金 日 成

幹部の活動方法を改善し、指導水準をさらに高めるために
 朝鮮労働党中央委員会第4期第13回総会での結語
−1966年4月1日− 

 我々はこのたび、党中央委員会総会を1週間にわたっておこないましたが、これはよいことだと考えます。このように日数をかけて総会をおこなったので、提起された問題が十分に討議され、また党中央委員会の委員自身にしても大いに教育されるところがありました。私の考えでは、今後も総会はこのように少々時間をかけておこなうのがよいと思います。

 報告と討論で多くの問題が提起されたので、私はいくつかの重要な問題についてのみ強調したいと思います。

 何よりもまず、政治活動、対人活動に力をそそがなければなりません。

 今回の総会におけるみなさんの発言を聞いてみると、企業管理で価値法則に違反している、浪費が多い、勤労者の購買力が低いなどと、主に欠陥についていろいろと述べましたが、これはいずれも、すでに我々の知っている問題であります。むろん、我々が活動から教訓をくみ取り今後さらに前進するためには、欠陥も大いにあばきだして討論する必要があります。しかし、問題は欠陥そのものを暴露することにあるのではなく、そうした欠陥をいかに正していくかということにあります。

 現在、経済建設にあらわれている欠陥を改めるためには、政治活動、対人活動を活発におこなわなければなりません。

 周知のように、対人活動は党活動の基本であります。政治活動、対人活動をすることなしには大衆を動員することができず、社会主義・共産主義を建設することができません。政治活動を優先させる原則を堅持し、対人活動を強めてこそ、革命と建設におけるすべての問題を成功裏に解決していくことができます。

 対人活動をするというのは、一人が十人を、十人が百人を、百人が千人を動かすという方法で全党と全人民を革命課題の遂行へと奮起させることを意味します。私は対人活動を活発におこなうよう機会あるたびに話しており、またいろいろと対策を講じてきましたが、いまだにこの活動方法は十分に具現されていません。

 特に、相や党中央委員会の部長をはじめ責任幹部が、政治活動、対人活動を正しくおこなっていません。少なからぬ相は、言葉のうえでは政治活動を優先させるべきだ、対人活動が第一工程だ、幹部事業がいちばん重要だといっていますが、実際においては依然として行政的な方法にとらわれており、現場監督のような仕事の仕方をしています。そのため、政治活動を優先させるというのは、事実上一つの空念仏になっています。

 道党委員長の活動ぶりを見てもやはり同じ状態です。私は道党委員長が中央にくるたびに数時間、または半日ほどの時間をさいて、情勢問題から始まって党の政策を説明し、党活動の方法を教えたり、私の活動経験なども話してやります。そして、道党委員長は何よりもまず政治活動、対人活動に力を入れるべきであると、こんこんと言い聞かせます。しかし、いまなおどの道党委員長も政治活動、対人活動を党の要求している方向で正しくおこなっていません。

 責任幹部が、政治活動、対人活動を怠り、依然として四方を歩きまわりながら行政式、現場監督式に活動しているのが大きな欠点です。そのため、多くの幹部が夜も満足に眠らず忙しく走りまわっていますが、活動では成果がないのです。

 黄海製鉄所の指導を例にとっても同じことがいえます。周知のように、黄海製鉄所はわが国人民経済の発展において極めて重要な位置をしめています。この製鉄所は1万余の労働者の大集団を擁しています。ここで鉄が大量に生産されなければ、機械工業を発展させることもできず、建設を大々的に進めることもできません。そのため、わが党はこの製鉄所の指導に常に深い関心を払っています。

 黄海製鉄所には、金属工業相をはじめ中央の多くの幹部がたびたび出向きますが、企業所の働き手に実質的な援助を与えていません。幹部が企業所に出向いても、幹部や党員と会って話し合ったり、労働者や技術者を奮起させる組織活動をしたりするのではなく、単に生産実績を検討する程度で戻ってくるのですから、企業所の仕事にプラスにならないのは目に見えています。

 中央から指導に出向いた幹部が、労働者や技術者を教育し奮起させることができないなら、企業所の責任幹部でも教育して、彼らに労働者、技術者に対する政治活動を活発におこなわせるべきです。しかしながら、彼らは、労働者、技術者との活動をしないばかりか、企業所の責任幹部との活動も満足にしていません。

 もちろん、金属工業相が黄海製鉄所に出向けば支配人や技師長に会うはずです。しかし、金属工業相は支配人や技師長に会って党の政策を解説し、活動方法を教え、大衆を奮起させる仕事の手配りをするのではなく、主に生産実績を検討するといったようなことをしています。これでは、企業所の仕事をもりたてることができず、活動の成果は期待できません。

