「舞踊芸術論」−1 生活と舞踊
 
1 舞踊はリズムの芸術である


 舞踊芸術は、人間とその生活を形象化する。舞踊が人間を形象化するというのは、人間の性格を描くということを意味する。人間の性格において基本となるのは思想と感情である。舞踊は、人間の思想・感情を形象化することによって、その性格を描きだす。

 人間の思想・感情は、具体的な生活のなかで形成され、あらわれるものである。人間は、具体的な生活を離れては思想・感情をもつことも、あらわすこともできない。人間は、自分の意思と要求に従って自然と社会を改造し、自主性と創造性を実現する闘争の過程でさまざまな思想・感情をもち、表現することになる。舞踊では、人間の思想・感情が形成され表現される具体的な生活を形象化する。

 人間の生活は多様である。人間の生活は、自主的要求と創造的能力が高まるにつれて、ますます多様になる。舞踊は人々の気高く美しい思想・感情があらわれる多様な生活をリアルに描きだすことによって、人々を思想的、情操的に教育し、新しい生活の創造へと力強く立ち上がらせる。

 舞踊では、自然のいろいろな現象を形象化する場合もある。しかし、舞踊で描きだされる自然現象は、人間の生活とかけ離れた単なる自然現象ではない。芸術で人間の生活と関係のない単なる自然現象を描きだすのは無意味なことである。芸術作品における自然現象の描写は、人間の思想・感情と生活をより幅広く、掘りさげて描きだすことに服従する。舞踊においても、自然現象の描写は人間の思想と生活感情をいっそうリアルに描きだすのに寄与する。

 舞踊『雪が降る』では、抗日遊撃隊の女子隊員を描くとき、夜空に舞う雪の自然現象を形象化している。これは、単に自然の風景を見せるためではない。夜空の雪は、叙情的でありながらドラマ性の強い音楽とともに多様に変化しつつ、ときには与えられた状況にもなれば、主人公である女子隊員の心情を代弁もし、主人公の崇高な精神世界をいろいろな面からきわだたせている。こうして、舞踊『雪が降る』は、抗日武装闘争の苦難の日々にあらゆる試練を克服しながら、革命の赤旗を高くかかげて力強く戦っていく抗日遊撃隊の女子隊員の不撓不屈の革命精神を感銘深く描きだしている。この舞踊で夜空に舞う雪の自然現象を、俳優の芸術的リズムによっていかにみごとに描きだしたとしても、抗日遊撃隊の女子隊員の形象がなければ、それは何の意味もない。舞踊は自然現象を描く場合、それを人間の生活と思想・感情の描出に役立たせることによって、人間の美しい思想・感情と真の生活を示さなければならない。

 舞踊は、人間の思想・感情と生活を芸術的リズムによって描きだす。人間の思想・感情と生活を芸術的リズムによって描きだすのは、他の芸術と区別される舞踊芸術の特徴である。

 芸術には、音楽、演劇をはじめ、さまざまな様式がある。芸術がさまざまな様式に区分されるのは、主に生活を反映する表現手段と手法がそれぞれ異なることと関係している。人間の生活を反映するうえで、音楽は旋律を基本的表現手段とし、演劇はせりふを基本的表現手段としている。

 舞踊は、芸術的リズムを基本的表現手段としている。舞踊をリズムの芸術とする理由は、まさにここにある。舞踊はリズムを表現手段としているが、すべてのリズム現象が舞踊の表現手段になるのではない。広い意味で、リズムは一定の間隔をおき、調和をなして規則的に反復される運動の流れである。周期的に繰り返される運動の流れとしてのリズム現象は自然界にもある。自然界における律動的な現象は、自然の運動法則によって起こる。自然界の律動的な現象は、人間がすぐには感受できない長短の時間をおいて、味気なく単調に起こる。それゆえ、自然の運動法則に従って起こる自然界のリズム現象は規則性と周期性をおびたものであっても、人々の情緒的感興をさほどそそることができない。

 芸術のリズムは、人間が美学的要求に即して目的意識的に創造したリズムである。人間が美学的要求を充足させる目的で創造した芸術のリズムは、詩と音楽をはじめ、文学と芸術の各様式に具現され、人々の豊かな美的情緒と芸術的感興を呼ぶ。

 芸術のリズムのうち、典型的で高い形態のリズムは舞踊のリズムである。舞踊のリズムは、体の調和のとれた動きによってもたらされるリズムである。体の各部位の調和のとれた動きによってもたらされる舞踊のリズムは、芸術のリズムのうちでも最も生き生きとして鮮明であるばかりでなく、豊かな情緒的表現力をもつ。

