金 日 成

『岩波書店』社長の質問にたいする回答
−1991年9月26日−


 あなたの我が国訪問を熱烈に歓迎します。

 あなたは、朝・日両国人民間の理解がいっそう深まり、両国人民のあいだで朝・日国交正常化を求める声が非常に高まっているときに、我が国を再び訪問しました。私は、旧知のあなたと6年ぶりに再会して談話を交わせるようになったことを非常にうれしく思います。

 これから、あなたの質問にお答えすることにします。


  こんにち、人類は巨大な転換の時代の真っただ中にあることを誰もが実感しております。それは、第2次大戦後の国際秩序の転換にとどまらず、20世紀の終わりと近代社会の転換とが重なり合った激動の時代と存じます。

 尊敬する主席閣下は、第2次大戦後、こんにちまで一貫してトップリーダーとして民族を導き、国際政治の転変をみてこられた、世界に類例のない優れた政治家であります。

 主席閣下はこの激動の時代をどのようにご覧になられ、どのような展望をもっておられましょうか。


  こんにち、世界では多くの変化が起こっています。第2次世界大戦後つづいてきた2つの超大国を中心とした東西間の対立関係が崩れて多角的な国際関係が新たに形成されており、世界の政治情勢は極めて複雑な様相を呈しています。ときには、予想だにしなかった突発的な事態があいついで発生しています。こうしたことは総括的に見れば、人類が自主的な新世界をめざして進む過程で一時的に起きた歴史の渦巻きだといえます。

 現代を正しく評価するためには、歴史の発展過程を全般的な連関のなかで考察すべきであり、現象のみでなく、本質を見極めなければなりません。遺憾ながら一部の人は、東西間の冷戦体制の崩壊と一部の国での社会主義の挫折を、あたかも新しいものと古いものとのたたかいで古いものが勝利し、歴史の流れの方向が変わったかのように解釈していますが、問題をそのように見るのは誤っています。歴史が前進する過程で紆余曲折はあっても、歴史発展の方向は変わるものではありません。

 支配と従属がなく、侵略と戦争のない、自由で平和な世界でともに幸せに暮らすのは、自主的人間の社会的本性に根ざす人類の理想であり、こうした新世界に向かって進むのは歴史発展の基本的方向です。人間の社会的本性が変わらないように、人類の理想も変わるものではなく、歴史発展の方向も決して変わるものではありません。現代が転換の時代、激動の時代というとき、それはほかならぬ自主的な新世界への転換であり、その転換をもたらす激動とみなすべきでしょう。

 人類は自由で平和な世界を志向するだけでなく、そうした新世界を建設できる社会的・物質的条件をみずからつくりだしつつあります。こんにちにいたって、人間の自主性を踏みにじる支配と従属の旧秩序は誰も賛成せず、それは旧時代の遺物としてどこでも排撃されています。現代科学技術の急速な発展と諸人民の創造的労働の結果は、人類がゆうに自由で平和な新世界を建設し、ともに幸せに暮らせる十分な可能性をつくりだしています。にもかかわらず、人類の自主的志向とその実現をめざす努力は、こんにち大きな障害と挑戦に直面しています。

 超大国間の対決による過去の冷戦構造は崩れましたが、帝国主義の旧勢力はそのまえ残っており、帝国主義者は世界制覇の野望を変わることなく追求しています。かれらはまず、軍事的優位にもとづいて支配と従属の旧秩序を維持しながら、世界唯一支配者として君臨しようと露骨に策動しています。暴力は帝国主義の最後の手段です。新時代の流れに逆行する旧勢力としての帝国主義の反動性は、こんにちいっそう明らかにあらわれています。

 歴史は前進するものです。前進途上で障害にでくわすからといって、歴史が逆もどりする法はありません。世界の主人はあくまでも人民大衆であり、歴史の発展を促す主体も人民大衆です。我々は21世紀を前にして、歴史舞台で起きている変化を見て失望したり、ためらったりすることなく、人類の明るい未来が近づいているというかたい信念をもって前進すべきであり、人民大衆の力を信じ、それをよりどころにして歴史の進路を切り開いていくべきです。歴史はつまるところ、自主、平和の道を前進するはずであり、諸人民の自主偉業は必ず勝利するでしょう。


