金 日 成

我が国の科学技術を発展させるためのいくつかの課題
 自然科学部門活動家協議会でおこなった演説
 −1972年12月5日−


 私は科学院創立20周年にさいし、我が国のチュチェ科学の発展に大いに貢献している本協議会参加者のみなさんとすべての科学者に、党中央委員会、特に党中央委員会政治委員会の名で熱烈な祝賀のあいさつを送ります。

 きょうこの会場には、科学院創立大会に参加した人が多数参集しました。最近、科学院創立大会に参加した科学者の名簿を調べてみたところ、当時、科学者として名をつらねた人は都合97名でした。なかには、死亡した人や高齢あるいは病気のために働けなくなった人はいても、変節した者は幾人かにすぎず、絶対多数の人がこれまで各自の持ち場で立派に働いています。私は党中央委員会の名で、科学院創立当初からこんにちまで、国の科学の発展とチュチェ工業の創設のためにたゆみなく努力してきた科学者たちに、あつい感謝を送るものであります。

 この20年間、我が国のすべての科学者は党に従って、党と労働者階級のために、祖国と人民のために献身しようというかたい決意をいだき、あらゆる苦難にうちかって勇敢にたたかってきました。科学者たちは、仕事の条件が極めて悪かった時期にも、いつどこにあっても党と祖国のために屈することなく、たゆまず仕事をつづけてきました。20年にわたる闘争をつうじて、我が国の科学者の陣容は数10万に拡大し、強力な科学研究の基盤がきずかれ、科学研究で大きな成果がおさめられました。

 人間にとって一生を革命のために、祖国と人民と労働者階級のためにささげることほど光栄なことはありません。いくばくかの金銭のために節をまげたり、地位欲に目がくらみ、あるいは一時のあさましい衝動にかられて堕落の道を歩むのは恥ずべきことであり、一生を党と労働者階級、祖国と人民のためにささげるのは光栄なことであります。この20年間、我が国の科学者がひたすら党と労働者階級のために、祖国と人民のために献身的にたたかってきたのは、科学者自身にとってこのうえない光栄であるばかりでなく、我が党の大いなる誇りでもあります。ここに集まったみなさんとすべての科学者は、我が党の大きな宝であり貴い財産であります。これまでの20年間、我が国の科学者がつみあげた業績は、朝鮮人民の歴史とともに永久に光を放つでありましょう。

 党中央委員会は、党に忠実な多くの科学者を擁していることを誇りに思っています。私は、すべての科学者がこれまでと同様、今後ともひきつづき祖国と人民のために献身的にたたかうよう望みます。

 科学院創立20周年にさいして私が最も満足に思うのは、そのあいだ多くの新しい科学者が育成されたことです。これは、我々の大きな誇りであり、かけがえのない貴重な成果であります。

 我が国を訪れる外国人から、立ち後れた、なんの土台もなかった状態からどのようにしてこんにちのような立派な国を建設することができたのかという質問をうけるたびに、私は、新しい国家を建設するためには、なによりもまず民族幹部を養成しなければならないと答えます。

 新しい祖国を建設し、新しい生活を創造するうえで先決的な問題は、民族幹部を養成することであります。民族幹部がなければ、なにもできません。民族幹部がなければ、自立経済の建設も、民族文化の発展も、国の富強発展や民族の繁栄も期待できません。

 だからこそ我が党は、解放直後からこんにちにいたるまで、教育事業をすべての事業に優先させる方針を堅持し、困苦欠乏にたえて民族幹部の養成に大きな力をそそいできました。我が党は、停戦後まもなく初等義務教育と中等義務教育、つづいて9年制技術義務教育を実施し、今年からは全般的10年制高等中学義務教育を実施しています。一部の人は、国家の財政にゆとりがあるので全般的10年制高等中学義務教育をおこなっているものと考えるかも知れませんが、けっしてそうではありません。民族幹部の養成がなによりも重要なので、困苦欠乏にたえて教育事業に大きな力を入れているのです。

 

 思えば、民族幹部を養成するたたかいは極めて困難で苦しいものでした。

 我々が総合大学を創立しようとしたとき、多くの人が、専門学校一つない状態でどうして総合大学を建てられるかと反対しました。しかし、総合大学の創立は、愛国事業であるから進歩的な人々が支持するに違いないという確信のもとに、我々は、あらゆる障害と難関をのりこえて北半部の学者を残らず動員し、南朝鮮からも学者を招いて総合大学を設立し、民族幹部の養成にとりかかりました。

 我々はきょう、共和国が創建されてわずか4年後の、しかも戦争の困難な時期であった1952年に科学院を創立したことがいかに賢明な措置であったかを、改めて感慨深く回顧するのであります。

 当時、科学院を創立するため科学者の名簿をつくってみたところ、社会科学者と自然科学者を全部合わせても100名になりませんでした。しかし、はじめ半分というように、我々は科学院の創立を決心し、数少ない科学者をもって大胆に科学院を創立しました。困難な環境のなかで科学院を創立し、科学者の養成に刻苦奮闘したかいがあって、20年前には科学者が100名にもみたなかった我が国で、いまは、民族幹部陣容が50万名にも増大しています。

 これらの事実は、我が党が祖国と人民のために、民族の将来の繁栄のためにどれほど正確な見通しをたてて活動してきたかを立証するものであり、我が党の政策がいかに偉大で賢明であったかを明白に示すものです。

 我が国のインテリは、数的に急増したばかりでなく実に健全であります。

 我が国のインテリは、戦後人民生活が苦しく、雑穀にみそで生活していたときにも、誰も不平をこぼさなかったし、こんにちもぜいたくな生活を望んでいる人はいません。革命的に生き質素に暮らすのは、我が国のインテリの気高い品性となっています。私はこれを特に満足に思っています。

 もちろん科学者のなかには、革命の落伍者となって我々の戦列から離れていった者もいます。私には、いまも忘れられない一つの思い出があります。以前、総合大学のある教授が学生たちに向かって、巻尺一つつくれない国をどうして独立国だといえるのかと、朝鮮民族を冒涜したことがありました。かれが祖国を愛し民族を愛する人であったなら、まだ我が国は巻尺一つ満足につくれない、だから学生たちは1日に10日分、100日分やる意気ごみで熱心に学んで科学を発展させ、我が国を早く富強な国につくらなければならない、というべきでした。しかしかれは、そうはいわずに、我が国は巻尺一つつくれないから独立国になる資格がなく、朝鮮民族は他の国に従属して奴隷生活でもしなければならないというふうに話したのです。かれが学生たちに朝鮮民族を冒涜する発言をしたという報告をうけたとき、私はひどく憤慨しましたが、かれを少しも責めませんでした。その後もひきつづきかれに研究所の所長や百科事典編纂局長などをさせました。しかしかれは、仕事に熱意がなく、ついに戦列から離れていきました。かれが革命の戦列から離れたのは、全的に自分を革命化、労働者階級化するために努力しなかったからであります。