 相をはじめ、省、中央機関の行政経済幹部にしても、政治活動、対人活動をおこなうべきです。企業所の支配人、技師長に限らず、党委員長との活動もおこない、企業所のすべての幹部、技術者、労働者との活動もおこなうべきです。

 黄海製鉄所の責任幹部との活動は、党中央委員会重工業部と黄海北道党委員会、松林市党委員会でも正しくおこなっていません。黄海北道党委員長は、この一年のあいだに黄海製鉄所党委員長と一度しか会っていないそうです。おそらく党中央委員会重工業部長の場合も、この程度以上のことはしていないと思います。黄海製鉄所のような大企業所の責任幹部に年間をつうじてやっと一度会うような状態では、政治活動、対人活動をしているとはいえず、その企業所の仕事がうまく運ぶものと期待することはできません。

 いつも言っていることですが、この世に完成された人間などいません。私が日ごろから会って教育したり批判したりする党中央委員会政治委員会の委員のなかにもときおり欠陥があらわれるというのに、まして、企業所の幹部に年にやっと一度会って教育するくらいで、仕事が正しくをされるはずはありません。

 南浦市の指導についても同様のことがいえます。南浦市は、政治的、経済的に極めて重要な都市です。南浦市は平壌からそれほどの距離でもないので、少々関心を払えばたびたび出向いて講演をしたり、現地の幹部や中核分子と会って話し合うことかできます。しかし、誰も南浦市へ出向こうとしません。一部の幹部が出向く場合でも、講演をしたり話し合ったりするのではなく、車で一回りする遊覧式の指導をしています。

 行政式、現場監督式の活動方法は、道、市、郡の指導に出向いた活動家の活動にも見られます。私は、今回の指導グループを派遣するさい、下部へ行って政治活動を優先させ、対人活動を基本にすべきであることを重ねて強調しました。ところが通報によると、一部の指導グループは、下部の人に党の政策を解説し、活動方法を教え、大衆を奮起させてつまずいている問題を一つ一つ解決していくのではなく、すべての仕事を一手にかかえこみ、行政的におしつけているそうです。指導に出向いた人が、政治活動、対人活動をせずに従来の行政的方法で活動するので、下部の人にこれといった援助を与えておらず、活動に成果がないのです。

 一部の幹部は、政治活動、対人活動をする場合でも、極めて形式的におこなっています。下部の人を呼びつけて会議を何回かおこない、講演でもすれば政治活動がすんだかのように考えている人もいますが、これは根本的に間違った考え方です。会議や講演を何回かするだけでは決して政治活動がすんだとはいえず、個々の人を具体的に理解して教育し奮起させる対人活動を会議や講演だけで終えることはとうていできません。多くの人を集めて内容のない演説を一席上手にぶつことですべての活動にかえるのは、形式主義的な活動方法です、これは、わが党の伝統的な活動方法とは縁もゆかりもありません。

 我々が以前、武装闘争や地下工作をしたときには、政治活動、対人活動をこのようなやり方ではしなかったし、またそうすることもできませんでした。当時、我々は一人一人に会って真剣に話し合う過程で理解を深め、彼らに革命意識を植えつけ、闘争方法を教えたものです。ある問題が提起されれば、各メンバーにそれを十分に説明し、彼らとともに解決の方途を協議し、彼ら自身が提起された課題の遂行に自発的に立ち上がるようにしむけました。

 会議や講演をつうじての一般的な教育と同時に、個々の人に会って教育し奮起させる個別教育活動を正しく結合してこそ、政治活動、対人活動は真に内容のあるものとなります。しかし、幹部はまだ、このような内容のある政治活動の方法を体得していません。

 対人活動を形式的におこなった結果、特に、幹部事業に大きな悪結果をもたらしています。幹部を配置したのちは、満足に教育もせず、活動方法も具体的に教えないため、全般的に幹部の水準が低く、新たに登用された堅実な幹部の場合でも時日がたつにつれて安逸に流れ、さらには重大な誤りをおかすようにまでなります。日ごろから幹部を教育せずにいて、一度誤りを犯しさえすれば即座に免職してしまいます。これは、極めて危険な活動方法です。

 幹部が対人活動を形式的にすれば活動で成果を達成できないばかりか、自然に下部の実情にうとくなり、結局は何か問題が提起されても、それを正しく分析判断し、解決できなくなります。こういう人は往々にして、さ細なこと、二義的なことを見ても驚いて騒動を起こしたり、大けさに誇張して宣伝するかと思えば、当然注意を払うべき重要な問題は見逃してしまうものです。

