にもかかわらず、このように超人的な活動を続けたことから、心臓病はさらに悪化しました。

 金日成同志のように、80歳を越してもなお精力的に活動して去った指導者はこの世にいないでしょう。金日成同志がこのように、人民のために生の最後の瞬間まで精力的に活動して急逝したがゆえに、人民はなおさら胸を痛めているのです。

 金日成同志は、党と革命、祖国と人民のために精力的に活動し、執務室で亡くなりました。金日成同志は、殉職したのです。生の最後の瞬間まで精力的に活動し、万事締めくくりをつけて去った指導者はこの世に金日成同志しかおらず、そういう点からしても金日成同志は、真に偉人の中の偉人でした。金日成同志はどんな偉人とも比べられないほど偉大な指導者、偉大な革命家、偉大な人間でした。

 天才的な思想・理論と非凡な指導力、高邁な徳性と卓抜な人柄、おおらかな品性と質素な生活にいたるまで、金日成同志の偉大な品格と尊容は、歴史上いまだかつて見られなかった特出した偉人像として世界を感動させています。月日が流れるにつれ、金日成同志は、偉人としての天稟をもった偉大な人であったといっそう胸あつく感じているところです。

 我々は、金日成同志がいかに偉大な人であったかを多くの文にして人民に教え、子々孫々末永く伝えていくべきです。

 金日成同志の逝去後、人民のあいだには、金日成同志への限りない忠誠と敬慕の念が深くあらわれています。朝鮮人民には、自分たちに真の幸せをもたらしてくれた金日成同志の恩情をしのんでやまない気高い精神的・道徳的品格があふれています。

 金日成同志を失った悲痛な心と切々たる懐かしさを抱きながら、金日成同志の銅像を訪ねる人々の流れは夜を日に次いで絶えることがなく、老若男女を問わず全人民が喪主となって、金日成同志に深い敬意を表し、限りない追慕の念を示しました。金日成同志が亡くなって数日後のある日、わたしは市内を見て回りながら万寿台の銅像の方に行ってみたのですが、銅像前の広場で数多くの平壌市民が降りしきる雨のなかで、金日成同志の逝去に哀悼の意をあらわして立ちつくし、広場の階段の下の方には多くの人が献花の順番を待っていました。そのなかには、弔花をささげようと順番を待つ5、6人の青年学生もおり、彼らは全身びしょぬれになりながらも花輪に上衣をかけて花を濡らすまいと懸命でした。しばらくその光景を見ていたわたしは、青年大学生のそのあまりにも奇特な行為に打たれて涙を流してしまいました。ある程度の年輩層であったらいざ知らず、新しい世代の青年にこんな奇特な人が大勢いたのかと思うと、胸の底からこみあげる涙を抑えることができませんでした。

 きょう、金日成同志の逝去100日中央追悼集会が終わった後、党中央委員会政治局の会議を終えて出て見ると、追悼集会に参加した婦人たちが錦繍山議事堂に入ろうとしていました。おそらく、金日成同志に会いたい気持ちを抑え切れなかったからでしょう。

 昨夜も、平壌市内を見て回りながら万寿台の丘の方へ行ってみると、多くの人が冷雨をついて金日成同志の銅像を訪ねていました。

 人民が冷雨に打たれる姿が痛々しく、それで幹部に電話をかけて止めさせるよう言い聞かせました。朝鮮人民はこの哀悼期間中に、朝鮮人民がどんな人民であるかをこの世の人々にはっきりと示すことができました。

 わたしは、自分の領袖への礼儀・道徳を守る気高い道徳観をもった人民を見て、大きな感動を覚えました。実に朝鮮人民は、みずからの領袖を慕い仰ぐ思想・感情と精神的・道徳的品性が世界のどの国の人民とも比べられないほど高い人民です。朝鮮人民は、非常に立派な人民です。朝鮮人民のように立派な人民は、この世のどこにもいません。

 我々は、人民の福運に恵まれています。我々がいま、帝国主義連合勢力との対決のなかで社会主義を固守しているのは、立派な人民がいるからです。金日成同志を慕う朝鮮人民の限りない忠誠とこのうえない孝心については、世界の進歩的人民はもとより、敵でさえ感嘆しています。哀悼期間中に訪朝したある資本主義国の実業家と技術者は、帰国後、記者とのインタビューで、朝鮮では全人民が金日成主席への絶対的な欽慕と尊敬の念を抱いており、主席の逝去に悲痛な心を抑えきれず痛哭している、この世にこんな人民がいるのを初めて目にした、と語ったそうです。

