金 日 成

1969年の新春にさいして
−新年祝賀宴でおこなった演説− 
1969年1月1日 

 同志の皆さん!

 我々は1968年を送り、1969年の新春を迎ました。

 私は新年に際し、ここに列席した同志の皆さんと、わが党の指導のもとにチョンリマ(千里馬)の勢いで勇敢に前進している労働者、農民、勤労インテリをはじめ、全人民に熱烈な祝賀を送ります。

 私はまた、地下や監獄、山中など南朝鮮各地でアメリカ帝国主義とその手先に反対し、あらゆる障害と難関をものともせず英雄的にたたかっている南朝鮮のすべての革命家と民主人士に兄弟のあいさつを送ります。

 また私は、朝鮮総聯の指導のもとに日本反動政府の軍国主義的弾圧策動に反対し、わが党と共和国政府の政策を積極的に支持し、祖国の統一と民主主義的民族権利のために、力強くたたかっている60万在日同胞に熱烈な祝賀を送ります。

 我々は、1968年に直面した幾多の政治的・経済的難関と試練を勇敢にのりこえ、再び大きな勝利と成果をおさめました。

 昨年我々は、アメリカ帝国主義者の挑発策動によるプエブロ号事件のため、厳しい試練を体験しました。

 昨年初頭にアメリカ帝国主義者は公然とわが国の領海を侵犯し、わが国に対する侵略的な挑発策動を強行しました。しかし、勇敢な人民軍将兵と人民は、わが国の領海に侵入した武装情報収集艦プエブロ号を拿捕し、アメリカ帝国主義者の無謀な侵略策動を断固粉砕しました。

 その結果、わが国の情勢は極めて緊張し、プエブロ号事件は全世界人民の耳目を集めた国際的事件に発展しました。資本主義国の出版物さえも、昨年の事件のうち、プエブロ号事件をベトナム戦争につぐ世界最大の事件として喧伝したものです。

 我々がプエブロ号を拿捕するや、アメリカ帝国主義者はいろいろな方法で我々を脅かしました。彼らは、朝鮮東海に最大級の原子力空母エンタープライズ号を出動させ、南朝鮮に航空機を増強するなど大騒動を起こしました。

 しかし、我々は敵のいかなる脅かしにも動じませんでした。

 我々は党中央委員会政治委員会で わが国の自主権を侵害する行為はいかなる者であれ、生命を賭してあくまで撃退するという断固たる立場をとることに決定し、これを堅持しました。党の方針に従い、我々は、いささかの動揺もなく、ときの情勢と敵の動静を注視し、万が一敵が戦争を引き起こした場合、我々も戦争で応ずるかたい決心のもとに万端の準備を進めてきました。拿捕したプエブロ号の処理問題においても、我々はアメリカ帝国主義者がわが国の領海を侵したことを正式に謝罪し、二度とそのような侵略行為をしないと誓わないかぎり、絶対に返さないという強硬な態度をとりました。

 わが党のこのような立場と態度は最も革命的かつ正当なものでした。もし、我々がアメリカ帝国主義者の朝鮮領海侵犯に対し、いかなる打撃も加えなかったなら、どうなっていたでしょうか。また、そのように卑屈な生き方をして何になるでしょうか。我々は、アメリカ帝国主義者が原子爆弾ならぬそれ以上のもので脅かすとしても、絶対に屈伏することはできず、卑屈に行動することはできません。

 結局、わが党の強硬かつ断固たる態度の前にアメリカ帝国主義者は、あえて戦争を起こせず、エンタープライズ号をひそかに撤収せざるをえませんでした。もちろん、今回のプエブロ号事件を契機に、南朝鮮かいらいはアメリカ帝国主義者から数万丁の銃器を受けとりましたが、そんなものでは我々をどうすることもできません。

 アメリカ帝国主義者は昨年、11か月間もあれこれと強がりをいってきましたが、ついにはやむをえず謝罪文を書き、二度とわが国の領海に侵入しないことを誓いました。それで、我々はプエブロ号は戦利品として没収し、乗組員だけを追放しました。我々の講じたこのたびの措置もまた、正当なものであります。

 アメリカ帝国主義者は謝罪文に署名をしておきながら、手のひらをかえしたように署名が無効だのどうのとうそぶいていますが、これこそ無益なたわごとにすぎません。彼らがいかに狡猾に策動しても、朝鮮人民に謝罪文を書き、ひざを屈して降服したこの厳然たる事実を世界人民の面前から隠しとおすことは絶対にできません。

 我々は、プエブロ号事件によって生じた厳しい試練を立派にのりこえ、大きな勝利をかちとりました。この事件をつうじて全人民はわが党のまわりにかつてなくかたく団結し、敵のいかなる侵略策動にも屈することなく、勇敢に彼らを迎え撃つ万端の準備ができていることを今一度全世界に誇示しました。