  朝鮮民族統一の課題は、こんにち、具体的な可能性を見る新しい段階にいたっていると考えます。

 それには第一に、貴国朝鮮民主主義人民共和国が一貫して民族統一を至上課題としてすべてのことをこの至上課題を基準として行動してこられたことが大きな支えとなってきたと考えます。

 つとに敬服しておりますゆえんでございます。

 さらに、南朝鮮の一定の民主化と国際政治の変化がこれに加わって、朝鮮統一の実現を確信し、その実現を求める声はいっそう高まっております。

 それにもかかわらず、実際に大きな進展を見ることができないのはなにゆえでしょうか。貴国の一貫した姿勢に強く賛成しながらも、また、それゆえにこそ、南北朝鮮間の交渉を飛躍的に進めるための大胆な譲歩と改善策を求める声もあります。

 改めて、朝鮮統一の原則と具体的構想と、それを妨げている要因とについて、主席閣下のお考えをうかがいたいと存じます。


  我が党と共和国政府は、常に祖国の統一を最も重要でさし迫った民族至上の課題としてかかげ、その実現のために全力をつくしてきました。祖国統一のために我々が一貫して堅持している基本的原則は、自主、平和統一、民族大団結の三大原則です。我々は、この原則にもとづいて祖国統一の問題を解決するため多くの合理的な提案を示しました。

 南朝鮮の民主勢力の成長と国際関係での新たな変化にともない、南朝鮮人民と海外同胞も我が党と共和国政府の一貫した立場と祖国統一方案の正しさをいっそう深く認識するようになり、祖国統一をめざすたたかいにいっそう果敢に立ち上がっています。現在、北と南、海外をとわず人民のあいだでは事実上、分断の障壁は崩れ、民族的な和解と団結が実現しています。こうして、汎民族的な祖国統一の主体がしっかりと準備されつつあります。我が国の統一問題の解決により大きな進展がみられないのは、決して人民に責任があるのではありません。それは、冷戦時代の古い考え方から脱していない分裂主義者の誤った立場と関係しています。人民は祖国統一の実現において失うものは分断の悲劇だけだと考えていますが、分裂主義者は我が国が統一されれば、その支配的地位が失われはしないかと恐れて、祖国統一の前途に人為的な障害と難関をつくりだしています。

 我が国の統一問題は、誰が食うか食われるかという問題ではなく、外部勢力によって断ち切られた民族の血脈をつなぎ、全国的範囲で朝鮮民族の自主権を確立する問題です。そのため、祖国の統一を実現するためには、必ず民族の大団結をなし遂げ、民族内の個々の階級や階層の利益と要求は民族全体の利益と要求に服従させなければなりません。そして、全民族のすべての活動が祖国統一偉業の実現へと向けられなければなりません。こうした原則的立場から、我々は思想と体制、階級と階層、信教の違いを超越して朝鮮民族の大団結をなし遂げ、祖国の統一を一日も早く実現することを主張しています。

 祖国統一を志向する我々の正当な主張どおり朝鮮の北と南が国連に単一議席で加盟できず、別々に加盟しましたが、朝鮮はあくまでも一つであり、必ず一つの朝鮮に統一しようという我々の立場にはいささかの変化もありません。我々は、これからも民族自主の立場と民族大団結の原則を堅持し、一つの民族、一つ国家、二つの体制、二つの政府にもとづく連邦制方式で国の統一を実現するため、ひきつづき忍耐強く努力するでしょう。


  朝鮮民族統一のために、また極東の新たな安全保障の構築のために、朝米関係の打開が極めて重要であると主席閣下はかねて指摘してこられました。

 また、近年、朝米間の模索がつづけられていると報道されております。

 冷戦体制の崩壊を見るいま、米国に対して具体的な交渉をお始めになるお考えはないでしょうか。朝米関係打開のための条件は何でありましょうか。


  我が共和国は、朝米関係を改善するため根気よく努力してきました。それは、アメリカが朝鮮の分断に直接責任のある国であり、我が国の統一問題の解決がアメリカの対朝鮮政策と密接につながっているからです。