 アメリカのCNNテレビや日本のNHKテレビは、わが国で全人民が金日成同志を失ったことをこのうえなく悲しみ、深い哀悼の意をあらわしている姿を広く報道しました。いま、世界は、朝鮮人民の精神的・道徳的品格は最高であると賛辞を惜しみません。

 党と領袖に限りなく忠実な朝鮮人民の気高い思想的・精神的品格を目にした敵は、我々に立派な人民がいることに恐れをなしています。彼らは、記録映画『偉大な領袖金日成同志はとわに生きる』から、朝鮮人民の悲しんでいる姿だけでなく、我々の一心団結の威力を見て取っています。朝鮮人民の一心団結の威力は原爆より強力です。朝鮮人民のように党と領袖に限りなく忠実な人民の前には、いかなる大敵も、近代兵器も効力を発揮することはできません。朝鮮人民は、ほんとうに偉大な人民です。我々は、朝鮮人民に「偉大な」という言葉をつけるべきです。わたしはこのたび、朝鮮人民があれほど悲痛な心で金日成同志を追悼したことに非常に感謝しています。

 我々が人民の福運にあずかることができたのは、金日成同志のおかげです。金日成同志は、我々に大きな政治的信頼を寄せて党と国家の要職につけ、人民を教育して領袖を知り党を知る立派な人民に育て上げました。我々は、金日成同志の恩徳を永遠に忘れてはならず、立派な人民がいることを大きな誇りと栄誉とし、人民にいっそう忠実に奉仕しなければなりません。

 我々は、幹部と党員と勤労者が、偉大な領袖金日成同志は永遠に我々とともにあるという信念を抱き、金日成同志の革命偉業をあくまで達成していくよう、彼らを正しく教育すべきです。

 金日成同志の心臓の鼓動は止みましたが、金日成同志はきょうも朝鮮人民とともにあります。金日成同志は、領袖、党、大衆の渾然一体の最高頭脳として、民族の太陽として生き続けています。

 金日成同志の遺志が花と咲く祖国の繁栄のなかに、金日成同志の歴史は依然として流れていると言えるでしょう。

 我々は、100年も1000年も、子々孫々、金日成同志を永遠に高くいただき、すべての活動を金日成同志の方式で進めていくべきです。

 朝鮮民族の建国の始祖は檀君ですが、社会主義朝鮮の始祖は偉大な領袖金日成同志です。金日成同志なくして世界に燦たるこんにちの朝鮮について語ることはできず、金日成同志なくして朝鮮民族の高い尊厳と栄誉、誇りについて考えることはできません。

 金日成同志こそが、朝鮮民族を世界で最も尊厳ある幸せな人民にしてくれた民族の偉大な父です。いま、海外同胞は、朝鮮民族を金日成民族と呼んでいます。我々は、金日成同志の尊名によって輝く朝鮮民族の自尊心を高めることにいっそう力を入れるべきです。民族的プライドがなければ、事大主義的で屈辱的な歴史を繰り返しかねません。我々はすべての幹部と党員と勤労者に、金日成同志の指導のもとで、最も優れた人民大衆中心の朝鮮式社会主義を建設してきた朝鮮民族としての栄誉と誇りをもたせ、朝鮮民族第一主義精神をさらに高く発揚させなければなりません。

 我々は気高い道徳観をもって、金日成同志の偉大な思想と偉業、不滅の業績を限りなく輝かせていくべきです。

 共産主義者の道徳的品性は、領袖に忠節を尽くすことに如実にあらわれます。金日成同志が逝去したことから、党と国家の新たな指導機関を速やかに構成すべきではないかという意見が提起されていますが、我々は決してそうしてはならず、また、その必要もありません。

 金日成同志に忠節を尽くす我々の崇高な道徳観の見地からしても、党と国家の指導機関の新たな構成は急ぐべきではありません。記録映画『偉大な生涯の1994年』に見られるように、1994年は金日成同志がしばしの休息も取らず革命活動をおこなった最後の年です。ですから、1994年は金日成同志を哀悼する年とすべきです。古くから我々の祖先は、哀悼期間を100日か、1年、3年としてきました。指導機関の推挙は、金日成同志を永遠に生前の姿通り安置した後にすべきです。人民が金日成同志の霊柩の前で号泣した悲痛の念がいまなお胸にそのまま残っているなか、党と国家の指導機関を新たに選挙し万歳を唱えるのは戦士の道義にもとります。