 先の祖国解放戦争当時、人民軍総政治局のある責任幹部の実例がそのことを示しています。当時、私は彼に、人民軍のある師団を点検してくる任務を与えました。ところが彼は帰ってくると、師団のメンバーの85%が悪い連中だと報告しました。それで私は彼に、実際にはその師団が危ないのではなく、君のやっていることの方が危ないのだと厳しく批判しました。

 こうしたことは、抗日武装闘争当時にもありました。当時、民族排外主義者や分派分子は、東満州の遊撃隊の8〜9割は敵の手先だといって、大事が起こったかのように騒ぎたてました。しかし、我々はそれを真にうけませんでした。我々は民族排外主義者と分派分子の分裂主義的な策動に反対して断固たるたたかいを繰り広げ、革命隊伍の統一団結と純潔を確固と守りました。

 政治活動、対人活動を怠れば幹部自身の思想にさびがつくばかりでなく、勤労者の思想・意識も病気にかかるということを肝に銘ずるべきです、ことにわが国が南北に分裂しており、アメリカ帝国主義者と直接対峙している現状にあって、勤労者に対する政治活動を怠れば敵の思想的影響が浸透し、かつての古い思想が息を吹き返さないとも限りません。これは、わが国の経験からしても、他の国の経験からしても同じことがいえます。

 これらのことは、社会主義社会では、政治活動、対人活動を優先させることなしには一歩も前進できないことを示しています。

 むろん、社会主義を建設するためには、勤労者の物質的関心を高め、経済的、技術的な仕事も十分におこなわなければなりません。しかし、社会主義・共産主義を成功裏に建設するためには、政治活動を確固と優先させながら、これに経済的、技術的な仕事を正しく結合すべきであり、勤労者の政治的自覚と熱意をたえず高めながら、これに物質的関心を正しく結合すべきであります。

 我々は、政治活動を優先させる原則を堅持し、対人活動を基本にしてすべての問題を解決していくわが党の革命的活動方法を貫徹しなければなりません。

 そのためには、まず中央の責任幹部が抜本的に活動方法を改めて、すべての活動に政治活動を優先させ、対人活動を強めなくてはなりません。

 相は従来のように忙しく駆けまわって生産実績を調べ、命令や指示ばかりするのではなく、対人活動をおこなうべきであり、まず自分の指導下にある幹部との活動を正しくおこなうべきであります。相が常に活動の対象とする幹部は、主に副相と管理局長です。相が副相、管理局長との活動を正しくおこなって彼らの水準を高め、活動方法を教え、彼らが立派に活動するよう働きかけるなら、活動で大きな成果をおさめることができるでしょう。例えば、相が十人の管理局長を立派に教育して正しく奮起させるならば、その十人の管理局長が百人の支配人を教育して奮起させるでしょう。こうなれば、相が忙しく走りまわらなくても、下部の幹部と工場、企業所をすべて動かしていくことができます。相は必ずこういう方法で対人活動をおこなうべきです。

 党中央委員会の部長も、自分の担当している副部長、課長との活動を正しくおこなわなければなりません。そして、副部長、課長は、指導員との活動を正しくおこなって、彼らの水準を高め、活動方法を教えなければなりません。

 党中央委員会組織指導部をはじめ関係部署は、道党委員長との活動に力を入れるべきです。道党委員長をはじめ、道党の幹部の水準が高くなくては、市・郡党委員長および市・郡人民委員会委員長との活動を円滑におこなうことができません。

 道党委員長が自道内の市・郡党委員長や市・郡人民委員長を立派に教育して正しく動かせば、彼らはまた郡内のすべての里党委員長や協同農場管理委員長を動かすようになるでしょう。

 このように上部から下部にいたるまで、対人活動をおこなう体系を立てるならば、全党が一つの有機体のように革命課題の遂行に奮起するはずです。

 人民軍でも徹頭徹尾、対人活動を基本とすべきです。軍隊では武器や射撃術が重要であることは言うまでもないことですが、それよりもなお重要なのは直接武器を扱う軍人の思想的立場です。軍人の思想的立場が確固としていないときには、敵の反動的思想が浸透するおそれがあり、戦闘で勝利することができません。したがって、軍人のあいだで政治活動を強め、彼らの思想・意識水準をたえず高めることが何よりも大切です。

 政治活動、対人活動は、具体的対象に合うよう創造的におこなうべきです。人々の思想・意識水準と決意のほどはそれぞれ異なり、生活境遇も同じではありません。したがって、対人活動を一律に、しかじかの方法ですべきだと明文化することはできず、完成された指導書をつくることもできません。現在、『党活動読本』がありますが、これはあくまでも参考書であって、必ずしもそうしなければならないというものではなく、またそこにすべてのことが書かれているわけでもありません。対人活動は、各人の思想・意識水準と特質に即して、さまざまな形式と方法でおこなわなければなりません。