 南朝鮮にたいするアメリカの軍事的占領によって朝鮮の分断がはじまり、南朝鮮におけるアメリカの核軍事基地化によって朝鮮半島における戦争の危険が深まり、祖国の統一に重大な障害がつくりだされたことは周知の事実です。

 国際社会の正義の原則から見るとき、現在の朝米関係は不平等な関係となっています。

 我が共和国は、アメリカの利益を侵害したことがなく、また、それはありえないことです。アメリカがいつも一方的な意思を我々に押しつけてきたのであって、我々が自分の意思をアメリカに押しつけたことは一度もありません。

 2つの超大国が対立していたときは、アメリカが反共のために南朝鮮を軍事基地として必要だという口実を設けることができましたが、こんにちにいたってはこれさえ口実にならなくなりました。にもかかわらず、アメリカは依然として南朝鮮に核軍事基地を置いており、我が共和国を軍事的に脅かしています。アメリカはそうしながらも、朝鮮問題が朝鮮の北と南のあいだで解決すべき問題であるかのように主張し、朝鮮問題の解決における自己の責任を逃れようとしています。これは、こんにち誰をも納得させることのできない誤った立場です。

 私が既に述べているように、世界には大国と小国、発達した民族と未発達の民族はあっても、地位の高い国と低い国、支配する民族と支配される民族というのはありえません。我々は、アメリカが対朝鮮政策を改める時期が到来したと思います。いまアメリカ人民がそれを求めており、そうすることはアメリカ人民の利益と朝鮮人民の利益にも合致し、世界人民の共通の念願にも合致します。

 アメリカは時代の流れにそって対朝鮮政策を再検討し、朝鮮の統一に助力する道に進むなら、朝鮮人民と世界の人民から歓迎され、朝米関係の改善においても新たな局面が開かれるでしょう。

 最近、朝米外交官の接触がおこなわれ、かぎられた範囲ではあっても両国が相互の意思を伝えられるようになったのは望ましいことだと思います。我々は、既にはじまった朝米外交官の接触が、平和協定締結の問題をはじめ、朝米両国間に存在している根本問題の解決のための対話に発展するよう期待しています。


  貴国のいわゆる「核査察」問題が、日朝関係および日米関係の打開にも関わりながら国際的な関心を呼んでおります。

 日本政府が日朝正常化会談においてこの問題を重要議題とし、一部言論がこれを支持していることに私は大いに疑義をもつものであります。日本は南北朝鮮の非核化を求め、日本自身の非核化のために努力すべきであり、日朝2国間問題に関わって一方的にこの問題を主張することは明らかに誤りであります。

 しかし、閣下はかねて貴国の非核保有の方針をくり返され、朝鮮半島の非核平和地帯構想を明らかにしておられます。

 このことと関わって核査察問題にどのようなお考えをお持ちか、うかがいたいと存じます。


  朝鮮民主主義人民共和国は、非核国家です。我が共和国政府は、朝鮮半島で核戦争の危険を取り除き、アジアと世界の平和と安全を保障する崇高な念願から、朝鮮半島を非核地帯・平和地帯にする提案を示し、その実現のため積極的に努力しています。

 我々には核兵器を開発する意思もなく、力もありません。それゆえ、我々は核査察に反対しません。我々が反対するのは核査察そのものではなく、一部の人が国際的正義に反して一方的に我々にたいしてのみ核査察を強要する不当な振舞いです。我々は、誰にも核脅威を加えることがないばかりか、核脅威にさらされている国です。南朝鮮に現実的に1000余のアメリカの核兵器が配備されているのは秘密ではありません。したがって、核査察を公正にするためには、我々にたいしてのみでなく、南朝鮮の核基地にたいしてもおこなうのが当然です。

 一部の国が我々に核査察を強要するのは、我が国の自主権にたいする乱暴な侵害となります。もともと核査察問題は、我々が国際原子力機関と自主的に解決する問題であって、なんらかの国際的圧力によって処理される性格の問題ではありません。自主性は自主独立国家の生命です。自主性を生命とする国が、他国の内政干渉じみた圧力を容認できないのは自明の理です。