 我々の政治体制は、領袖、党、大衆の一心団結にもとづいているので、決して揺らぐことはありません。いま、人民軍は最高司令官に限りなく忠実であり、人民は自分の指導者に忠誠を尽くしています。金日成同志は逝去しましたが、朝鮮人民はいささかも動揺せず、党のまわりにいっそうかたく団結し、金日成同志の切り開いたチュチェの革命偉業をあくまでなし遂げるために強くたたかっています。このたびの哀悼期間中に、我々の領袖、党、大衆の一心団結の威力がいかに強固なものであるかを力強く示しましたが、この強固な一心団結をなし遂げたのは金日成同志の偉大な功績です。金日成同志が、領袖、党、大衆の一心団結をなし遂げて革命の主体をしっかりかため、朝鮮式の社会主義を建設していなかったなら、我々はこんにちの試練に打ち勝つことができないでしょう。人民軍が最高司令官に限りなく忠実であり、わが党が大衆と渾然一体となり、党の指導体系が確立されている状況のもとでは、指導機関の推挙を急ぐ必要はありません。

 我々は、指導機関の推挙に神経を使うのでなく、いかにすれば金日成同志の切り開いたチュチェの革命偉業を固守し、立派に継承、達成できるかについて頭を使うべきです。我々は、ひたすら金日成同志が歩んできた革命の道を変わることなく進み、金日成同志の偉業の遂行に全力を集中すべきです。

 共産主義者は、官職はどうであれ、革命さえ進めればよいのです。

 金日成同志が早くから朝鮮革命の陣頭に立って抗日革命を導いたのは、祖国が解放されたのち、党の総書記や国家主席になるためではありませんでした。ただ祖国を解放し、人民に自由と幸せをもたらすために、20星霜血みどろの抗日革命闘争を繰り広げてきたのです。

 わたしは、常に自分を金日成同志の戦士と思ってきました。わたしは、金日成同志が生存していた時も、故人となったいまも、変わることなく金日成同志の戦士として、その革命偉業を継承し達成していくでしょう。金日成同志が生存していた時の誓いと逝去後の誓いが違うものであってはならず、金日成同志の革命戦士としての崇高な徳義を守らなければなりません。

 朝鮮人民は、日が経つにつれ、いっそう金日成同志を懐かしみ、金日成同志の銅像を訪ねて花輪や花束をささげ弔意をあらわしています。わたしは、人民の願いどおり、哀悼期間を延長し、引き続き弔意をあらわせるようにしました。全人民が最も敬虔な気持ちで金日成同志を追悼した日々は、朝鮮人民の心に偉大な領袖金日成同志は永遠に我々とともにあるという信念を深く刻み付けた日々でした。我々は、人民が金日成同志を永遠に高く仰ぎ、変わることなく金日成同志の遺志に忠実であるようにさせるべきです。

 我々が金日成同志を永遠に高く戴くことに精進すれば、国際共産主義運動内に真の共産主義的道徳観を確立するうえでも大きな影響を及ぼすことができます。共産主義的道徳は、最も純潔で気高い真の道徳です。共産主義的道徳で核をなすのは、領袖への忠実性です。かつて、国際共産主義運動内にフルシチョフのような修正主義者があらわれて共産主義的道徳を甚だしく損ねました。

 フルシチョフは、スターリンを中傷することで、世界の人々に、共産主義者は革命の先輩も眼中になくいがみあう人間であるかのような悪い印象を与えました。初の社会主義国家の創建者であるレーニンも、社会主義の背信者によって70年が過ぎたいま冒涜されています。このような現象は、国際共産主義運動内の他の党にもあらわれ、そのため共産主義者は、人民の信頼と支持を失い、結局は社会主義諸国を崩壊させるに至りました。我々は、金日成同志を生存時よりもさらに丁重に、そして、永遠に高くいただくことによって、世界の人々に共産主義者がどんな道徳観をもって自分の領袖に忠節を尽くすべきかをはっきりと示すべきです。このように、最も気高い共産主義道徳を守ってさらに輝かし、修正主義者と社会主義の背信者によって汚された共産主義的道徳を国際的に回復させるために大いに寄与しなければなりません。