 私はそのとき、大きな衝撃と刺激をうけましたが、いささかも気をおとしませんでした。私は、そういう衝撃をうけるとかえって奮起する人間です。当時我々は、それでも科学者のなかには愛国心と民族的良心をもった人のほうが多いはずで、民族的良心に欠けている者が多いはずはないと考え、我が国の科学者を集めて科学院を創立し、我が国の科学を発展させる運動を進めようとかたく決心しました。奮起してたたかった結果、こんにち我々は、民族幹部の大集団を擁し、強力な科学陣をもつにいたったのです。

 悪戦苦闘して多くの民族幹部を養成したので、我々は自力でこんにちのような自立的で強力な工業を建設することができたのです。黄海(ホワンヘ)製鉄所や降仙(カンソン)製鋼所も自力で復旧し、興南(フンナム)肥料工場や水豊(スプン)発電所も自力で復旧しました。勝利(スンリ)自動車総合工場も自動車部品工場を土台にして自力で建設しました。科学者や技術者が刻苦奮闘し、新しい祖国の建設でつみあげた功績は極めて大きいものがあります。

 もし我々が民族幹部を養成しなかったなら、国防工業を発展させることも、我が党の自衛路線を貫くこともできなかったでしょう。

 すべては、人間が決定し幹部が決定します。こんにち、我々が民族幹部の大集団を擁しているのは、朝鮮民族の大きな財産であり誇りであります。我々にとって民族幹部ほど貴い宝はありません。

 我々がこんにち民族幹部の大集団を擁するにいたったのは、我が党が古くからのインテリを包容して団結させ、祖国と人民のために献身的にたたかうようにする一方、かれらに依拠して新しいインテリを大々的に養成するという正しい民族幹部養成方針を実行した結果であり、党の方針を支持して科学者たちが立派に活動した結果であります。

 これまでに民族幹部の養成で大きな成果をおさめましたが、この成果にいささかもおごってはなりません。我が国の国際的地位の高まりにくらべて、科学技術の発展や技術者の養成はまだまだ後れているといえます。

 ご承知のように、今年に入ってから我が国と外交関係を結んだ国は8か国にもなります。我が国の国際的威信は日を追って高まっています。

 現在、多くの新興独立国が民族経済を建設し、科学技術を発展させるために我が国の援助を要請しています。

 帝国主義の従属からぬけだして新たに独立した国々が、政治において自主性を堅持するためには必ず自立経済を建設しなければならず、自立経済を建設するためには民族幹部がなければなりません。ところがこれらの国は、自国の民族幹部をもっていません。それでいま、多くの国が我が国に技術者の派遣を要請しているのです。解放直後、民族幹部がなくて困難な思いをしたことを考えても、新興独立諸国に技術者を派遣しなければなりません。

 我が国がもう自立できるようになったと満足していたのでは、我が国にたいする世界人民の期待と要請にこたえることができません。我々は1日に3年分の仕事をする意気ごみで働き、我が国をさらに富強にし、援助を望んでいる国を助けなければなりません。

 我が党第5回大会は、6か年計画期間に100万のインテリ大集団を養成する戦闘的課題を提起しました。この課題は必ず遂行しなければならず、党はこの課題の遂行において科学者に大きな期待をかけています。

 最近、日本の科学者たちにも話し、日本の政治理論雑誌『世界』編集長との談話のさいにも述べましたが、我々は、将来、我が国のすべての勤労者をインテリ化することを構想しています。労働者階級化というと革命的に聞こえますが、インテリ化といえば小ブルジョアジー化といった印象を与えるので、我々はインテリ化という言葉はあまり使いません。しかし、この言葉を使ってもさしつかえありません。インテリは、一つの社会階層であって将来はなくなるでしょう。すべての人が大学卒業の水準に達し、みなが技術者や専門家になるときには、インテリ層というものが別に存在するわけがありません。インテリは労働者階級化し、労働者階級はすべて知識を身につけて全社会を労働者階級化、革命化するばかりでなく、インテリ化してこそ、共産主義社会を建設することができます。6か年計画期間に100万のインテリ大集団を養成し、その次には200万のインテリ大集団を養成するといったふうにして、将来すべての勤労者を残らずインテリにしようというのが我が党の構想であります。

 すべての勤労者が先進科学技術で武装すれば、事大主義思想を完全になくすことができます。我々が6か年計画期間に100万のインテリ大集団を養成しようというのも、単に科学技術の発展にだけ目的があるのではなく、朝鮮民族を健全に早く発展させ、久しい前から伝わってきた事大主義を最終的に根だやしにするところにその重要な目的があるのです。

 こんにち、科学者と技術者には、我が国の科学技術をいちだんと高い段階へ発展させるべき重大な任務が課されています。

 我々は、社会科学と思想活動の分野では他の国に先んじているといえます。現在、世界の多くの国の人民、特に第三世界諸国の人民が、我々のチュチェ思想を研究しており、我が党の教育政策とインテリ政策を称賛しています。世界の多くの国の人々が、我が国を訪れて、朝鮮人は質素で勤勉でたかぶらない、すべての人がひとしくよい暮らしをしようと努力している、なによりも朝鮮民族の将来が明るい、児童教育、青年教育をつうじて朝鮮はこのうえなく輝かしい未来をもっていることを知った、などといって、我が国の社会が健全に発展していることに感嘆しています。

 我が国は、社会科学と思想活動の分野では他国に先んじているといえても、科学技術の分野ではまだ立ち後れています。これまでに科学の発展で大きな成果をおさめはしたが、いまやっと独り立ちできる土台をきずいたにすぎません。我々はこれまでの成果をふまえて、我が国の科学をいちだんと高い段階へ引き上げるため積極的に努力しなければなりません。

 近代技術文明の道をさきに踏みだした西ヨーロッパの資本主義諸国が、一時、世界を支配したが、そのような時代は永遠にすぎさり、西ヨーロッパの資本主義諸国がのびなやみ、停滞する時代がやってきました。いまは、かつて抑圧されさげすまれたアジア、アフリカ、ラテンアメリカの人民が立ち上がって発展する時代であります。