 核査察問題は、朝・日国交正常化のための会談で討議されるべき問題ではありません。我が国と友好的な関係を結ぼうという日本が、恒常的に核脅威にさらされている被害者の立場にある我が国を同情し支持するのではなく、反対に外部の不当な要求に同調して我々に圧力を加えるのは間違っています。

 我々は核査察に反対していないのですから、我々にたいする不当な圧力が取り除かれ、公正さが保障されれば、核査察問題はおのずと解決されるでしょう。


  日朝正常化は、三党共同声明を得てようやくその扉が開かれました。私たちが多年、切望してきたところであります。それにもかかわらず、日本側の姿勢はみずからの歴史の誤りを清算しようという誠実と主体性を欠くものであり、日本人の一人として憂慮に耐えないところであります。

 しかし、主席閣下は「日朝正常化交渉に支障はありえない」としてその見通しを楽観しておられると語っておられます。この交渉が早期に妥結をみるためにはどのようなことが肝要とお考えでしょうか。実際的なお考えをお示しくだされば幸いでございます。

 最後に、希望と停滞の交錯するなかにあって、こんにち、日本国民への直接のメッセージを尊敬する主席閣下からいただくことができればと希望します。


  朝・日関係の正常化は朝・日両国人民の要求と利益からしても、世界情勢発展の趨勢からしても引き延ばせない重要な問題です。まさにそのため、朝鮮労働党と日本の自由民主党、日本社会党が発起して三党共同宣言を採択することになり、それは両国人民と世界の平和愛好人民のあいだで大いなる歓迎と共感を呼び起こしました。

 朝・日関係正常化問題の本質とこの問題の解決において守るべき原則については三党共同宣言にも明記されており、また、我々が既に重ねて明らかにしているところです。

 自主、平和、親善を対外政策の基本理念としている我が共和国は、歴史的に深い関係をもっている隣国の日本との関係を正常化することを望んでいます。これはあまりにも当然のことです。私は、朝鮮民族を解放するため長いあいだ日本帝国主義と戦いましたが、日本人民に反対したことはありません。朝鮮人民の正義のたたかいを支持する日本の友人は過去にもいたし、いまもたくさんいます。私は、こうした日本の友人の義に満ちた活動を高く評価しています。

 朝・日関係問題の解決の出発点は、日本が過去の誤りを誠実に反省することにあります。個人同士の関係であれ、国家間の関係であれ、互いに仲よくし、関係をいっそう発展させるためには、当然、誤った過去を反省し、そこから教訓を酌み取るべきです。日本が戦敗国として戦後、比較的早く再建され、発展することができたのは、過去の侵略的な軍国主義政策を否定し、再出発したからだとみることができます。だとすれば、こんにち経済大国である日本が新たな発展の道を歩むためには、ほかの国との関係においても誤った過去を踏襲すべきではなく、それを反省し、真の友好関係を発展させる道へ進むべきだと思います。

 朝鮮のことわざに、“一を見て十を知る”というのがあります。アジアと世界の進歩的な人民は、日本が朝・日国交正常化の問題をどのような理念と原則で解決するかを注視し、そこから多くのことを判断するでしょう。日本には先見の明ある政治家が少なくありません。それゆえ、我々は日本が外部勢力の干渉と障害をはねのけ、自主的立場で朝・日国交正常化の問題をスムーズに解決するため、積極的に努力するであろうと、依然として楽観しています。

 朝鮮と日本は、アジアの国であり、アジアの共同の発展と繁栄に同じ利害をもっています。地理的に海をへだてている隣邦であり、大きな潜在力をもっている朝・日両国人民が互いに理解し、力を合わせてともに努力するなら、自由で平和な新しいアジアの建設をめざすアジア人民の共同の偉業に大きく寄与することができるでしょう。

 私は、朝・日両国人民が、アジアの平和と繁栄のために団結し・協力していくことを望みます。あわせて、この機会をかりて日本人民にあたたかいあいさつを送るしだいです。

出典:「金日成著作集」43巻


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