 政治活動、対人活動を正しくおこなうためには、幹部が党の政策に精通し、わが党の革命的活動方法をしっかりと身につけなければなりません。幹部自身が政治理論水準と実務水準を高めずには、他の人を教育することも、人のよい意見を正しくとり入れることもできません。したがって、幹部はみずからの政治理論水準と実務水準を高めるためにたゆみなく努力しなければなりません。それでこそ、対人活動を巧みにおこない、全党員と勤労者を奮起させてすべての問題を円滑に解決していくことができます。

 次に、幹部のあいだで学習の気風を確立しなければなりません。

 わが党は、祖国と人民の運命を担っています。わが党の幹部が自己に課された任務を立派に果たすか否かによって、祖国と人民の生死興亡が左右されます。幹部はこのことを肝に銘じ、党と人民から委任された革命任務を立派に遂行しなければなりません。そのためには、どの部門の幹部であれ、各自の水準をたえず高め、担当した仕事に精通しなければなりません。軍事幹部ならば、祖国防衛の責任を負っているので、現代軍事科学と軍事技術に精通しなければなりません。それでこそ、祖国と人民を侵害しようとする敵の策動を適時に粉砕することができます。経済部門の幹部にせよ、教育・文化部門の幹部にせよ同じことがいえます。社会主義建設の各分野に従事する人がすべて、それぞれの仕事に精通すれば、国の経済・文化建設を促進し、人民生活の向上をはかることができます。誰であれ、担当部門の仕事に精通していない人は、祖国と人民に立派に奉仕することができません。

 ところが、幹部は学習を熱心にしないため水準が低く、自分の仕事についてよく知りません。一部の人は問題が一つ提起されても、それを解決する明確な対策を出せませんが、これは結局、その問題に対する理解が欠けていることを意味します。にもかかわらず、彼らは知ったふりをして熱心に学ぼうとしません。

 昔から朝鮮人には、偉くもないのに偉いふりをし、無いのに有るふりをし、わからないのにわかっているふりをする、三つの「ふり」病があるといいます。これはいずれも悪い病気ですが、そのうちでも、わからないのにわかっているふりをするのが一番悪い病気です。幹部がわからないのにわかっているふりをして学ぼうともせず、うやむやな態度をとるなら、経済管理を改善することもできず、科学・技術を発展させることもできず、ひいては我々の革命偉業に大きな支障を与えることになります。

 幹部は誰であれ、わからないことを恥とし、わからないのにわかっているふりをしないことです。わからないことはわからないと率直にいい、これからでも謙虚に学ぶべきです。一つの用語でもわからないときは尋ねて、明確な認識をもつべきです。例えば、人々が日常的に使っている用語ですが、"革命〃や"階級〃といった用語にしても、明確な概念がなければわかるまで尋ねて理解すべきです。わからないことを人に尋ねるからといって、体面に傷がつくわけではありません。事実、この世にすべてを知り尽くしているという人はありえません。学ぶことには際限がないため、レーニンも学びに学んで、さらに学べといったのです。

 一部の人は、大学卒業生だの、外国留学生だのといって、それ以上学ぶ必要はないかのように考えていますが、それはたいへん間違っています。大学卒業生や留学生にしても、すべてを知り尽くしたわけではありません。また、ある程度多くの知識を得たとしても、それがいつまでも頭に残っているわけでもありません。日本帝国主義支配当時、工業大学や高等工業学校を卒業した人の場合も同じです。そうした学校を卒業した人が、あたかも自分を完成した技術者で相当な知識をもった幹部であるかのように自任するならば、それは極めて愚かなことです。学校で学んだ知識というのは、将来の発展のための下地にすぎません。例え、大学を出たにせよ、勉強をつづけなければそれ以上発展できないばかりか、学んだことまで全部忘れてしまい、したがって、負わされた仕事をまともになし遂げることができません。

 幹部の水準を高める問題は、いまはじめて提起することではありません。わが党は以前からこの問題を重ねて強調してきました。しかし、幹部はかけ声ばかりで、実際においては各自の水準を高めるために努力していません。そのため、現在、社会主義建設における懸案の諸問題を正しく解決することができず、技術的に解決を要する問題に対し明確な結論をくだすことができないでいます。

 活動家の技術水準が、わが国の社会主義経済建設で提起される諸問題を円滑に解決できる程度にまで到達するのは、まだ先のことです。いまわが国で技術水準の高い技術者は数えるほどしかいません。