 我々、共産主義者には、我が国ですべての人が豊かな文化生活を営む社会主義・共産主義社会を建設するばかりでなく、地球上から帝国主義を完全に一掃し、全世界の人民がひとしく幸福に暮らせる共産主義社会を建設すべき歴史的使命が負わされています。この栄えある任務を果たすためには、科学技術をいっそう発展させなければなりません。

 科学をさらに高い段階へ引き上げ、朝鮮人民の生活をいっそう豊かにすれば、事大主義も一掃することができます。他の国より立ち後れれば、事大主義が生ずるものです。我々がここ数年のあいだ、事大主義に反対する思想闘争を強力にくりひろげた結果、事大主義思想がかなり取り除かれました。しかし、事大主義思想が完全になくなったかといえば、そうでもありません。事大主義思想を最終的になくすためには、我が国の自立経済をさらに高い段階へ発展させなければなりません。

 また、科学をいっそう発展させてこそ、我が国を富強にしうるばかりでなく、新興独立国の人民が援助を求めるとき、それにこたえることができます。

 我が国の科学技術を短期間に世界的水準に引き上げるうえで提起される重要な問題は、先進科学技術を積極的に取り入れることであります。

 科学者が新しい発明をすることも必要です。しかし、我が国が、科学的、技術的に立ち後れた状態から早くぬけだすためには、先進科学技術を我が国の実情に即して積極的に導入しなければなりません。

 先進科学技術の成果を取り入れるのも、けっして簡単な問題ではありません。先進科学技術の成果を我が国の実情に即して取り入れるのは、なかば創造するのとかわりありません。

 次に重要なのは、我が国科学者の科学研究の成果をすみやかに生産に取り入れることであります。

 科学研究の成果を生産に取り入れれば、科学者が研究をおこなったかいがあり、また、その過程で研究成果を強固なものにすることができます。研究成果を生産に取り入れる過程であるいは失敗もあるでしょうが、それを恐れる必要はありません。一さじで満腹になるわけがないように、なにもかも一度に成功するものではありません。失敗を重ねるうちに、経験をつみ研究を完成させてゆくことができます。また、その過程で多くの科学者が育成され、どんなことでもできるという科学者の自信も深まるものです。

 自然科学部門の研究成果を、すみやかに生産に取り入れる積極的な措置を講ずる必要があります。数日前、科学展示館に行ってみましたが、そのあいだ科学者たちは科学研究活動で多くの成果をおさめました。今後、研究成果を生産に取り入れる国家的な措置を講じなければなりません。条件が許さず、いますぐ大工場を建設することができなければ、小規模の中間試験工場でも多く建て、それに必要な設備や資材、資金を優先的にふりむけるようにすべきです。

 同時に、現在、我が国で、科学的、技術的に立ち後れている部門を検討してその部門をすみやかにもりたて、すべての部門に標準となる工場を建てるべきであります。

 我が国には、まだ不備を点が多く、弱い部分が少なくありません。このようにいろいろと不備な点があるのは、幹部が仕事の手配をしていないことと少なからず関連があります。仕事の手配さえ十分にすれば、すぐにも多くの問題が解決されます。

 一つ例をあげてみましょう。

 私は昨年、香山(ヒャンサン)郡の雲山(ウンサン)工具工場香山分工場に口腔総合治療台と耳鼻咽喉総会治療台をつくる課題とを与え、この春、煕川(ヒチョン)へ向かう途中立ち寄ってみたところ、何台かつくってありました。医師にもっていって使用してみるようにと言ったところ、外国製に劣らずたいへんよくできているとのことでした。それで、私はその医療機械を「妙香山(ミョヒャンサン)」と名づけ、赤十字病院に送らせました。赤十字病院の医師たちも、我が国の医療設備が外国製よりもすぐれているといっています。

 これまで、多くの科学者や技術者を養成したにもかかわらず、かれらの能力を十分に発揮させていないのが大きな欠点であります。軽工業部門の幹部が丸編機の針がないというので、我が国では自動車やトラクター、大型の工作機械、その他にもいろいろなものをなんでもつくっているのに、丸編機の針くらいなにがむずかしくてつくれないのか、仕事の手配をしないからであって、しさえすれば、そんな問題はいくらでも解決できると忠告を与えました。軽工業の設備が精密なものであることはたしかですが、科学者や技術者を動かせばいくらでもつくれます。

 我が国には、強力な科学陣があります。このすぐれた竜馬を巧みに乗りこなせば、我が国の工業を急速にもりたて、勤労者により文化的な生活をさせることができます。

 ここで、科学技術を発展させるための具体的な課題をいくつかお話しましょう。

 まず、合成ゴム生産の工業化を急がなければなりません。

 我が国で合成ゴム工場の建設を計画したのはかなり前のことですが、工場の設計が完成していないため、まだ推進できずにいます。したがって、合成ゴム生産の工業化を実現するためには、設計を早く完成しなければなりません。

 合成ゴム工場の設計や設備を外国から買い入れようとすべきではなく、自力でつくり、最大限に国内資材を使って工場を建てなければなりません。そうすれば、工場の建設を早めることができます。

 人民経済におけるゴムの需要は膨大なものです。我が国で急増する自動車とトラクター生産に必要なゴムだけでも相当な量になります。それだけでなく、はきものをつくるにも、またベルトコンベヤーやパッキングをつくるにもゴムが必要であり、その他の部門でも大量のゴムが必要です。このように、ゴムの需要は日増しに増大している反面、世界的に天然ゴムの生産は極めて制限されています。したがって、増大する人民経済のゴム需要を天然ゴムの輸入でまかなうことはできません。合成ゴムの生産をのばして、人民経済のゴム需要をみたさなければなりません。

 公害防止の問題について、いま一度強調しておきたいと思います。これまでと同様、今後とも工業建設で公害の防止に第一義的な関心を払わなければなりません。

 我が国を訪れる日本人は誰もが、我が国で公害防止対策を綿密にたてていることに感嘆し、公害の防止に無関心な日本政府を非難しています。かれらは、我が国の工業が分散していることや、山にキジなどの野生動物が多いのを見てたいへんうらやましがっています。もちろん、我が国で工業を分散配置したのは公害防止だけが目的ではなく、都市と農村の差をなくし、労働者と農民の結びつきを強めるところにも重要な目的があります。我が国で農村の電化を早く完成できた重要な条件の一つも、まさに先を見通して工業を分散配置したことにあります。