 我々はまた、昨年チェコスロバキア事変と関連し、対外的に大きな政治的試練をへました。

 わが国でのプエブロ号事件とチェコスロバキア事変は性格こそ異なれ、いずれも反帝闘争における厳しい試練でありました。

 昨年、朝鮮人民は内外の複雑きわまりない情勢のなかで厳しい政治的試練に直面しながらも、党と政府の指導のもとに社会主義建設を協力に推し進めることができました。

 1968年に我々は経済建設分野でも多くの困難をなめました。

 1967年の洪水による損失は多大なものでした。水害の復旧は非常に困難なたたかいであり、それは1968年度の経済建設にまで大きな影響を及ぼしました。しかし、わが国の自立的工業の土台が強固であるため、我々は外国に全く依存することなく、みずからの力で短時日内に水害を完全に克服し、人民経済全般を軌道に乗せることができました。

 また、昨年の第1・四半期にはプエブロ号事件に対処して国防力の増強措置をとったため、経済建設にある程度の支障をきたし、コークス用炭の不足から鋼鉄生産にも隘路がありました。特に、昨年の長期にわたる大干ばつは正常な電力生産を不可能にし、人民経済の発展に重大な難関をつくりだしました。わが国は10年に一度は大干ばつに見舞われていますが、昨年の干ばつはかつてなくひどいものでした。老人たちの話によれば数十年来はじめての大干ばつだそうです。

 しかし、我々はこれらすべての困難を成功裏にのりこえました。大干ばつもみごとにのりきり、電力とコークス用炭不足のもとでも、生産を正常に保障し、経済建設におけるある程度の困難もすべてはねかえしました。

 こうして昨年、工業総生産高は一昨年に比べ115%に成長しました。もちろん、これは本来の計画よりは少し低い数字ですが、わが国工業の規模が非常に大きくなったことを考慮すれば、極めて高い成長率といえます。資本主義諸国では、このような高度の成長テンポはとうてい考えられません。

 昨年、我々は農業でも大きな成果を達成しました。あのように不順な気候条件にもかかわらず、2年つづけて大豊作をおさめました。農業生産のこのような増大は、わが国の人民経済全般の発展に寄与するところが大であります。

 昨年、このように人民経済全般にわたって高度の成長を遂げた結果、経済建設と国防建設の並進路線を貫徹しうる土台がいっそう強固にかためられました。これは、我々にとっていま一つの大きな勝利であります。

 1968年には、困難な局面も多く、幾多の政治的・経済的難関と試練が前途をさえぎりましたが、我々はすべてを勇敢に克服し、勝利の前進をつづけました。

 昨年のような複雑多難な試練に直面しても、我々がいささかも動揺せず、勇敢に前進して勝利することができたのは、ひとえにすべての幹部と党員と人民が党のまわりにかたく結集して、党政策を貫くために水火をもいとわず勇敢にたたかった結果であります。

 もちろん昨年、活動過程で少なからぬ幹部が批判も受け、いろいろと骨をおり、苦労も並大抵のものではありませんでした。活動をする過程では誰でも批判を受けるものです。仕事に誤りがあれば批判を受けるのは当然のことであり、それは将来の発展のために有益なことであります。

 私は、昨年すべての幹部が党の路線と政策を断固支持し、いかなる難関や試練にもめげず、勇敢にたたかったことを非常に満足に思っています。

 同志の皆さん!

 1969年に、我々には極めて大きな課題が提起されています。

 我々は今年、党代表者会議の決定どおり、経済建設と国防建設の並進路線を強力に推し進め、一方では7か年計画の一部の重要目標を達成しなければならず、他方では兵器と軍事装備をより多く生産し、国防力のいっそうの強化をはからなければなりません。

 周知のように、経済建設と国防建設を並進させるというのは、経済建設と国防建設のいずれもゆるがせにすることなく、ともにしっかりと掌握して進めていくことを意味します。経済建設に力を入れるため国防建設をないがしろにしたり、国防建設を強化するため経済建設を弱めたりするなら、それは決して並進路線と言えず、また、なにも新しいものでもありません。今一部の人は、社会主義国家が経済建設と国防建設を進めるのは当然をことで、並進路線はなにも新しいものではない、と雑言を吐いているそうです。

 彼らは、まだわが党の並進路線の本質をよく知らない人たちです。わが党の並進路線は、社会主義経済建設をひきつづき力強く進める一方、同時に国防建設を強力に進めるという路線であります。これは全く独創的な新しい路線であります。

 わが党のうちだした並進路線は、国土が南北に分断され、敵と直接対峙している実情において、最も現実的で革命的な正しい路線であります。経済建設と国防建設を並進させてこそ、国の自立的民族経済の土台をさらにかため、人民の生活水準をひきつづき高めて社会主義制度の真の優位性を十分に発揮させることができ、南朝鮮人民の革命闘争を力強く支援し、敵の侵略策動を成功裏に退けうる強力な主体的革命勢力を準備することができます。

 もちろん、経済建設と国防建設を並進させるのは、困難な課題であり、その遂行過程には難関と障害も多いと思います。しかし我々は、いかなることがあっても、この道から退いてはならず、必ずこれを遂行しなければなりません。

