金 日 成

化学工業をいっそう発展させ、幹部のあいだで
我々の方式で生活する革命的気風を確立するために
 ―化学工業部門の責任幹部協議会でおこなった演説―
1987年3月20日 

 きょうの協議会では、化学工業を発展させる問題について述べようと思います。

 現代は、化学の時代、電子の時代です。化学工業を発展させてこそ、軽工業と農業をいっそう発展させ、人民生活を画期的に向上させることができます。化学工業を発展させれば、わが国にないか、または足りない原料を化学的方法で解決することができます。

 化学工業を発展させれば、軽工業部門の工場に必要な原料と資材を十分に供給することができます。

 現在、原料と資材が十分に供給されないので、中央軽工業部門の工場と地方産業工場をフルに操業できずにいます。製紙工場も各地に建設しましたが、カセイソーダ不足で満足に稼働していません。軽工業部門の工場が正常に操業していないため、人民に織物や靴も十分に供給できないありさまです。現在の軽工業部門の工場を円滑に操業しさえすれば、いろいろな製品を量産して人民に販売することができるはずです。党は、商店にいろいろな商品を山積みにして人民の要求どおりに売ってやれないことにいちばん心を痛めており、この問題を解決するためにあらゆる努力をつくしています。

 これからは、地方産業工場にも原料を供給すべきです。以前は、地方の織物工場が野生植物繊維で布地を生産しましたが、いまはそういう時代ではありません。

 以前は化学工業が発展していなかったので、地方産業工場を地元の原料源を利用して操業させました。当時、私は、各地に地方産業工場を建設し、それを地元の原料源を利用して稼働させ、昌城郡の経験を全国に一般化するようにしました。昌城郡は、地方産業工場を建設し、地元の原料源を利用して一般消費物資を生産するうえで全国の模範になりました。当時、昌城郡織物工場では、ツルウメモドキで布地を織りました。それで、地方の党・経済幹部を昌城へ連れていって見学させ、会議も開きました。

 しかしいまは、地方産業工場の規模が大きくなったので、工場を従前どおり地元の原料源にのみ頼って稼働させることはできません。地元の原料源を利用して地方産業工場を操業させるとしても、そういう方法では一般消費物資をいくらも生産することができません。

 この前、地方産業工場の実態資料を見て、原料と資材の供給対策が正しく立てられていないので、作成しなおすように指示しましたが、地方産業工場を正常に操業させるには、化学工業を発展させて、カセイソーダと炭酸ソーダなど各種の原料と資材を生産して供給しなければなりません。

 化学工業を発展させれば、営農実績を上げ、畜産業と果樹栽培業を発展させることもできます。化学工業を発展させずには、農業部門で多く使われる化学肥料と除草剤、殺虫剤、生育促進剤などを生産することができません。化学肥料と農薬がなければ、農業を立派に営むことができません。それで、順川ビナロン連合企業所で生産されるガスでメタノールをつくり樹脂生産にまわそうとしたのを肥料生産にまわすことにしました。現在、窒素肥料は南興青年化学連合企業所と咸興地区で大量に生産していますが、これにまた順川ビナロン連合企業所で生産される分まで合わせれば、250万トンになります。

 わが国で窒素肥料を年に250万トン生産すれば使っても残ります。窒素肥料が余るからと心配する必要はありません。今後アフリカ諸国と農場合弁をするとなれば、多量の化学肥料が必要です。外国と農場の合弁をする場合、それらの国に肥料を他の国から買って使わせるより、わが国で生産したものを使わせるほうが有利です。わが国と農場合弁をする国々に肥料を提供し、綿花と油など我々に必要なものをもらえば申し分ないでしょう。

 化学工業を発展させることが非常に重要なので、党はこのたび政務院に化学・軽工業部門を担当する副総理の職制を設け、化学・軽工業担当副総理と化学・軽工業委員長を新たに任命しました。

 化学工業部門の責任幹部は、党の意図をはっきり知り、化学工業の速やかな発展のために高い責任感と創意を発揮しなければなりません。

 何よりも、軽工業原料基地をしっかり築くことに力を入れるべきです。これは、化学工業部門に提起される重要な課題の一つです。軽工業を速やかに発展させるためには、二つの問題を解決しなければなりませんが、その一つは軽工業原料基地を立派に築くことであり、いま一つは樹脂生産を増やすことです。この問題は、いずれも化学工業を発展させなくては解決されません。化学工業を発展させて原料問題を解決すれば、食・衣・住の問題が円滑に解決されます。現在、軽工業原料基地は満足すべきものではありませんが、第3次7カ年計画期間にしっかりと築けば、今後わが国の軽工業を飛躍的に発展させることができます。