 日本では、公害が重大な段階にたちいたっているとのことです。現在、日本の都市近くの海岸では水が汚れて海水浴もできず、近海で捕る魚は油臭くて食べられないとのことです。また、日本の大都市では、車の排気ガスの被害が甚だしいとのことです。身体検査の結果によれば、大都市の高層ビルで生活する人の85%が車の排気ガスで肺や肝臓をおかされているといいます。

 現在、南朝鮮の各都市も南半部の為政者が公害防止対策をたてないので、ひどく汚染しているそうです。最近、外国のある新聞記事を見たところ、ソウルは世界で最も汚染度の高い不潔な都市だと書いてありました。私は、この記事を読んで民族的な侮辱を覚えました。

 我が党が公害防止問題についてあれほど強調しているのに、一部の工場や企業所では有毒性物質を川に流しこんでいます。これは党の唯一思想体系が確立していないあらわれであり、祖国と人民を愛さず、次代にたいして愛情のない間違った思想のあらわれであります。鉱石を掘りだし、工業を建設するのは、あくまでも人民生活の向上と子孫の繁栄を願ってのことなのに、人民と子孫に害を及ぼすそういった行為をつづけるのは犯罪であります。少しでも愛国主義思想をもっていれば、絶対にそんな行動はできないはずです。我々の世代だけがよい暮らしをして子孫に危害を及ぼすなら、我々が革命と建設のために血を流してたたかうかいがありません。

 以前、重工業部門の幹部が妙香山で金を掘るというので、私はそれは絶対に許せないといいました。何トンかの金と引き替えに妙香山の美しい風致をそこねるわけにはいきません。ひところ、平安北道朔州(サクチュ)郡の新淵(シンヨン)鉱山で鉱石を掘っていた当時、水豊のほうに流れる川の魚が絶滅したとのことでした。ところが鉱山を廃鉱にしてからは、川にウナギ、ナマズなどの魚が棲息するようになり、ちかごろは日曜日など釣りをする人でにぎわっているそうです。これは、なんと好ましいことではありませんか。

  資本家のように、人民の生活や将来のことなど眼中になく、ところかまわず工場を建てたり、汚染物質を捨てることのないようにしなければなりません。紡織工業省が江界(カンゲ)に染色工場を建てる計画をたてていますが、汚染問題のためにまだ承認を与えていません。いま、有毒性物質を川に流している鉱山や紡織工場、化学工場などは、早急に有毒性物質を沈殿させる対策をたてる一方、今後、新規に工場を建てる場合には必ず公害防止対策からさきに講じなければなりません。

 さしあたり南興(ナムフン)地区の化学工業基地建設では、清川(チョンチョン)江が汚染しないように前もって大いに注意を払わなければなりません。やがて南興地区には、製紙工場やナフサ熱分解工場、アクリル繊維工場、ポリエチレン工場、尿素肥料工場、アンモニア工場を建設することになっていますが、ややもすると、そこから出てくる汚染物質が清川江に流れこんで川を汚染させるおそれがあります。そうなれば、西海の貝、カニ、エビが全滅し、西海岸で産するおいしいエビや貝の塩辛が姿を消しかねません。

 石油化学工業も適当に発展させるべきです。石油化学工業を過度に発展させて大量の原油を油槽船で運んでくるようになれば、海に原油が流れこんで魚類資源がなくなるおそれがあります。最近多くの国で、領海の近くを他国の油槽船が航行するのを禁止し、領海を200マイルに広げる闘争をおこなっています。これはすべて、自国の領海の魚類資源を保護しよう、とすることに主な目的があります。今後、原油による海の汚染を防ぎ、勝利化学工場で使う原油は船で運ばずにパイプで運ぶようにしなければなりません。

 次に、硫リン安複合肥料とほう砂の生産問題について述べたいと思います。

 硫リン安複合肥料の生産にかんする科学者の報告をたいへん興味深く聞きました。農業に切実に必要な複合肥料を生産するのも重要ですが、この肥料の生産では硫酸がたくさん節約できるうえ、ほう砂まで得られるとのことですから、たいへん興味あることです。科学者の提案どおり、年産20万トン能力の硫リン安複合肥料工場を建てれば、硫安と燐酸肥料を別々に生産するときより肥料の効能を高めながらも9万トンの硫酸が節約され、1万トンのほう砂が得られるばかりか、15万トンのセメントまで生産できるというのですから、全くすばらしいことです。

 興南地区に新設する予定の5万トン能力のアンモニア生産設備につづく工程として、尿素の生産設備を設けるべきか、それとも硝安の生産設備を設けるべきかがまだ未定でしたが、尿素や硝安の生産工程のかわりに、硫リン安複合肥料生産工程を設けるのがよいと思います。

 科学者たちがたいへんよい意見を出しました。私は、硫リン安複合肥料の生産とほう砂の生産にかんする科学者の意見を高く評価します。

 工業的方法で塩を生産しようというのもよい意見です。

 現行の塩田法による塩の生産は、気候条件に大きく左右されるばかりでなく、広い土地を必要とします。それに多くの人手が要り、仕事も非常に骨がおれます。塩田作業を機械化しようと、空中ケーブルを設けるなどしていろいろと努力してみましたが、うまくいきませんでした。それで,塩田労働者はいま、炎天のもとで骨のおれる労働をしています。また塩田法にたよったのでは、人民経済の増大する塩の需要をみたすことができません。

 塩の生産を決定的に工業的方法に切りかえるべきであります。以前から製塩の工業化を考えていましたが、すでに科学者たちがその研究を完成したのですから、それを早く生産に取り入れなければなりません。

 まず、テストケースとして雄基(ウンギ)に製塩工場を一つ建てることです。また将来、咸興に火力発電所を建設して都市のセントラル・ヒーティングもおこない、廃熱を利用して塩も生産すべきであります。咸興に大きな製塩工場を建設すれば、そこから生産される塩を本宮(ポングン)化学工場の苛性ソーダ工場にも供給し、魚類の加工にも使えますから、いろいろと多くの利点があります。東海沿岸に製塩工場を建設して、将来は東海沿岸で塩を自給自足すべきです。

 将来、黄海南道に豊富に埋蔵されている鉄鉱石と非鉄金属を大々的に開発して製錬所を建設し、軽工業基地も拡大しなければならないので、この地域の電力の需要が急激に増大するようになります。私の考えでは、このように増大する電力需要をまかなうために、黄海南道に大きな発電所を一つ建設するのがよいと思います。そうすれば、動力線をそこまで引かなくてもすむので鋼線が多く節約でき、また、その発電所の廃熱を利用する製塩工場を建てれば塩の生産もできます。国家建設機関はこうした見通しのもとに、黄海南道の国土開発計画をたてなければなりません。