 きょうの中央追悼集会で演説した人はすべて、金日成同志が切り開いたチュチェの革命偉業を変わることなく固守すると決意しましたが、軍隊も人民もその決意どおり奮闘しなければなりません。我々は、金日成同志が生存していた時のように、その偉大な革命業績をあくまで擁護し輝かし、革命と建設を徹頭徹尾、金日成同志の意思どおりに金日成同志の方式で進めるべきです。我々は、金日成同志が切り開いた社会主義偉業、チュチェの革命偉業を忠実に継承することによって、朝鮮共産主義者の気高い共産主義的道徳観を示すべきです。

 我々は、世界の革命的な人民に政治と思想、道徳など、すべての分野で模範を示すとともに、書物も多く著すべきです。わたしはいま、『社会主義は科学である』と題する論文を書いていますが、今年の11月か12月に発表するつもりです。我々は、朝鮮式の社会主義を守り、さらに輝かすばかりでなく、理論宣伝にも力を入れて、社会主義を志向する諸人民のたたかいを大いに鼓舞することが重要です。

 記録映画による教育にも力を入れるべきです。

 記録映画は、生き生きとした画像を通じて、党員と勤労者に領袖の偉大さを見せる有効な思想教育手段です。このたび『偉大な領袖金日成同志はとわに生きる』の第1、第2、第3部と『偉大な生涯の1994年』など、数編の優れた記録映画が制作されましたが、この記録映画の学習は効果的におこなわなければなりません。『偉大な領袖金日成同志はとわに生きる』の第1、第2、第3部が制作されたとき、担当の幹部はそれを一度に学習させると言いましたが、わたしはまず第1部だけ学習させ、第2部と第3部は、金日成同志の逝去100日追悼行事を契機に学習させるよう指示しました。その結果、この映画学習は非常に有意義なものになりました。『偉大な生涯の1994年』を制作するにあたっては、金日成同志が去る7月6日、経済部門の責任幹部協議会でおこなった教示のうち、1部を肉声のまま編集させました。記録映画に金日成同志の教示を肉声のまま入れたのは今度が初めてです。幹部と党員と勤労者は、この記録映画を観ながら金日成同志の教示を肉声で聞き、いっそう深く感動したと言っています。この学習過程は、記録映画が党員と勤労者の教育において有力な手段となることを示しています。

 記録映画『金日成主席、外国の元首および著名な人士と対面』は第1部と第2部が制作されましたが、これからその続編が引き続き制作されることになっています。金日成同志は解放後から生の最後の時期まで、外国の元首をはじめ、7万名を超す外国の人士に会って活動してきましたが、世界にはこのように多くの外国の人士に会って対外活動をした指導者はいません。この記録映画を金日成同志が生存していた時に制作し、観てもらえたらどんなによかったことでしょう。我々は記録映画の学習を効果的におこなって、すべての幹部と党員と勤労者が金日成同志の偉大さを深く体得し、金日成同志を永遠に高くいただくようにすべきです。

 記録映画『人民のための道で常にともに』は、金日成同志がわたしと活動について討議している場面を編集して制作したものです。この映画に金日成同志が『思郷歌』をうたう場面がありますが、その歌は抗日武装闘争当時にうたわれたものです。金日成同志は、抗日革命闘争当時うたわれた中国の歌『蘇武歌』をうたったこともあります。金日成同志は、回顧録『世紀とともに』で『蘇武歌』について感慨深く回想しています。『蘇武歌』は、中国人民の愛国主義的思想・感情を反映した歌です。金日成同志は解放後、この歌の歌詞を捜そうと努力しましたが、近年になってやっと捜し出しました。そして、そのときうれしさのあまり、その歌を口ずさみました。金日成同志が『思郷歌』と『蘇武歌』をうたったときの録音テープはわたしが保管していますが、それは非常に大切な宝です。金日成同志が『蘇武歌』をうたう場面も記録映画に編集するとよいでしょう。人民は、金日成同志が『蘇武歌』をうたう場面を見ればすごく感動するでしょう。『蘇武歌』は中国の歌ですが、金日成同志は偉大な国際主義者ですから、その場面を入れるのがよいでしょう。