 今一部の人は、先の課題がまだ完遂されでもいないのに、また新しい課題が提起されるのどうのと不平を鳴らしているとのFことですが、皆さんは絶対にそのような雑言に耳を貸してはなりません。

 革命闘争の過程には必ず難関があり、難関に直面すれば落伍分子もあらわれ、中途で離脱する逃避分子もあらわれるものです。また、闘争が激化すると、恐れをなして動揺する者もあらわれます。革命闘争の過程で動揺分子は淘汰され、くじけることを知らない人は闘争をつづけ、新しく育った進取の精神に富む人たちが登場するようになります。これは革命闘争と社会発展の一つの法則だと言えます。

 我々は経済建設と国防建設の並進路線をあくまで貫くために、今年度も工業生産をひきつづき速いテンポで高め、農業でも新たな高揚を起こして今一度豊作をもたらし、建設、運輸など人民経済各部門で一大飛躍を遂げなければなりませた。このような大飛躍を起こさなければ、経済建設と国防建設の並進路線を成功裏に貫くことができません。

 それで我々は、今年度の計画も全体的に高めにたてました。前回の党中央委員会政治委員会でも述べましたが、計画が高いからといっておじけずくことは全然ありません。計画をたてるからには当然、勇敢に前進する計画をたてるべきであって、安易にゆっくりと歩いていく計画をたててはなりません、これは革命家の態度ではありません。多少困難ではあっても、我々は今年度も並進路線を貫徹するため、今一度高い目標をかかげてたたかうべきであります。

 今一部の人は、社会主義諸国では工業が発達し、その規模が拡大されたため、年間6〜7%以上の工業生産成長は不可能であると、誤った主張をしています。

 我々は旧社会から立ち後れた経済をひきつぎ、国土が分断された条件のもとでアメリカ帝国主義と直接対峙して社会主義経済建設を進め、南半部人民の闘争を支援しなければならないので、絶対に緩慢なテンポで進むことはできず、そのような主張を受け入れることはできません。

 今年度に我々は、工業総生産高で23%の成長を予定しています。私の考えでは、今年度は昨年よりもさらに高いテンポが達成されるものと思います。今年度は電力を除いては、すべての条件が昨年よりも有利です。今年は昨年のような騒ぎもないでしょうから、初日から着実に仕事に取り組めるし、コークス用炭と原油の問題にも支障はないでしょう。昨年の干ばつのため、まだ電力は少々緊張していますが、大きな火力発電所がスムーズに稼働しているので、これも大きな問題ではないと思います。

 農業部門の実情も良好です。昨年より肥料の供給が多くなり、分組管理制は日を追ってますます活発に運営されており、農業技術もさらに向上しました。結局、農業生産も昨年より増大することはあっても、減収する条件は一つもありません。

 今年、我々は人民軍もさらに強化しなければなりません。

 今年度の人民軍の重要課題は、軍隊の技術装備を強化するとともに、軍隊内に党の唯一思想体系を確立し、官僚主義と軍閥主義を根絶し、軍民一致、将兵一致の伝統的気風を確立することであります。人民軍では、政治活動をさらに活発にすすめ全軍人がいかなる逆境にあっても党の政策と命令、指示をあくまで擁護、貫徹し、人民との結びつきをさらに強め、部隊内の指揮官と兵士間の同志的関係をいっそう緊密なものにしなければなりません。そして、あらゆる面から人民軍の戦闘力の強化をはかるべきであります。

 同時に、全人民武装化と全国土要塞化の方針を堅持し、労農赤衛隊の活動と社会安全活動、警備活動をさらに強化し、国の防衛施設をしっかりとかためなくてはなりません。

 今年、我々は、対外関係分野でもさらに多くの仕事をしなければなりません。皆さんも昨年の共和国創建20周年記念行事のさいに感じたことと思いますが、今わが国の国際的地位はかつてなく高まり、朝鮮革命の国際的連帯もいっそう強化されました。世界各国の人民がわが党と共和国に積極的な支持を寄せており、我々は世界のいたるところに多くの戦友をもっています。我々は今年度も、これまでの成果をかため、新たなさらに多くの戦友を獲得するために努力しなければなりません。我々は、社会主義諸国をはじめ、各国の共産党・労働者党との関係をいっそう発展させるために努力し、全世界の革命的人民との団結のために尽力すべきであります。

 今年、我々は、幹部と党員を党中央委員会のまわりにかたく結集するため、思想革命を強力に展開しなければなりません。何よりも全党が学習する気風を確立すべきです。我々はすでに党中央委員会書記局会議で決定したとおり、すべての幹部が1年に1か月間、学校で学ぶ制度を確立しなければなりません。そして、すべての人が、党の唯一思想で武装し、党のまわりにいっそうかたく団結して、新たな勝利に向けて力強く前進しなければなりません。

 私は1969年の新春にあたり、ここに列席した同志の皆さんの健康のために祝杯をあげることを提起します。
出典:『金日成著作集』23巻 

ページのトップ


inserted by FC2 system