 次に、我が国での製鉄工業の発展問題について述べましょう。

 周知のように、我が国ではまだコークス用炭が発見されず、コークスを外国から買ってくるので、高炉による銑鉄の生産は制約をうけざるをえません。したがって、各製鉄所でコークスの節約運動をおこなうのは極めて重要なことであります。我が国の銑鉄トン当たりのコークス消費基準はまだ高くついています。先進技術工程を積極的に取り入れて、コークスの消費基準を極力引き下げなければなりません。

 コークスがなくて高炉による銑鉄生産に制約をうけるからといって、足踏みしているわけにはいきません。鉄鉱石の埋蔵量の豊富な我が国では、鉄鋼業を発展させて鉄鋼の生産をひきつづき増大させるべきです。

 トラクターやトラックも多く生産し、船舶、鉱山設備、掘削機、ブルドーザーなど各種の機械もたくさんつくり、建設も大々的におこなわなければなりません。そのためには、製鉄工業をひきつづき急速に発展させることが必要です。将来は、毎年1000万トンの鉄鋼を生産し、南北が統一すればそれ以上生産しなければなりません。1000万トンの鉄鋼を生産する場合にも、その50%以上は国内の燃料で生産すべきであります。

 コークスのない我が国で製鉄工業を発展させるためには、大胆に新しい方途を見つけださなければなりません。現在、科学者たちが、いろいろの面から、国内の燃料で製鉄工業を発展させるための研究を進めています。きょうの報告では触れませんでしたが、粗鋼生産の研究がつづけられており、褐炭による粒鉄生産の実験も進められています。また、電気製鉄やその他いろいろな製鉄法の研究もおこなわれています。

 電気製鉄は興味のある問題であり、また我が国で是非とも開拓し発展させるべき分野であります。

 我が国で産出する各種の鉄鉱石をことごとく利用すべきであり、ことに低品位の粉鉱を利用する対策を講じるべきです。我が国で大量に産出する低品位の粉鉱を利用せず無駄にすてるならば、人民と子孫に大きな罪を犯すことになります。高品位の磁鉄鉱だけ使おうとしてはなりません。科学者は、我が国で産出する各種の鉄鉱石をすべて有効に利用し、特に低品位の粉鉱を処理する研究に力をそそがなければなりません。

 粉鉱を利用する方法のうちで、いまのところ最も確実性のあるのは粒鉄生産法であります。我々が粒鉄について強調する理由もここにあります。鉄鋼研究所は、力を方々に分散しないで粗鋼生産と粒鉄生産にかんする研究に力を集中し、なんとしてでも、その生産性をさらに高めなければなりません。

 我が国に埋蔵量の豊かな菱鉄鉱の処理法も研究する必要があります。まだ、菱鉄鉱の利用対策が明確にたっていません。菱鉄鉱を処理する合理的な方法をより積極的に探究すべきです。

 今度は、時間の都合で純金属にかんする研究報告は聴取できませんでした。このさき党中央委員会政治委員会で別個に純金属生産の研究について報告をうけるべきです。純金属の生産は極めて重要な問題です。中間工場のようなものを多く建てて、小規模の生産であっても電子工業と国防工業の純金属需要を国内でまかなわなければなりません。

 次に、微量要素の生産問題について述べましょう。

 人民生活で最も重要なのは食の問題と衣料問題ですが、我が国で衣料問題解決の見通しは非常に明るいといえます。きのうの報告によれば、ビナロン工場を5万トン能力に拡張する工事が成功裏に進捗しているとのことです。我が国でつくったビナロン工場拡張用の設備は性能が非常によく、ビナロンの品質も全般的にすぐれ、白色度も外国に劣らないそうです。ビナロン工場の拡張工事が終われば、年間5万トンのビナロンが生産され、これに現在施工中の巻縮ビナロン生産工程と牽切式ビナロン生産工程が完成すれば、衣料問題は完全に解決されるようになります。やがて、石油化学工業基地が建設され、そこから別の化学繊維が生産されるようになれば、衣料問題でひとをうらやましがることはなくなるでしょう。一口にいって、我が国の衣料問題解決の見通しは非常に明るいのです。

 衣料問題とともに重要なのは、食の問題をより円滑に解決することです。

 現在、我が国には食糧が十分にあり、野菜や魚類も多く生産されますが、畜産物が不足しています。したがって、人民の食生活の改善で重要な問題は、畜産物の生産を増大させることであります。これまで我が党が畜産業の発展に大きな力をそそいだ結果、我が国には畜産業の土台がきずかれました。養鶏工場やアヒル飼養工場が建設され、よい種畜も十分にそろい、近代的な養豚工場も少なからず建設されました。ところで、畜産業をさらに大々的に発展させるには大量の飼料が必要であり、飼料を解決するためには穀物を増産しなければなりません。問題は、どうすれば穀物を増産できるかという点にあります。穀物さえあれば鶏肉も豚肉も生産できます。

  穀物の生産を増やすためには、農村に多くのトラクターを送るとともに、三要素肥料や微量要素肥料を多く供給しなければなりません。我が国の農地は、開墾されて久しいので酸性化し、微量要素の足りない田畑が多いのです。このやせた農地を肥やすためには、微量要素をおぎなわなければなりません。現在のように窒素肥料だけをつづけて施せば、作物は丈がのびるだけで穂は小さく、粒もたくさんつきません。

 昔、我々の祖先が客土をさかんにおこなったのも、いまになって考えると微量要素をおぎなうことにその目的があったようです。しかし、こんにちでは、そのような方法で微量要素をおぎなうわけにはいきません。そうした手工業的な方法ではなく、工業的方法で微量要素を生産し供給しなければなりません。

 我が国でまだトウモロコシの収穫高が低いのは、日照率が低いとか、その他の原因のためではなく、微量要素肥料を施せないところにその原因があります。微量要素肥料の生産問題を決定的に解決しなければなりません。農業科学者や農業大学の学生を動員して、全国の筆地別土壌調査カードまで作成し終えたのですから、微量要素肥料さえ生産すれば、穀物の収穫をいちだんと高めることができます。