 金日成同志の逝去後、ポチョンボ・エレクトロニック・アンサンブルが歌謡『われらは誓う』を創作しました。わたしはその歌を手もとに置いておき、金日成同志の逝去100日に際して公開しました。この歌の歌詞は、明白で大衆向きにできています。この歌には、金日成同志の遺訓を守り、党の偉業にあくまで忠実であり、社会主義祖国をより立派に建設しようという朝鮮人民の意志が如実に反映されています。我々は、この歌のとおり、金日成同志の遺訓を守って、より富強な祖国を建設しなければなりません。

 国を富強にしてこそ、我々の社会主義をさらに輝かし、祖国統一の偉業を早めることもできるのです。

 金日成同志の革命偉業をあくまで固守し、最後まで達成していくためには、党を打ちかため、領袖、党、大衆の一心団結を強化しなければなりません。

 党は、国と民族の運命であり、人民の生命です。党を強化し、その指導的役割を高めるところに、革命勝利の決定的保証があります。

 我々は、党を組織的、思想的に打ちかためることに引き続き大きな力を入れて、わが党を百戦百勝の鋼鉄の党に強化すべきです。

 何よりも党の組織活動に力を入れて党の隊伍をしっかりとかため、領袖を中心とする党の統一と団結をいっそう強化することが重要です。我々は、党の隊伍内にいかなる異分子もまぎれ込まないようにし、党の統一と団結をむしばむさ細な要素も許してはなりません。

 党の組織活動とともに思想活動を着実におこなうべきです。党員と勤労者の思想教育において基本は、チュチェ思想の教育です。チュチェ思想は、我々の革命と建設にとって唯一の指導思想であり、朝鮮民族の生命です。朝鮮民族が生きていくためには、チュチェ思想を体得し、ひたすらチュチェ思想の示す道にそって進むべきです。我々は、チュチェ思想の教育をいっそう着実におこなって、すべての党員と勤労者が、チュチェ思想をしっかり体得し、チュチェ思想を確たる信念とし、チュチェ思想を具現するために奮闘するようにさせなければなりません。

 党を強化し、その指導的役割を高めるには、党の指導体系を確立することが大切です。全党、全人民、全軍が、党中央の唯一的指導のもとに一体となって動く体系を抜きにしては、党の強化、発展についても、革命と建設の順調な前進についても考えることはできません。我々は、すべての党員と勤労者が、党中央の唯一的指導のもとに一体となって動く体系をさらに強固に打ち立て、全党と全社会に党の路線と政策を無条件に受け止め、あくまで実行する革命的気風を確立しなければなりません。

 領袖、党、大衆の一心団結を絶えず強化していくべきです。領袖、党、大衆の一心団結は、我々の無敵必勝の武器です。領袖、党、大衆が一心団結すれば、いかなる強敵も恐るべきものはなく、いかなる難関も乗り越えて勝利することができます。我々は、領袖、党、大衆の一心団結を強化する活動を絶えず深め、全人民を党と領袖のまわりにいっそうかたく結集させ、一心団結の威力で革命の難局を克服していかなければなりません。

 経済活動に大きな力を入れるべきです。

 党中央委員会第6期第21回総会で新たな革命的経済戦略が示されてから1年近くなりますが、経済活動は、党の要求どおり推進されていません。党の革命的経済戦略は本質上、農業と軽工業を発展させる戦略、人民生活を向上させる戦略と言えます。党の革命的経済戦略を貫徹するうえで見られる主な偏向は、中心を逃し、あちこちに力を分散させて建設を散漫に広げていることです。

 金日成同志は、経済問題のために生の最後の瞬間まで心を砕きましたが、どうあっても党の革命的経済戦略を貫徹して、金日成同志の遺志を立派に実現しなければなりません。我々は、党の革命的経済戦略を堅持し、農業第一主義、軽工業第一主義、貿易第一主義の3大課題を立派に貫徹して人民の生活を速やかに向上させるべきです。政務院の委員会、部と党中央委員会の各部署は、この活動の推進にすべての活動を指向させ、特に、農業と軽工業に力を集中することが重要です。

 政務院と国家計画委員会は、人民経済計画を総合的に再検討し、党の革命的経済戦略が貫徹されるように正しく作成すべきです。

 人民経済計画は、党の革命的経済戦略の基本目標と要求を正しく反映させて、人民の生活を画期的に向上できるように、農業と軽工業に全力を集中する方向で作成すべきです。農業と軽工業に力を集中しなくては、人民の生活を速やかに向上させることはできず、我々は生きていくこともできません。農業と軽工業を盛り立てるには、電力工業をはじめ、人民経済の先行部門にも力を入れるべきです。電力がなくては、肥料の生産は不可能であり、農業を満足に営むことも、軽工業部門の工場をフル稼働させることもできません。現在進めている建設対象をすべて見直し、中止させるべきものは中止し、設備と資材、資金を農業と軽工業部門に振り向けることが必要です。