 軽工業原料基地をつくるうえでは、化学繊維生産基地をしっかり築くのに力を入れるべきです。耕地面積が限られ、ワタの栽培に適していないわが国では、化学繊維生産基地をしっかり築き、化学繊維を量産してこそ、紡織工場をフルに操業させることができます。

 順川ビナロン連合企業所の建設に拍車をかけて早く完工させるべきです。順川ビナロン連合企業所を建設すれば、年に10万トンのビナロンが生産されますが、これに2・8ビナロン連合企業所で生産されるビナロンと、清津化学繊維連合企業所と新義州化学繊維連合企業所で生産されるスフ、その他オーロンとモビロンまで合わせれば1年に22万トンの化学繊維が生産されます。そうなれば、現在の紡織工場をフルに操業させて織物の問題を解決することができます。

 ビナロンでは、いろいろな良質の布地を織ることができます。

 以前はビナロンでいろいろな布地を織るのが困難で、まだ染色も難しいといっていましたが、いまではビナロン布地の生産と染色で難題となっていた技術上の問題が解決され、染色もいろいろな色ででき、布地もいろいろなものを織って服をつくれるようになりました。これからは、ビナロン布地の質を高めて多種多様な服をつくるようにすべきです。

 清津化学繊維連合企業所をはじめ、化学繊維工場の生産能力を高めるためにも積極的に努力すべきです。順川ビナロン連合企業所の建設に力を集中するからといって、それにのみかたより、他の化学繊維工場の能力拡張工事に関心を払わないようではいけません。化学繊維工場の生産能力を拡張する工事は、各道がそれぞれ突撃隊を組織して進めるべきです。そういう方法で化学繊維工場の生産能力を拡張する工事をおこなっても、短期間内に終えることができるでしょう。

 清津化学繊維連合企業所の生産能力拡張工事は、咸鏡北道が突撃隊を組織しておこなうべきです。咸鏡北道が突撃隊を組織するのに必要な労働力は十分調整できるはずです。

 今後、中央人民委員会で労働行政を改善する対策を立てようと思います。最近、労働行政の実態を検討してみると、労働力の予備はいくらでもあります。非生産機関を簡素化し事務員を縮小すれば、労働力の予備が数10万名は出そうです。

 樹脂工業を早急に発展させるべきです。

 樹脂工業を発展させれば、軽工業部門に必要な原料と資材を供給し、包装材の問題も解決することができます。今回の政務院責任幹部協議会でも述べたことですが、いま包装材が不足してより多くの水産物を加工できずにいます。ワカメ、コンブ、ノリなどの海藻も調味料や包装材が足りなくて大量に加工できない状態ですが、この問題を解決するだけでも海藻類を上手に加工して人民生活を少なからず向上させることができます。どうすれば水産物を上手に加工して人民により多くの加工食品を供給できるだろうかと考え、金正日同志に電話をかけてみると、今度、総聯から4月15日を契機に水産物加工工場の設備を贈り物にしてくれるとのことでした。今後、総聯から水産物加工工場の設備が到着すれば、それを見本にして工作機械の子生み運動を繰り広げたときのように、水産物加工工場を増やして何カ所かに設け、水産加工品を大量に生産すべきです。そのためにも包装材を解決しなければなりません。

 樹脂工業を発展させれば、各種の家庭用品と家具、玩具もたくさんつくれます。樹脂では、コップやたらいなどいろいろな家庭用品がつくれます。この会議室の机などの備品のなかにも、樹脂が使われていないものはほとんどありません。年に30万トンほどの樹脂を生産すべきです。年に50万トン生産できればそれに越したことはありません。はじめは樹脂を年に30万トンくらい生産させるつもりでしたが、50万トン生産できるならそうしてみるのがよいでしょう。樹脂は大量生産するに越したことはありません。