 活動家の技術水準の低さは、無煙炭ガス化の問題をとってみてもよくわかります。活動家はこの問題の解決について大分以前から宣伝していますが、実際にはそれがうまく運んでいません。昨年、他の建設を減らしてまで無煙炭ガス化の工事に大きな力をそそいだにもかかわらず、これはいまだに完成されていません。最近になっては、粒炭で試験してみたところ出来そうだといっていますが、これもなりゆきを見なければ何ともいえません。だからといって希望が全くないというわけではありませんが、いずれにせよ、この問題を解決するにはまだかなりの時日を要します。

 いま、我々は技術上の問題が解決されないため、化学肥料も計画どおり生産することができない状態にあります。他の問題にしても同様であります。戦後に多くの工場を建設し、家もたくさん建てましたが、まだ技術的に満足に解決されていないことがかなりあります。

 我々には、少しも自己満足すべき根拠がありません。活動家は党と人民から託された重責を深く胸にとめ、みずからの水準を高めるためにたゆみなく学習しなければなりません。技術を知らなくてはならない人は技術を修得し、社会科学を知らなくてはならない人は歴史や経済学などを熱心に学ばなくてはなりません。本を読み、集団的な討論もし、知らないことは知っている人に尋ねるなどして、各自が専門分野の知識を広く深く所有するため努力を傾けなければなりません。我々は8時間働き、8時間休息し、あとの8時間のうち少なくとも4時間は学習する制度をぜひとも確立しなければなりません。

 今後、活動家のあいだで学習気風を確立するため具体的な対策を講ずる必要があります。活動家の学習熱意を高めるために、国家的な試験制度を設けることも考えましたが、考え直してみるとそれもさほどよい方法だとは思えません。これは古い方法であるばかりか、また試験を実施するとしても、それをおこなう人が問題になります。現状は、試験を受ける人は多くても、それをおこなって評価できるほどの水準の人はあまりいません。それゆえ、ほかの方法を考えてみるのがよいと思います。

 活動家の水準を高めるためには、学習できる条件を十分に保障すべきです。いまは図書も筆記用紙も不足ぎみて、学習上いろいろと不便を感じています。もちろん図書や新聞、雑誌などはかなり出版されていますが、それがほとんど各機関に配布されるので、個人の手にはいくらもゆきわたりません。したがって、すべての人が学習できるように、各種の図書を大量に出版しなければなりません。今後、用紙生産を増やす対策を立てて、学習に必要なノートなども量産して供給すべきです。

 次に、経済活動における若干の問題について述べたいと思います。

 経済建設における当面の難関は、電力不足と外貨不足であります。近年うちつづく日照りによって電力生産に支障をきたしており、そのため多くの工場が満足に操業されていません。我々には外貨も不足しています。電力と外貨の問題さえ解決されれば、7か年計画を立派に遂行し、人民生活もいちだんと向上させることができます。

 しかし現在、発電所の電力生産を増やせといっても、それは直ちに解決できる問題でもなく、また我々に外貨を無償で提供してくれる人もいません。我々は自力で奮闘し、電力問題と外貨問題を解決しなければなりません。発電所の建設を早めて電力生産を増やし、輸出源を大いに見つけだしてより多くの外貨を獲得すべきです。

 経済活動において当面、力を集中すべき最も重要な問題は、増産と節約運動を強化することです。

 現在、浪費はいたるところに見られ、生産成長の大きな潜在力はまさに節約運動を強化するところにあります。大まかな計算によっても、現在、人民経済各部門で労働者、事務員の6か月分の賃金に相当する物資と資金が浪費されているとのことです。しかし、厳密に検討してみれば、浪費はそれを上回るはずです。節約運動を強め、いっさいの浪費行為を根絶しなければなりません。

 もちろん、浪費だとはいえ、ある程度避けがたいものもありうるでしょう。そうした浪費まで全部、直ちになくすというのは難しいはずです。しかし、最大限に増産し、最大限に節約するために全力を尽くさなくてはなりません。

 節約運動の強化についてはすでに以前から強調してきましたが、いまだにこれといった成果は見られません。浪費をなくす運動をさらに強化しなければなりません。

 浪費をなくすために何よりも重要なのは、勤労者に対する思想教育活動を強化し、この運動に彼らを自発的に参加させることです。しかし、勤労者に対する教育活動がまだ深化されていないため、彼らはいまやっと節約運動の重要性を認識しはじめたにすぎません。勤労者に対する教育活動をさらに深く、幅広くおこない、特に、社会主義的愛国主義教育を強めるべきです。