 党の革命的経済戦略を貫徹するためには、政務院の役割を決定的に高めなければなりません。政務院は、国の経済活動全般を統一的に掌握し組織、指揮する経済司令部であり、国の経済活動については党に対して責任を負っています。経済活動の成果は、政務院の活動いかんにかかっています。党は、政務院が経済司令部として国の経済活動を全面的に担当できるように、政務院責任制、政務院中心制の措置を取り、必要な活動条件をすべて整えました。政務院は、党の意図を明確に認識し、政務院責任制、政務院中心制を徹底させ、国の経済活動を責任をもって指導すべきです。委員会、部をはじめ、経済機関は経済活動で提起されるすべての問題を政務院に集中させ、政務院の統一的な指揮のもとに解決していかなければなりません。

 経済活動に新たな転換をもたらすためには、幹部が、自力更生、刻苦奮闘の革命精神を強く発揮しなければなりません。いま、経済活動に一連の難関があるのは確かですが、幹部が、自力更生、刻苦奮闘の革命精神をもって一所懸命に活動するなら、十分克服することはできます。金日成同志が生前、特に強調したのは、自力更生、刻苦奮闘の革命精神です。わたしは、幹部が自力更生、刻苦奮闘の革命精神を発揮して党の革命的経済戦略を立派に貫徹し、当該職域の活動を着実に進めるようにするため、哀悼期間に延白原の協同農場と前川郡商業管理所、孟山郡を参観させました。

 前川郡商業管理所と孟山郡は、自力更生、刻苦奮闘の革命精神を発揮して実績を上げた模範単位です。地方では、孟山郡の模範に学ぶ運動を繰り広げ、商業部門では、前川郡商業管理所の模範に学ぶ鄭春実運動をいっそう活発に展開すべきです。幹部が、自力更生、刻苦奮闘の革命精神を発揮することがきわめて大切であるため、きょうの党中央委員会政治局の会議でもそのことを強調しました。

 経済幹部は、党の意図をはっきり認識し、すべての部門、すべての職域で、自力更生、刻苦奮闘の革命精神を大いに発揮して、課された経済課題を成功裏に遂行しなければなりません。

 人民軍を強化し、軍事を重視する社会的気風を確立することが大切です。

 我々は、世界反動勢力の元凶であるアメリカ帝国主義と対峙して革命を進めており、いまなお国の統一を実現していません。

 朝鮮革命の前途には、さまざまな難関と障害が横たわっており、アメリカ帝国主義と反動勢力は、共和国に対する侵略と戦争策動をいっそう強化しています。こうした状況のもとで、我々があらゆる難関と試練を克服して社会主義偉業をあくまで固守し力強く前進させるためには、党とともに人民軍を決定的に強化しなければなりません。人民軍を強化せずには、勝ち取った革命の獲得物を守りとおすことができないばかりか、社会主義建設を促進することも、国の統一を実現することもできません。

 現段階において、人民軍を強化するうえで重要なのは、人民軍が、党の偉業に限りなく忠実であるようにさせることです。人民軍は、わが党の軍隊です。人民軍は、党の軍隊として朝鮮労働党の旗、赤旗を高くかかげて進むべきです。党の軍隊として、党の偉業のために死を恐れず勇敢にたたかうところに、人民軍の本質的特性と不敗性があるのです。人民軍内に、いかなる逆境のもとでも党の偉業に忠実で、党と運命をともにする革命的気風を確立しなければなりません。

 革命闘争で勝利するためには、党と軍隊が渾然一体とならなければなりません。党と軍隊は、不可分の関係にあります。軍隊を掌握できない党は威力を発揮することはできず、党の指導を受けない軍隊は強力な戦闘部隊になれません。党なしに軍隊だけでは、革命戦争で勝利することはできません。軍事命令指揮系統で軍隊を動かすことはできても、数百万の大衆を動かすことはできません。