 樹脂生産を増大できるように粉炭ガス化工場を早急に建てるべきです。

 製紙工業の発展にも力を傾けるべきです。

 製紙工業を発展させてこそ、人民の文化的な生活を保障することができます。現在、わが国の製紙工業は、先進国の水準に到達していません。先進諸国では、用紙を量産して商品の包装をはじめ、いろいろな問題を解決しています。

 121号工場は、わが国でいちばん近代的な製紙工場です。この工場では、用紙を大量に生産して新聞や小説などの出版物の印刷に必要な用紙を生産し、平壌市民にトイレット・ペーパーも供給しています。しかし、この工場だけでは用紙の需要をみたすことができません。

 製紙工場を満足に操業させることができず、用紙を大量生産できないので、用紙の不足をきたし、外国から買い入れなければならないといっています。

 クラフト紙の生産基地も立派に築いておきましたが、生産が不正常なので、外国からひきつづきクラフト紙を輸入しています。クラフト紙工場では原料があるときは石炭がなくて操業できないといい、石炭があれば原料が切れて操業できないなどと、いつも泣き言ばかりいっています。両江道党委員会責任書記にクラフト紙工場が正常に操業されない理由を問うと、石炭はあるが設備の老朽化と原料不足のため正常に操業できないとのことでした。幹部がクラフト紙工場の実情を日常的に調べて古い設備を改造し、難問を解決して生産が正常化されるようにしていたなら、クラフト紙を年に数万トンは生産しているはずです。

 現在、平壌市をはじめ、各地に近代的な高層住宅がたくさん建てられましたが、トイレット・ペーパーを満足に供給できずにいます。高層住宅に住む人たちには、トイレット・ペーパーを供給すべきであって他の用紙を使わせてはいけません。幹部は、用紙が文化革命の遂行と人民生活においていかに重要であるかを明確に認識し、用紙の生産を増やすため積極的に努力しなければなりません。

 用紙の生産を増やすためには、吉州パルプ工場か新義州化学繊維連合企業所か、どちらかの工場を拡張しなければなりません。この二つの工場のうち、どの工場を拡張するのがよいかを検討してみるべきです。

 新義州化学繊維連合企業所を拡張しても問題になることはないと思います。この企業所を拡張する場合は、芦とトウモロコシの茎ばかりでなく、慈江道で伐り出した木も水路を利用して運び出して使うようにし、雑潅木も利用するようにしなければなりません。

 クラフト紙工場でも生産を速やかに正常化するために努力すべきです。

 製紙工場では、技術革新運動を力強く展開し、機械設備を近代的に改造すべきです。

 用紙の問題を解決するためには、製紙工場にカセイソーダなどの原料と資材を円滑に供給しなければなりません。

 製紙工業を発展させる問題は、今後、協議会でさらに討議し、方向を示してから中央人民委員会の決定として下達する考えです。

 塩の生産を増やすべきです。

 塩の生産を増やしてこそ、製紙工業をはじめ、人民経済各部門に必要なカセイソーダと食塩の問題が解決されます。現在、塩を量産することができないため毎年、塩が不足して人民経済各部門に支障を与え、人民の生活にまで不便をきたしています。他の国と製塩を合作して約50万トンの塩を解決しようと考えましたが、そうするとしても、運搬をはじめ難題が一つや二つではありません。他の国との製塩合作が困難な状況にあって、塩の問題を解決する方途を研究してみなければなりません。

 海水を電気で濃縮する製塩方法を取り入れるのがよいと思います。この問題は以前、鄭準沢同志が国家計画委員長を務めていたときから提起されました。彼は、外国の技術書をみて、海水を電気で濃縮する製塩方法を取り入れるのがよいのではないかと提言しました。それで、咸鏡北道先鋒郡中間試験工場を建て、火力発電所も建設して電気を供給する措置を講じました。ところがその後、そういう方法で塩を生産しては電力消費量が多すぎるというのでとり止めました。

 海水を電気で濃縮する方式の製塩工場は、東海岸地区に設けるのがよいでしょう。東海は、西海より塩分が濃いのです。東海岸地区に製塩工場を建設するとすれば、寒い先鋒地区にではなく、咸興地区に建設すべきです。咸興地区には、製塩工場の建設に適した所がたくさんあります。今後、咸興地区に製塩工場まで設ければ、この地区は大いに振興するでしょう。