 微量要素肥料の生産については、私がすでに1967年に海州(ヘジュ)で農業科学者に課題を与え、1968年には内閣決定を通達しましたが、いまだに実行されていません。これについて、科学者と当該部門の幹部は、当然責任を感じなければなりません。微量要素肥料の生産が特別にむずかしくて、いまだに解決できなかったわけではけっしてありません。問題は、科学者や幹部が、人民生活に無関心であり、人民に食肉を供給できないことに胸を痛めていないところにあります。

 今年は突撃をおこなって、冬のあいだに微量要素肥料生産の対策をたてなくてはなりません。そして、次の施肥年度前に微量要素肥料を供給して、早く穀物の収穫を高めるようにすべきであります。

 燐酸肥料とカリ肥料も農村により多く供給すべきです。特に燐酸肥料を多く供給すべきです。平安南道大同(テドン)郡中石花(チュンソクホア)里での試験によれば、燐酸肥料を施した畑では、そうでない畑にくらべてヘクタール当たり500〜800キログラムの増収だったそうです。この前、党中央委員会政治委員会で討議したとおり燐酸肥料を100万トン生産すべきです。

 カリ肥料も年に約50万トンは必要です。我が国で取れる長石やその他のカリ源を利用して、カリ肥料を生産するため積極的に努力し、カリ肥料の需要を自力でみたすべきです。

 次に、最大の力をそそぐべき分野は、機械工学と電子工学であります。

 私がいつも言っていることですが、鉄鉱石が無尽蔵に埋蔵されている我が国では、製鋼業を発展させて機械工業を発展させなければなりません。精密機械工業を発展させるならば、いま生産されている鋼材を利用するだけでも各種の機械を多くつくって売り、莫大な外貨を得ることができます。立派な機械をつくれば、アジアやアフリカの国々がすべて我が国の機械を買うようになるでしょう。

 ところが、我が国の機械工学が後れているので、機械生産における欠点が少なくありません。

 我が国の機械工学はまだ水準が低く、設計を立派にできないのが大きな欠点です。

 工業のすべての問題は、結局、機械工学によって決定されるといえます。化学部門で科学研究の成果をあげても、機械工学がそれを受け入れなければ生産に取り入れることができず、また冶金部門で研究成果をおさめても、機械工学がそれを受け入れなければ生産に取り入れることができません。人民生活を向上させるうえでも、機械工学の解決すべき問題がたくさんあります。科学研究の成果を早く生産に取り入れる問題も、人民生活を向上させる問題も、結局は機械工学にかかっているといえます。したがって、機械工学を発展させ、設計陣を強化することに大きな力をそそがなければなりません。

 現在、機械設計陣が弱いのは、けっして機械技術者が少ないとか、機械技術者の能力が足りないためではありません。今度、岐陽(キヤン)トラクター工場の拡張工事にあたって各機械工場の設計士を集めてみたところ、有能な設計士が大勢いました。結局設計がうまくいかないのは、設計士が分散しているところに原因があります。

 現在、化学設備は化学工業省で、金属設備は金属工業省で、軽工業機械は軽工業省でそれぞれ設計しています。このように、設計士が方々に分散しているため陣容が弱まり設計がうまくいかないのです。第1機械工業省管下の各工場にいる設計士を集めるだけでも、大きな力が発揮できるし、他の省に分散している設計士まで一か所に集めれば、すばらしい設計陣ができあがるでしょう。

 多くの機械技師を養成しておきながらも、設計士を分散させているので設計が満足にいかないのです。いま難点となっている設計問題を解決するためには、分散した設計士を集中させる措置を講じるべきです。第1機械工業省管下の各工場にいる設計士と各省の設計士を一か所に集めて、国家的に大きな機械設計事業所のようなものを設ける必要があります。各省は、設備の管理に必要な部品の設計要員だけ残して、その他の設計士はすべて機械設計事業所に集中させ、各省は技術要件を指定して機械設計事業所に回すようにすべきです。

 設計士を一か所に集めれば有利な点が少なくありません。まず、各部門の設計士が力を合わせれば、部門相互間につながりのある問題をいちはやく協議して解決することができます。例えば、冶金設備と化学設備を設計するうえで互いにつながりのある問題は、冶金設備の設計士と化学設備の設計士が協議すれば、難問をいちはやく解決することができ、間違いをただちに発見して正すことができます。また、設計士が一か所に集まれば、力学計算と熱工学計算などを協力して早くすることができます。

 建設部門でも設計士が分散しているようです。最近、都市設計士に、平壌市に同じような建物ばかり建てないで、少し多様な建物を設計するようにといったところ、設計士が分散しているので力が足りないとのことでした。建設部門でも設計士を一つに統合する必要があれば、そうすべきです。この問題について当該部門で検討してみるのがよいと思います。

 結局、機械工学と化学を発展させるのが最も重要であります。機械工学と化学を発展させれば、人民生活のいっそうの向上と農業生産の増大が可能であり、その他多くの問題が解決されます。したがって、機械工学と化学の発展にひきつづき大きな力を傾けなくてはなりません。

 生物学の分野でも、科学研究活動をさらに強化しなければなりません。我が国は、いまなおこの分野でかなり後れをとっています。

 次に、きょう特に強調したいのは、科学者が人民生活の向上に緊要な諸問題の解決に関心を払うべきであるということです。

 現在、各科学研究機関では大きな問題にばかり注意を向け、人民生活とかかわりのある小さな問題にはほとんど関心を払っていません。これまで科学者が、人民経済の発展に大きな意義をもつ多くの重要な科学技術上の問題を解決したのはたいへんよいことであり、我が党はそれを高く評価しています。しかし、国の経済土台をさらに強化し、人民生活を向上させるためには、まだ科学的、技術的に解決すべき多くの問題があります。こんにち我が国は、強固な経済土台をきずきあげたにもかかわらず、小さな問題が解決できないので、国の経済土台にふさわしく人民生活を向上させることができないでいます。最近、社会科学者が大きな問題にだけとらわれ、党政策の宣伝や解説をおろそかにしていることを批判しましたが、自然科学部門でも大きな問題にだけとらわれ、小さな問題には関心を向けない偏向があるようです。自然科学者は、大きな問題にだけとらわれないで、人民生活上の緊切な小さな問題の解決にも当然関心を向けるべきです。