 広範な大衆を立ち上がらせるのは党です。党と軍隊が渾然一体となってこそ、全党、全人民、全軍を全一的に動かすことができるのです。革命的な党は、軍隊が銃をもって守ってこそその不敗性が保障され、革命軍隊は、革命的な党に指導され、党が大衆を立ち上がらせたときこそ無敵の力を発揮するものです。党と軍隊が力を合わせるなら、いかなる敵をも撃滅し、革命闘争で勝利することができます。そういう意味で、こんにち、わが国では、党はすなわち軍隊であり、軍隊はすなわち党であると言えます。人民軍では、党風にもとづいた革命的軍紀を確立すべきです。人民軍は、党をあくまで擁護し、党の指導に限りなく忠実であり、党の偉業を武力をもってしっかりと保障しなければなりません。

 軍民関係を維持すべきです。これは、戦闘準備の一環です。軍隊と人民が一心同体とならなくては、敵を打ち負かすことはできません。我々は軍民一致の伝統的美風を高く発揮し、いったん事あれば、軍隊と人民が一心同体となって侵略者を打ち破って社会主義祖国をかたく守るようにしなければなりません。

 軍事を重視する社会的気風を打ち立てるべきです。軍事を重視する社会的気風を打ち立て、全人民が、人民軍を愛し、積極的に支援するようにし、全人民武装化と全国要塞化を実現して、いかなる敵も侵攻できないよう、わが国をハリネズミのようにかためなければなりません。

 国防スポーツも発展させるべきです。わが国は敵と直接対峙している国であるため、射撃、ボクシングなどのスポーツ種目をさらに発展させることが必要です。

 金日成同志の偉業を継承、達成し、金日成同志の遺訓を貫徹するうえできわめて重要なのは、祖国の統一を実現することです。

 金日成同志は、国の分断に誰よりも胸を痛め、祖国統一のために不眠不休の努力と精力を注いできました。金日成同志はあれほど祖国統一を切願しましたが、統一の日を見ずに逝去しました。祖国の統一を実現することは、金日成同志の遺訓であり、全民族に統一された祖国でむつまじく豊かな暮らしをさせることが金日成同志の志でした。我々はどうあっても、金日成同志があれほど望んでいた祖国統一の歴史的偉業を必ず成就して、金日成同志の生前の志を実現しなければなりません。

 南朝鮮の非転向長期囚たちを帰還させるたたかいを引き続き繰り広げるべきです。祖国の統一が実現されていないため、南朝鮮では多くの人が苦労しています。南朝鮮の非転向長期囚たちは、共和国に帰るため積極的にたたかっています。南朝鮮には多くの非転向長期囚がいますが、我々はなんとしても彼らの帰還を実現させるべきです。

 金日成同志の革命偉業を固守し、あくまで達成するためには、自主性を堅持しなければなりません。政治的自主性は、自主独立国家の基本的表徴であり、自主性を堅持することは革命勝利の基本的保証となるものです。帝国主義者と反動勢力の悪辣な策動が続く困難かつ複雑な情勢のもとでも、我々が微動だにせず、社会主義を固守することができるのは自主性を堅持しているからです。自主性がなければ、国は滅びます。東欧社会主義諸国は、政治的自主性をもたず、大国の言うがままになって滅びました。我々はこれまでと同様、今後も党と国家活動のすべての分野で自主性を堅持していかなければなりません。

 わが党の自主的な対外政策を堅持することが重要です。

 金日成同志は、革命と建設を指導する全過程にわたって終始一貫、自主的な対外政策を実施してきました。かつて大国主義者は、わが国にワルシャワ条約機構やセフ(コメコン)に加入するよう圧力をかけてきましたが、金日成同志はそれに加盟せず、あくまで独自性を堅持しました。わが国がワルシャワ条約機構やセフに加盟しなかったのは、全く正しいことでした。もし、わが国が加盟していたなら、どんなに大きな害を被ったかわかりません。実に、金日成同志は、先見の明のある革命と建設の卓越した指導者でした。我々は金日成同志の遺志に従い、今後も自主的で原則的な対外政策を実施することによって、国の尊厳を守り、朝鮮革命の国際的連帯を強化していかなければなりません。

 わが党は、すでに早くから「我々の方式で生きよう!」「朝鮮民族第一主義の精神を高く発揚しよう!」というスローガンを打ち出しています。我々にとってこれにまさるスローガンはありません。

 我々は、チュチェ思想の旗をさらに高くかかげて、自主性を堅持し、徹頭徹尾、我々の方式で生きていくべきです。



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