 炭酸ソーダ工場も建設すべきです。すでに見積もられているとおり炭酸ソーダ工場を建設すれば、年に約40万トンの炭酸ソーダが生産されることになりますが、そうなれば大量の塩をただで得ることになります。石灰芒硝を加工して炭酸ソーダを40万トン生産すれば、ガラス工場と食品加工工場、地方産業工場に十分供給することができます。

 中小化学工業の発展にも力を入れるべきです。

 中小化学工業とは、文字どおり規模の小さい化学工場を設けて染料をはじめ、各種の化学製品を生産することをいいます。中小化学工業を発展させれば、地方産業工場に各種の原料と資材を供給し、人民生活に必要な消費物資をたくさん生産することができます。それで私は、かねてから中小化学工業を発展させるよう特別に強調してきたのです。

 解放直後、ある企業家がいくつもの小さな工場を建てていろいろなものを生産しました。彼は祖国解放戦争の時期に死亡しましたが、その名は思い出せません。

 中小化学工業を発展させるには、資金もあまりかかりません。

 中小化学工場は、国家が基本的な原料だけ供給すれば、地方自体の力で運営することができます。中小化学工場の操業にあたっては、技術者のことも問題ありません。現在、咸興化学工業大学や金策工業大学など技術系の大学を卒業し家庭に埋もれている女性が少なくありませんが、そういう人たちを適切に活用すれば、大学卒業生を新たに配置してもらわなくても中小化学工場の操業に必要な技術者を解決することができるはずです。

 中小化学工場の操業に必要な労働力も家庭婦人を採用すれば解決されます。

 中小化学工場では、染料など各種の化学製品を大いに生産すべきです。化学工業部門の責任幹部は、中小化学工業を発展させる対策をしっかり立て、力強くおし進めるべきです。

 塗料生産に必要な油をまかなう方途を研究してみるべきです。

 わが国では、大豆やピーナツのようなものを栽培するだけでは食用油をまかなうのもむずかしいので、塗料生産に必要な油の問題を解決することができません。こうした状況のもとで塗料生産に必要な油を解決するためには、外貨を獲得して外国から買い入れなければなりません。その外貨は、工場、企業所が良質の製品を量産して解決しなければなりません。

 リジン工場を建てるべきです。

 リジンは子どもの成長と発育にたいへんよいものです。平壌市の子どもはリジン入りのパンを食べているので、地方の子どもより背が高いといいます。子どもがリジン入りのパンと蛋白質の多い食料品を食べると背丈が早く伸びます。子どもに蛋白質の多い食料品を食べさせるだけでも、かなり背が伸びます。新浦市の子どもは魚や海藻をたくさん食べているので、他の地方の子どもより背が高いです。子どもに蛋白質とカルシウム含有量の多い魚や海藻を食べさせれば丈夫に育てることができます。ある国ではリジンだけでなく、コンブも子どもに食べさせるそうです。今後、豚や牛の骨なども捨てずに粉末にして各種食料品に混ぜて子どもに食べさせるべきです。子どもに蛋白質やカルシウムが多く含まれている食料品を食べさせれば、背が早く伸び丈夫になります。

 リジンは、豚に与えてもよいものです。リジンを豚に与えると、重量がすぐ増えます。

 穀物加工工場のある道には、リジン工場をもれなく建設すべきです。リジン工場を建設するのは難しいことではありません。リジン工場は発酵工程が基本なのですから、タンクと管だけあれば十分建設することができます。タンクを据え、管をめぐらしてポンプ場を設ければそれですみます。

 化学工業部門の工場、企業所に対する指導に力を入れるべきです。

 いま、化学工業部門の責任幹部は、管下の工場、企業所に対する指導を正しくおこなっていません。勝利化学連合企業所も正しく指導しないので、可能な生産増大がはかれずにいます。勝利化学連合企業所では、石油を上手に精製して実収率を高めるだけでも、多量のオイルを増産することができるとのことです。現在この企業所でやっている石油の精製法ではオイルの実収率を高めることができません。勝利化学連合企業所では、石油精製法を改善してオイルの実収率を高めるべきです。勝利化学連合企業衛で石油を上手に精製して実収率を高めれば、ガソリンとディーゼル油を年に20万〜30万トンは増産できるそうですが、それはたいしたものです。