 舞踊のリズムは体の動きによってもたらされるが、体の動きがそのまま舞踊のリズムになるのではない。舞踊のリズムをなす最も重要な要素は対照と反復である。高低、長短、強弱といった対照と反復がなくては、いかなるリズム現象も起こりえない。対照と反復というリズムの要素は自然界の運動にもあり、人間の日常的な行動にもある。普通、人間は歩いたり走ったりするときに両腕と両足を交互に前へ動かすが、それにも対照と反復がある。しかし、その対照と反復もリズムの要素ではあるが、それは極めて単調なものである。舞踊のリズムは、人が日常生活で体を動かすときのリズムの要素を芸術的に加工し、調和をもたせるときにもたらされる。そのため、舞踊のリズムを芸術的リズムというのである。

 舞踊のリズムは、情緒的な表現力をもっている。それは、具体的かつ繊細な動作が音楽の拍子と旋律に乗ってなされるからである。舞踊のリズムは情緒的な表現力をもつているがゆえに、人間の思想・感情と生活を芸術的に形象化することができるのである。

 舞踊のリズムは、民族的情調をおびる。人の動作にもとづく舞踊のリズムは、その国の人民の独特な生活様式と労働の過程で形成され、民族的情緒に合わせてととのえられるので、民族的特色をおびる。舞踊のリズムは民族的拍子に合わせてつくりだされるため、民族的情調がいっそう濃厚になる。舞踊のリズムは、鮮やかな民族的情調をおびるので、民族舞踊の特性をあらわすようになる。

 舞踊のリズムは、具体的に踊りの動作と構図を通じて形成され表現される。踊りの動作とその組み合わせによってリズムの流れがつくられ、それは多様な構図の変化を通じていっそう浮き彫りにされる。

 踊りの動作は、音楽の拍子と旋律に乗ってリズムをなし、舞踊の思想的・情緒的内容を表現する。

 踊りの動作は、芸術的にととのえられた体の各部位のさまざまな動きと形が調和のとれた結合をなして形成される。腕と脚をはじめ、体の各部位の動きと形が調和のとれた結合をなして形成される踊りの動作は、律動性と造形性をあらわす。美しい造形性と律動性は、踊りの動作の重要な特徴である。舞踊では、人々の多様な思想・感情と生活を造形的かつ律動的な踊りの動作によって描きだす。

 踊りの構図は、舞踊家が踊るときの位置とその変化によって形成される造形的なコンポジションである。踊りの構図は一定の形の線と隊形としてあらわれる。

 踊りの構図は、リズム表現の重要な要素であり、踊りの動作とともに作品に反映された生活を多様な角度から造形化して作品の主題的・思想的内容を鮮明に表現し、踊りの動作を連結し発展させることによって舞踊の芸術的形象化水準を高める。舞踊では踊りの動作と構図が調和しととのってこそ、リズム表現の視覚的な特性が生かされ、形象が生彩を放つようになる。

 舞踊はリズムの芸術であるが、リズムだけでは形象化の目的を達成することができない。舞踊はリズムを基本的表現手段としながら、それに音楽と舞台美術をともなう。

 舞踊において音楽は不可欠の重要な表現手段である。

 舞踊は本来、音楽と密接に結びついている。舞踊が音楽と結びつくのは、音楽が芸術的リズムの基礎であるからである。舞踊の芸術的リズムは音楽に乗って形成され、展開される。芸術的リズムが音楽に乗るからといって、自然に形成されるわけではないが、音楽をぬきにしては形成されない。芸術的リズムは、音楽の調子が視覚的な体の動きによって表現されたものである。

 舞踊において音楽はリズムと情緒をもりあげる一方、作品の主題・思想の解明に寄与する。舞踊音楽は、調子が明確な旋律形象によって人物の内面世界を情緒的に力強く開放し、作品の主題・思想を鮮明にする。

 舞踊において、舞台美術は重要な表現手段である。

 舞踊において、舞台美術は人々の生活環境をリアルに示すことによって、形象化される人物の性格をきわだたせる。舞踊で舞台美術はまた、その固有な特性により、他の表現手段がとってかわることのできない重要な表現手段となる。

 舞台美術において、衣装と小道具は重要な要素である。衣装・小道具は、作品の時代相と登場人物の性格を明確にする。舞台装置と背景、照明も舞台美術の重要な部分をなす。美術的手段は、時代の環境と人物の性格をきわだたせ、舞踊をいつそう美しく華麗なものにする。

 舞踊芸術は、リズムと音楽、舞台美術を結合した総合芸術の一様式である。





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