 現在、社会主義的愛国主義教育に深みがなく、それが社会主義建設の実践と密接に結びつけられていないのが大きな欠点です。

 社会主義的愛国主義は、社会主義制度を侵害しようとする階級の敵を憎悪することにあらわれるだけでなく、人民の血と汗によってきずかれた国の大事な財貨を立派に管理し、それが社会主義祖国の富強発展のために有効に利用されるよう、節約して使うことにもあらわれなければなりません。すべての勤労者の日常生活と労働の過程で愛国主義が発揮されるようにすべきです。

 浪費をなくすためには、勤労者に対する教育活動を基本にし、これとあわせて思想闘争を繰り広げ、法的統制も強めるべきです。最初は教育し、その次は思想闘争を繰り広げ、それでも改めず国家財産を着服、浪費する場合には法的制裁を加えるべきです。

 このほかにも経済活動では解決すべき問題が少なくありません。いま人民経済の各部門に細部計画がなく、工場に対する解剖学的な分析が足りず、価格制定に誤りが多く、原単位消費基準と作業基準量の査定が不正確で、労働行政が全般的に不満足な状態にあります。

 しかし、経済活動に欠陥が多いからと心配し、おじけづいたり悲観する必要はありません。欠陥がわからないときには危険ですが、それを明確に知った以上は少しも恐れるに足りません。いったん誤りがわかったからには、それを改めるために勇気をだして努力すればよいのです。我々は革命家である以上、難関に直面すればそれだけ勇気をふるい起こし、それを打開する方途を見つけだすべきです。

 経済幹部は、経済活動に少々の欠陥があらわれたからといって、気を落としたり尻込みしたりせず、元気をださなければなりません。そして、いかにして欠陥を改めるかを研究し、仕事の手配を綿密にしなければなりません。すべての経済幹部がつまずいている問題を解決するために粘り強く取り組んで仕事を正しく組織するならば、難関を十分克服していくことができます。

 経済活動でゆきづまっている問題を解決するためには、あれこれと手を広げようとせず、せん滅戦の方法で一つ一つ処理していくべきです。いろいろな仕事を散漫に手がけておいて、これを始めては中途で投げだして次のことを始め、それを投げだしてまた他のことを始めるといったやり方では、どれ一つとして問題をまともに解決することができません。現在、細部計画化の実施だの、原単位消費基準の確定だの、賃金の再査定だの、価格の調整だのと騒いでいますが、そのように仕事の手を広げるべきではありません。

 まず、細部計画化の問題から取り組んで解決すべきです。国家計画委員会の活動家のなかには、他の国でもできない細部計画化を我々がどうしてできるか、と考える人が一部いるようですが、他の国でできないから、我々にもできないという理由がどこにあるでしょうか。また、細部計画化を実施するなら計画指標が1万余種にもなるといって、ためらう人もいるようですが、計画指標が多いからと尻込みするわけにはいきません。織物は大量に生産されているが子ども服用の布地は少なく、トラクターやトラックは量産されているが、部品がなくて満足に利用できないのが現状です。これはいずれも、細部計画化が正しく実施されていないためです。

 計画指標が1万種はおろか数万種になるとしても、細部計画化を実施すべきです。

 計画指標が多すぎて細部計画化を1日や2日でできなければ1、2か月、または1年かかっても実施すべきであり、国家計画委員会の人員が少なくて力に余るなら、工場、企業所から人を引き抜いてきてでも実施すべきです。こうして細部計画を一度正しく作成しておけば、翌年からは楽になるでしょう。これは百科事典を最初に編さんするときには多くの人員と長期の時日を要しますが、一度立派に完成させておけば、その次からは少しずつ改訂増補していくのにさほど手間どらないのと同じです。

 細部計画の作成は困難かつ膨大な作業であるため、いくら人数を増やすとしても、国家計画委員会独自の力ではとうてい不可能です。これは国家計画委員会とともに、各省の計画局と工場、企業所の計画部をはじめ、各級計画機関と計画部署がすべて動かなくては成功裏に実現しません。

 もともと各省の計画部署や工場、企業所の計画部署は、国家計画委員会の分組もしくは細胞にひとしいものです。しかし現在は、機関本位主義に陥って仕事をしているので、国家計画委員会と各省の計画部署がうまく融合していません。そのため一方では生産計画を多くおしつけようとし、他方ではそれを少なく受けようとし、また一方では原単位消費基準を引き下げようとし、他方ではそれを高めようとします。こうした関係をこれ以上持続させてはなりません。

 細部計画化を実現するためには、まず国家計画委員会の活動方法を改めて、各級計画機関との連係を強め、すべての計画機関が同家的な立場に立って助け導き合いながら活動するようにしなければなりません。また各級計画機関は、国家計画委員会から細部計画が示達されるのを待つのではなく、みずから細部計画を立てなければなりません。工場、企業所でも、生産をしながら計画をまとめるべきです。工場、企業所の技術者と生産者が取り組めば、生産単位と設備の通常能力が明らかで作業基準量が定められている状況のもとでは、具体的な細部計画をゆうに立てることができるはずです。