 石油精製工場の指導を正しくおこなえば、カーボンブラックと可塑剤も解決できます。化学工業部門の責任幹部は、どうすれば石油精製で実収率を高め、各種の石油精製品をより多く生産できるかということについて頭を働かし、身を入れて現場の活動家と技術者、労働者の創造的知恵を積極的に発揮させるべきです。石油精製を上手にする問題も、責任幹部が取り組み、率先垂範して根気よくおし進めてこそ解決できます。

 幹部の大きな欠点は、仕事を根気よくおし進めていけないことです。朝鮮人は、確かに根性があります。我々が3年間の戦争ですべて破壊された廃墟のうえに、こんにちのような自立的民族経済をもった社会主義工業国を建設し、他にひけをとらず立派に暮らしているのは、朝鮮人民が根気よく闘ったからです。朝鮮人は、何事にあたっても根性があり、熱意は高いのですが、それが長続きしません。そのため、わき立った鍋が冷めてしまうように、何事も根気よくおし進めていく気風がありません。我々は生産と建設をおし進めるため、いろいろな大衆運動を展開していますが、それも最初はわき立っても、いくらもたたないうちに冷めてしまいます。

 以前、父は私に革命闘争において参考とすべき話をたくさんしてくれましたが、朝鮮人の最大の欠陥は、仕事のうえで熱しやすく冷めやすいことだとし、これを必ず克服しなければならないと教えました。私が父からそういう教育を受けていなかったら、15年ものあいだ山中で苦難にみちた厳しい抗日武装闘争の試練にうちかつことはできなかったでしょう。幹部は、熱しやすく冷めやすい仕事の仕方を徹底的になくし、すべての活動を根気よくおし進めるべきです。

 化学工業を発展させるための科学研究を積極的に進めるべきです。

 科学研究を積極的に進めれば、わが国にないか少ない原料や資材を解決することができ、国の資源をより効果的に利用することができます。科学研究部門が他の国で発明した新しい技術をわが国の実情に合わせてそのつど取り入れるだけでもたいしたものです。

 いま、科学院咸興分院では、科学研究が以前より活発におこなわれていません。最近、化学工業部門の研究機関では、国の化学工業発展のためにこれといった寄与をしていません。

 化学工業部門の研究機関のメンバーを若い人で構成し、科学研究を活発に進めるようにすべきです。科学研究も情熱にあふれる若い人が取り組んでこそ積極的におし進めることができるのであって、年老いた人にはそれができません。

 科学者、技術者をはじめ、インテリを科学研究に広く引き入れるべきです。現在、化学工業部門だけでも多くのインテリがいますが、彼らにすべて研究課題を与え、積極的に援助して科学研究にうちこむようにすれば、わが国の化学工業をいっそう速やかに発展させることができます。インテリを奮起させることは、化学工業だけでなく人民経済の各部門をより近代的な科学技術的土台のうえに引き上げ、生産と建設を早めるうえで極めて重要な問題として提起されます。しかし現在、120余万のインテリ大集団をもっていながら、彼らを奮起させて科学研究を活発におこなっていません。科学院では、専門科学研究機関の科学者だけでなく、すべてのインテリが科学研究の一翼を担うよう対策を立てるべきです。

 化学・軽工業部門では、外国との被服加工貿易を大いにおこなうべきです。

 今朝、対外経済委員長が提起した被服加工貿易を積極化しようという建議書を見ましたが、いまヨーロッパのある国が、わが国との大がかりな被服加工貿易を望んでいるとのことです。その国との被服加工貿易高は、1990年になれば少なからぬ水準に達します。化学・軽工業委員会が、被服加工貿易をしっかりと掌握しておし進めなければなりません。

 被服加工貿易を大々的におこなうためには、炭鉱・鉱山村と都市に家内作業班をたくさん組織しなければなりません。労働者を動員して炭鉱・鉱山村に家内作業班の建物を建て、暖房をきかせれば被服加工はいくらでもできます。

 被服加工に必要なミシンは、他の国が提供するというのもあるのですから、それを取り入れ、国内でも生産してまかなうようにすべきです。

 幹部のあいだで修正主義、改良主義に断固反対し、我々の方式で生活する革命的気風を確立すべきです。

 きょう修正主義、改良主義に断固反対することを改めて強調するのは、わが党の根幹である幹部が党の路線と政策を信念として持せず、他の国で実施している政策に学ぶことがあるのではないか、と横目を使い、修正主義、改良主義に走るなら、革命と建設にとりかえしのつかない重大な結果を及ぼすようになるということをはっきり認識させるためです。