 みなさんもよく知っているように、7か年計画期間に、我々はアメリカ帝国主義の戦争挑発策動にそなえて国の防衛力を強化し、国防工業の土台をきずくことに大きな力をふりむけたので、人民生活の向上にはそれほど力をそそぐことができませんでした。しかし、革命の獲得物と国の自主権を守るためには、それが切実に必要でした。国防工業の発展に大きな力をふりむけた結果、こんにち我が国には強力な国防工業の土台がきずかれました。国防工業の土台がきずかれたので、これからは人民生活の向上に力をそそぐことができます。6か年計画期間には軽工業を画期的に発展させて人民生活をいちだんと向上させるべきです。

 我が党が軽工業を発展させて人民生活を向上させようとするのは、けっしてぜいたくな暮らしをするためではありません。我々は常にぜいたくな生活には反対しなければなりません。人民生活を向上させるというのは、勤労者がさっぱりした身なりをし、豊かな食生活をし、多様な日用品を使って生活できるようにするということです。

 さきごろ社会科学者たちから、社会主義的生活様式についてどう認識すべきかという質問をうけましたが、時間がなくてまだ回答できずにいます。社会主義的生活様式は、国の経済土台の発展とともに変化しますが、社会主義的生活様式で堅持すべき根本原則は、すべての勤労者が革命性をもち、健全に、そして、文化的に生活することであります。

 いま、社会主義的生活様式について誤解している人がいるようです。さっぱりした身なりをするのは社会主義的生活様式なのではなく、みすぼらしい身なりをするのが社会主義的生活様式であるかのように考えている人たちがいるそうですが、それは間違っています。みすぼらしい身なりをするのが社会主義的生活様式なのではありません。

 これまで何度もいったことですが、解放直後、呉淇燮(オギソプ)の事務室に行ってみると、かれは髪をぼさぼさにのばしてひげもそらず、机の上はほこりだらけで、食べ残したパン切れが転がっていました。それで、なんというざまだというと、かれはプロレタリア式に生活しているのだと答えるので、プロレタリアを冒涜してはいけないと批判を加えました。

 常々言っていることですが、上等の服地を織るのも労働者であり、高級自動車をつくり立派な家を建てるのも労働者なのですから、労働者にはよい服を着て、立派な家で暮らす当然の権利があります。国の経済土台が弱いときには、粗末な服でも我慢して着なければなりませんでしたが、経済土台ができているのに、どうしてみすぼらしい身なりをしなければならないのでしょうか。国の経済土台が強化されるにつれて、すべての勤労者がよい服を着、立派な家で暮らせるようにすべきであります。

 だからといって、ブルジョアの真似をしてぜいたくで腐敗堕落した生活をしてはなりません。ブルジョアは商品を少しでも余計売るため、きょうは先のとがった靴をつくるかと思えば、あすは先の丸い靴をつくり、きょうはスカートを短くし、あすはまたそれを長くするなど、むやみに多くの生活必需品を浪費させています。我々はけっして、そんな真似をするわけにはいきません。

 今後、社会主義的生活様式とブルジョア的生活様式を区別する基準を正しくつくる必要があります。いま、そういう基準がないので、まるで古着を着て靴もみがかずに歩くのが、社会主義的生活様式であるかのようにはき違えている人たちがいるようです。

 我が国の全般的な経済土台にくらべると、軽工業が立ち後れています。食品も多様でなく日用品も多くありません。一般消費物資の生産が立ち後れているのは、誰よりもまず軽工業部門の幹部に責任があります。しかし、我が国の軽工業の立ち後れにたいしては、科学者も責任を感じなければなりません。科学者は、軽工業の発展に必要な科学技術上の諸問題の解決に力をそそぎ、人民生活をすみやかに向上させるようにしなければなりません。

 人民生活の向上で解決すべき焦眉の問題の一つは、魚類の加工を改善することであります。

 我が国は毎年、近海で数10万トンの魚を捕っており、遠洋で捕った魚まで加えると、それは年に100万トン以上に達します。外国人はこの数字をみて、我が国の生活水準が非常に高いといっています。もちろん、人口一人当たりの漁獲高からみれば、我が国が高い水準にあるのは事実です。しかし、食品加工工業が後れているため、我が国の勤労者は、盛漁期にはたくさん食べても、ふだんは魚をあまり口にできません。魚類の加工問題を決定的に解決すべきであり、この問題の解決に科学者が取り組まなければなりません。

 我が国では、特にメンタイを上手に加工することが重要です。現在、我が国は、毎年30万〜40万トンのメンタイを捕っていますが、漁船をもっと多くつくれば、60万トン、さらには100万トンまで捕ることができます。メンタイは毎年我が国の近海にやってくるので、資源が枯渇する心配もありません。メンタイは、蛋白質に富んでいるばかりでなく、冬と夏とにかかわりなく、いつでもおいしく食べられます。

 メンタイの加工を上手にすれば、我が国の勤労者の6か月分の副食物が解決できます。メンタイを12月から翌年の5月まで供給すれば、そのあとは遠洋や近海で捕れる魚が入ってくるので年中魚を切らさずにすみます。

 水産部門では、漁船さえ多くつくってくれれば、遠洋で年間30万〜40万トンの魚を捕るのは問題ないといっています。なんとしてでも魚類の加工、特にメンタイの加工問題を解決すべきであり、この問題の解決に機械工学、化学、金属工学部門の科学者がこぞって取り組み、力を貸すべきであります。

 魚類の加工では、科学的、技術的に解決すべき多くの問題があります。科学者は、集団的知恵を発揮して魚類加工問題を必ず解決しなければなりません。

 キムチ生産の工業化も、人民生活分野で解決を急がなければならない問題の一つです。キムチ生産の工業化問題を提起して20年もなりますが、いまだにこの問題が解決されていません。科学者が努力して、是非ともこの問題を解決しなければなりません。勤労者が高層住宅に住みながら、キムチを漬けなければならないので不便な思いをしています。女性たちに聞いてみると、高層住宅ではキムチを漬けるのがいちばん困る問題だといっています。女性たちのこの苦労を取り除かなければなりません。化学部門の科学者は、キムチがすっぱくならないように研究し、機械工学部門の人はキムチ生産の機械化を実現するために努力しなければなりません。

 幼児用食品加工工業の発展にも力をそそぐべきです。我が国では現在、ほとんどすべての幼児を託児所と幼稚園で社会的に保育しています。幼児を集団的に丈夫に育てるには、幼児用食品加工工業を発展させる必要があります。外国では袋の中のものを熱湯に入れればご飯やスープができるといった、各種の加工食品を工業的方法でたくさんつくっています。このように、加工食品を工業的方法で量産してこそ、どこでも幼児に栄養価の高い食物をつくって与えることができ、またそうしてこそ、託児所や幼稚園で幼児を丈夫に育てることができます。幼児用食品加工の研究を決定的に強め、幼児用食品加工工場をより多く建てて、幼児用食品供給体系を整然とととのえるべきです。