 細部計画化の問題が解決されれば、他の問題の解決に取り組むべきです。

 浪費との闘争も、一つずつ解決するせん滅戦の方法でおこなうべきです。一度に仕事の手を広げてどれ一つとして最後までおし進めることができなければ、決していまの状態から脱皮することはできません。小さなことから一つずつ始めて、完結するまでおし進めなければなりません。

 いま練炭をつくって使う運動をしていますが、この問題から完全に解決しなければなりません。無煙炭を燃料としている家庭の7割がすでに練炭を取り入れているとのことですが、これは非常によいことです。さらに1年ほど努力して、100%導入するようにしなければなりません。これを実現すれば100万トンの石炭が節約されますが、その分を農村へ送れば大きな問題が解決されます。

 今度提起された麻袋や米袋の問題も研究して円滑に解決すべきです。いまは目の粗いカマスに穀物を入れて運搬するので、多くの穀物を失っています。これは容認できないことです。精米機を全部整備して、もみすり搗精の損失をなくしたとしても、包装材の問題が解決できなくて輸送の途中で多くの穀物をこぼしてしまうなら、穀物の浪費を完全になくすことはできず、精米機を整備したかいもありません。現在、精米工場は全部整備されているといいますが、それも点検し直し、不十分な点があればきちんと完成すべきです。もしも、精米工場の整備を完成せずにやめてしまうなら、また以前の状態に逆戻りしてしまうでしょう。

 仕事の手を広げようとばかりせず、具体的な見積りを立てて小さなものから一つずつせん滅戦の方法でおこなうならば、節約運動で必ず成果をあげることができるでしょう。

 企業管理水準を高める問題にしても、工場を一つ選択して、そこで企業管理方法を完成したのち、全国の工場、企業所がその模範を各自の実情に即して取り入れるようにすべきです。もちろん、すぐれた経営学の本を出版すれば、それも企業の管理運営に大いに役立つでしょう。しかし、そうしたものを執筆するにしても、企業管理運営で模範となる工場をつくりあげなくてはなりません。活動家が工場へ行って労働者と生活をともにしながら、管理運営のすべての面で典型をつくりあげてこそ、企業管理方法を完成し、それにもとづいてすぐれた経営学の本も執筆することができます。

 企業管理水準が低いとばかりいわず、模範的な企業所を一つでも早くつくりあげるべきです。金属工業部門などでは、黄海製鉄所を工場管理運営の模範単位につくるのかよいでしょう。

 このように問題を一つずつ実質的に解決していくならば、数年後には経済活動でつまずいている多くの問題が解決されるはずです。

 経済機関と経済幹部は、人民軍に学ぶ必要があります。人民軍では入隊者を最初から正しく教育し、厳格にしつけるので、どんなことでも中途でうやむやにすることがなく、いかに困難な課題でもいったん任された以上は最後までなし遂げる立派な気風が確立されています。

 経済活動ではまだこうした強い規律と秩序が確立されておらず、慢性的な形式主義に陥って足踏みをつづけ、どれ一つとして満足に解決していません。こうした無秩序で無責任な傾向を決定的になくし、経済課題の遂行で厳格な規律を確立し、一つのことをおこなってもけじめをつけ、何ごとにおいても結末をつけずにはおかない革命的気風を確立しなければなりません。

 まず、今年度の計画を遂行することから厳格にしつけて強い規律を確立し、一つずつけじめをつける習性を培わなければなりません。

 今年度の計画は比較的少ないものです。しかし、計画が少ないからといって仕事の手配りをせず、腕をこまぬいていてはいけません。計画が少ないかわりに、それを質的に高い水準で、指標別に必ず遂行しなければなりません。今年度の計画を少なめにしたのは、計画を質的に高い水準で遂行し、計画遂行において秩序と規律のない現象をなくすためです。

 今年は、人民経済の各部門で製品の質を高める運動を積極的におこなうべきです。重工業と軽工業、採取工業と加工工業において製品の質を決定的に高め、建設の質もさらに高めなければなりません。工業部門ではまた、機械設備の整備と原料予備の確保、地質探査の先行など、生産を正常化し、今後、工業生産で新たな高揚を起こすための諸条件を整えるべきです。

 住宅建設に拍車を加えなければなりません。いま住宅需要は多い反面、建設従事者と資材は限られています。したがって、これまでのように高層住宅ばかり建てようとせず、建設ずみのそれらの住宅の間に小住宅を多く建てるようにすべきです。