 最近、一部の社会主義国は、革命と建設における正しい路線と政策をもたず右往左往しています。それらの国では、社会主義建設の過程で一時的な難関があるからといって、マルクス・レーニン主義の革命的原則を固守できず、修正主義、改良主義の道に走っています。いまいくつもの国では、一部の社会主義国が修正主義、改良主義の道に走っていることに対し、私有制の導入は資本主義への道だ、金しか知らない社会主義は社会主義でないといっています。我々は昨年、最高人民会議第8期第1回会議でおこなった施政演説で、朝鮮式社会主義の完全な勝利を達成するための路線を示すことによって、修正主義者、改良主義者に打撃を与えました。

 近ごろ、ある国の幹部が農業の発展問題と関連して述べたことを分析してみると、それは、私がすでにわが国で農業協同化を実施するときに示した方針です。我々は戦後、農業協同化を実施するとき、農村の具体的実態と農民の思想・意識水準を科学的に分析し、それにもとづいて協同組合の規模を合理的に定め、経営形態を低い形態と高い形態にし、農民自身の意思と要求によってどちらか一方の形態を選択するようにしました。わが党は、協同化の実施において農民の意思を無視したり強制する方法ではなく、あくまでも自発性の原則を守るようにしました。わが党の正しい農業協同化政策によって、かつて物質的、技術的に非常に立ち遅れていた協同組合が、いまは、水利化、電化、機械化、化学化が高い水準に達し、規模の大きい近代的な協同農場に発展しました。

 私がいつもいっていることですが、穀物の生産を増やすためには、農場を拡大し、水利化、電化、化学化、総合的機械化を実現しなければなりません。ある資本主義国で農業が発展したのは、大農場をつくって水利化、機械化、化学化を実施したからです。その国の大農場では、農業労働者1人が30ヘクタールの耕地を管理しているといいます。

 わが国でも農業を発展させるためには、農場を拡大しなければなりません。しかし、我々は、その国のように資本主義式の大農場でなく社会主義式の大農場をつくるべきです。言いかえれば、人民の大農場をつくらなければなりません。私がそういう決心をしたのはすでに1960年代の初期でした。社会主義式の大農場を建設する方向ではなく、個人農経営を奨励する方向に進んでは、絶対に農業問題を解決することができません。

 いま一部の国では、経済を発展させるためには国を開放しなければならないといって開放政策を実施していますが、もちろん国を開放するのが悪いとはいえません。我々も他国と経済関係を結ぶうえで門戸を閉ざすのでなく、開放しなければなりません。いま我々は国を開放するという言葉は使っていませんが、資本主義諸国と経済交流と技術交流をさかんに進めています。これも国を開放することを意味します。我々は、資本主義国と経済関係を結ぶうえで外資をむやみに引き入れてはなりません。外資を導入しないと経済発展が少々遅れるでしょうが、そのかわり自力で経済を発展させるので強固な自立的民族経済の土台を築くことができ、いかなる世界的な経済変動にも微動だにせず、経済を安全に発展させることができます。

 経済にせよ科学にせよ、自国の実情に即して漸次的に発展させるべきであって、実情を考慮せず一挙に高い段階へ引き上げようとしてはなりません。人が50階建ての高層ビルに上がる場合、1段、2段と順々に上がるべきであって、いっペんに幾段も跳び上がろうとしてはめまいがして倒れかねません。経済も科学も国の実情に即して順次発展させるべきです。

 我々は一部の国が実施している修正主義、改良主義の政策を気にとめず、あくまでも我々の方式で生活しなければなりません。特に、わが党の根幹として責任ある地位についている幹部は、いささかも動揺してはなりません。我々の方式で生活するならば失敗がありません。