 このほかにも軽工業を発展させ人民生活を向上させるうえで、科学者のなすべき仕事はいくらでもあります。ビナロンや塩化ビニールを生産するだけで軽工業の発展にたいする科学者の任務をまっとうしたと考えるなら、それは間違っています。いまなお、我が国の軽工業は立ち後れており、それをすみやかに発展させるためには、科学者が積極的な援助を与えなければなりません。

 現在、我々は、大きな問題よりも小さな問題が解決されないため、人民生活の向上で所期の成果をあげることができないのです。つまり、軽工業で大きなことは基本的にやり終えたものの、こまごましたことが解決されないため、人民生活をさらに向上させることができないのです。

 もちろん、軽工業の発展に要する原材料や機械設備をことごとく自給自足するのはむずかしいことで、必要なものは一部輸入しなければなりません。しかし、軽工業に必要な原材料や機械設備を自力で解決する運動をくりひろげて、できるだけ輸入を減らすようにしなくてはなりません。

 第5回党大会の報告にも指摘されているように、我が国の工業を主体性の確立した工業にするためには、すべての工業部門を、少なくとも原料の60〜70%以上は国産に依拠して発展させなければなりません。我々は、消費物資やその生産に必要な原材料を基本的に国産でまかなうようにすべきです。

 私の考えでは、科学院の化学、金属、機械の研究所に人民生活に必要な原料や資材、機械などを研究する研究室を設けるべきだと思います。化学部門の科学研究機関では、研究室とともに小規模の試験工場や分工場を設けて、軽工業に必要な化学製品生産の研究をおこなう一方、既存の化学分工場を責任をもって援助し、より多くの化学製品を生産するようにすべきです。

 他の部門の研究所でもすべて、研究室と中間工場をそなえて消費物資の生産を増やす研究を積極的に進めなければなりません。こうして、すべての部門の科学者が一般消費物資の生産を大衆的に発展させる研究に取り組み、必要な原料や機械もつくりだすようにしなくてはなりません。

 軽工業の原料や設備をより多くつくりだす競争をくりひろげるのも必要だと思います。

 資本主義社会では、競争という刺激をとおして商品の種類が学え、その品質が高まるものです。いうまでもなく、資本家にとっては利潤をむさぼるのが目的であって、商品の種類を増やし品質を高めて、人民生活を向上させるのが目的ではありません。しかし、商品を売らないことには利潤が得られないので、資本家は、互いにひとより安く、もっとよいものをつくろうと努力するのです。資本家は、競争で生きのびるために必死になり、自分の営業の秘密を守り、他人の営業の秘密を探りだすためには手段と方法を選びません。

 また資本主義社会では、労働者が品物をおおざっぱにつくったり、技術規定を守らなければ即座に首を切られるし、科学者も契約期間に研究成果があがらなかったり、研究の結果が資本家に利潤をもたらさなければ、損害賠償をしなければなりません。

 しかし、社会主義社会では、誰も労働者にむやみにどなりつけたり、労働者を工場から追い出すことはできません。また、我が国の社会主義社会では、国家が計画的に科学者に研究課題を与えるので、資本主義社会でのように、科学者のあいだに競争もありえず、科学者が研究に成功しようがしまいが賃金をうけ、食糧も供給されます。したがって、社会主義社会ではすべての人が、自覚をもって働けば仕事が順調にいき、自覚をもって働かなければどうにも方法がないといった具合になっています。

 我々は、すべての勤労者が人民のため献身的に働くよう、思想教育をいっそう充実させる一方、生産者相互間、科学者相互間に社会主義的競争を広範にくりひろげるようにすべきであります。

 以前、製靴工場が新義州(シンイジユ)に一つしかなかったころは、いくら靴の品質を高めるよう強調してもなかなかよいものが生産されませんでしたが、各地に製靴工場を建てて競争させたところ、最近は靴の品質が少しよくなったようです。たしかに、社会主義社会でも競争がある程度の肯定的役割を果たすのは事実です。

 社会主義的競争は必要であります。そのため、我が党は社会主義的競争を広範におこなうようひきつづき強調しています。しかし、現在、職業同盟の各組織では社会主義的競争を正しく組織していません。社会主義的競争を正しく組織すれば、まだ我が国にない消費物資や各種軽工業の原料や設備を多くつくりだせると思います。

 研究所を一部統合しようという意見もありますが、私の考えでは、研究機関はそのままにしておいて、研究機関のあいだで社会主義的競争を組織し、一般消費物資の生産に必要な品質のよい各種の原材料や機械設備をさらに量産するようにさせるのがよいと思います。

 党中央委員会の経済部署や科学院が主となって、一般消費物資の生産を増やすにはどのような科学技術上の問題を解決すべきかを把握し、各部門の研究所にその解決のための研究課題を与える必要があります。こうして、我が国の科学技術陣を最大限に動員して、人民生活を急速に向上させるべきであります。

 科学研究活動の報告を聞いても、また科学研究の成果をすみやかに生産に取り入れていないのをみても、これまで党中央委員会と内閣が科学者の研究活動を十分に援助しなかったことがわかります。しかし、そのかわり、科学者のあいだで刻苦奮闘する精神が高まったことは好ましいことです。今後、党中央委員会と内閣は、科学者の研究活動をいっそう積極的に援助する一方、科学者はひきつづき自力更生の革命精神を高度に発揮して、我が国の科学を早急により高い段階に発展させなければなりません。

 新しい科学研究の成果を生産に取り入れるための内閣決定を採択しなければなりません。そしてこれからは、毎年、国家予算に科学研究の成果を生産に取り入れるための資金を十分に割り当てるべきであります。今後、科学研究に必要な資材は無条件優先的に供給し、科学院で中間試験工場の建設と運営に要する労働力も遅滞なく保障しなければなりません。

 これまで、科学者は多くの仕事をなし遂げました。新たに多数の科学者を養成し科学研究活動でも大きな成果をおさめました。党中央委員会は、これをたいへん満足に思っています。科学院創立20周年を契機に、これまで功績を残した科学者を表彰し、激励も与えて、すべての科学者が今後の科学研究活動でより大きな成果をおさめるようにしなければなりません。

 出典:『金日成著作集』27巻


ページのトップ


inserted by FC2 system