 幹部が、修正主義、改良主義を一掃し、我々の方式で生活するためには、わが党のチュチェ思想で武装しなければなりません。チュチェ思想は、人間があらゆるものの主人であり、すべてを決定するという哲学的原理にもとづいています。チュチェ思想は、革命と建設の主人は人民大衆であり、革命と建設をおし進める力も人民大衆にあるという思想です。私は革命闘争の道に立った当初に、人間があらゆるものの主人であり、すべてを決定するという哲学的原理を示しました。そのとき、同志たちのなかにも、これはマルクス・レーニン主義哲学に合わないといって、首をかしげる人がいました。こんにちチュチェ思想は、その正当性と真理性によって世界の人民のあいだで共感を呼び、多くの国の人々がチュチェ思想を積極的に学んでいます。幹部は、わが党が世界的に公認されたチュチェ思想を指導指針として革命と建設を力強くおし進めていることに誇りと自負をいだき、チュチェ思想以外にはいかなる思想も認めないという確固たる信念をいだくべきです。

 修正主義、改良主義を一掃するためには、事大主義に反対して闘わなければなりません。

 事大主義は、大国にかしずき崇拝する奴隷的屈従思想であり、自国と自民族を見下し蔑視する民族虚無主義思想であります。事大主義に毒されると他国をあがめ、他国に追従するようになり、他国が修正主義に走れば自分も修正主義に走り、他国が教条主義に陥れば自分も教条主義に陥り、他国が改良主義に走れば自分も改良主義に走るようになります。したがって、幹部は、事大主義思想に毒されないように強く警戒しなければなりません。

 修正主義、改良主義をなくすためにはまた、わが党の路線と政策を確固たる信念としなければなりません。わが党の路線と政策を信念とすることができなければ動揺し、修正主義、改良主義に陥ります。

 党の路線と政策に疑問をいだいて動揺し、修正主義、改良主義に走ればキンバエがたかります。以前ある幹部は、いま悪質分子がひきつづき訪ねてくるのをみると、多分自分の頭に悪臭がただよっているようだ、頭がきれいならキンバエのようなともがらがたかるはずはないといいました。キンバエは、もともと不潔で腐敗、変質して悪臭のするものばかり探しまわります。

 ある幹部は、私がかつて農村を現地指導するたびに帯同し、わが党の農業政策についてよく話していたので、私の意図を十分のみこんでいるはずなのに、わが党の農業政策に反することに共感を示したそうです。これは、党の路線と政策に対する信念がないためにあらわれた行動であり、一時的な難関を克服できず、修正主義、改良主義の道に進もうとした思想的動揺の表現です。もちろん、社会主義・共産主義社会を建設する過程には、一時的な難関にぶつかることもあり、紆余曲折をへることもあります。共産主義社会の建設がたやすいことであるなら、すでに共産主義社会は建設されたはずです。しかし、共産主義社会の建設が難しいからといって修正主義、改良主義の道に進んではなりません。

 我々が、社会主義の完全な勝利を達成し、共産主義社会を建設しようと決心した以上、それを最後まで完成しなければなりません。社会主義・共産主義を建設する道は、いつにわが党の示した路線と政策どおりにするほかにはありません。幹部は、決して他の国が実施している修正主義、改良主義の政策に目を向けず、ただひとすじ、わが党の路線と政策を信念とし、それを最後まで貫徹していかなければなりません。

 朝鮮人民は、わが党の路線と政策に疑問をいだいたり動揺したりせず、党と領袖のまわりに政治的、思想的にかたく団結しています。わが党と人民の政治的・思想的統一は、何ぴとも打ち破ることができません。

 すべての幹部は、一心団結してわが国を経済強国に、社会主義の地上楽園により立派に築くため、身を挺して闘わなければなりません。

 このたび、党が化学・軽工業担当副総理と化学・軽工業委員長を新たに任命したのは、この部門で現在おこなっている生産と建設をともに力強くおし進めるためです。化学・軽工業部門は、仕事の範囲が広いので一人では担当しきれません。新たに任命された副総理と委員長は、早く仕事を分担し合い、生産と建設を積極的におし進めるべきです。皆さんは、党と人民から化学・軽工業部門の事業を受け持たされたという高い責任感をもって、人民生活を一段と向上させるために身を粉にしてあらゆる努力を尽くさなければなりません。我々が人民生活を向上させれば、他人にひけをとることは何もありません。皆さんは、まだ若くて働き盛りです。ですから、身を尽くして仕事をすれば不可能なことはありません。皆さんは、これから仕事に励んで、党の高い信頼にこたえなければなりません。
 出典:サイト「わが民族同士」 参照:『金日成著作集』40巻

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