 今年、我々は農業に全力を集中しなければなりません。

 農業がうまくいってこそ、工業の発展と人民の食生活の改善をはかり、戦争に対処して必要な食糧を備蓄することもできます。農業の振興はまた、もし戦争が起こった場合、全国の農村を戦争勝利の根拠地にするためにも必要です。

 我々は農業の発展に大きな力をそそいで、今年度の穀物生産計画を超過遂行しなければなりません。そうしてこそ、さまざまの問題が解決されます。今年度の穀物生産計画は多少高めのものですが、高い目標をかかげて努力するのは悪くありません。すべての協同農場が国家計画を超過遂行し、増産課題まで遂行するために奮闘すべきです。

 農業生産の増大のために何よりも重要なのは、農業の指導を改善することです。

 わが党は、農業生産の増大と農民の生活向上に常に深い関心を払っています。最近の例をとってみても、トラクターを協同農場に配属させ、農業機械作業料を引き下げ、農業現物税を免除するなど、各種の措置を講じました。

 しかし、国家がいかに立派な措置を講じ、多くの恩恵をほどこしても、幹部の指導が正しくおこなわれなければ成果をおさめることはできません。問題は、幹部が農場経営をいかに組織し指導するかにかかっています。

 稲の冷床苗にしても、それをいかに導入するかによって成果が左右されます。稲の冷床苗がすぐれているのは、田植えの時期を早めて生育期間を十分に保障するばかりでなく、田植えを順次おこなって人手不足を解消できるようにするからです。それゆえ、さまざまな条件と可能性を十分に考慮して、これを導入すべきです。しかし、稲の冷床苗を一気にに100%導入するなら、順々にではなく、いっぺんに田植えをしなければならず、したがって、人手不足を解消できないので、冷床苗の有利さを示すことができません。人手が不足している現状のもとでは、田植えを順々にできるように冷床苗、陸苗、折衷苗、水苗を過当に取り合わせてまきつけるべきです。

 分組管理制の指導も正しくおこなわなければなりません。

 分組管理制を取り入れたからといって、すべての問題がおのずと円滑に解決されると考えるのは間違いです。分組管理制がすぐれていることは確かですが、それも正しく指導しなければ決して順調にいくものではありません。協同農場の管理委員長や作業班長が分組をしっかりとかため、正しく指導しないことには、分組管理制を正しく運営し、その優位性を十分に発揮させることができません。これと関連して、農業委員会では分組長と、特に、作業班長の任務を明確に規定して下達する必要があります。

 トラクターが協同農場に配属されたからといって仕事が自然にうまく運ぶものと考えたり、役牛が個人の責任下に管理されるようになったからといって、牛が自然に肥え太るものと考えるのは愚かなことです。トラクター運転手や牛の管理に当たる農場員との活動を日ごろから活発におこなわなければ、以前の欠陥をなおすことはできないでしょう。

 道党委員長と郡党委員長は戻りしだい、農村問題の解決に取り組むべきです。農村活動の改善のために頭をはたらかし、指導にいっそう力を入れるべきです。

 農業の振興のために重要なのはまた、農村への支援をさらに強化することです。機関、企業所の幹部は農業生産に深い関心を払い、農村に積極的な援助を与えなければなりません。すべての工場、企業所、事務機閑、学校などでは計画を立てて、物質的、技術的にも、また、労力的にも、協同農場を大いに援助すべきです。

 特に、都市と労働者区で堆肥生産運動を広く繰り広げるべきです。現在の化学肥料生産量では農業の需要をみたすことはできません。したがって、現存の肥料工場を整備し、新たな肥料工場の建設を促進するとともに、都市と労働者区で堆肥を生産する大衆的運動を起こして、不足分の肥料を補うようにすべきです。いま平壌では所帯当たり550キログラムの堆肥を生産する運動を繰り広げているそうですが、これは非常によいことです。労働者区でも水肥容器のようなものをつくって備え、すべての勤労者が義務的に数百キログラムずつ堆肥をつくる運動を起こすべきです。

 堆肥をつくったあとは、都市と労働者区の荷車やトラックを動員して、そのつど農村へ送り出すべきです。

 このほかにも、農村支援と関連して提起される問題は少なくありません。そうした具体的な問題については、党中央委員会総会の閉会後に開かれる内閣全員会議で、道党委員長や指導に参加する人たちが意見を出し合い、解決策を立ててから出発するのがよいと思います。

 農村活動では、農民が家計のきりもりを上手にするように指導することが重要です。

 農民に食糧を適切に調節させて、営農期に食糧を切らすことがないようにすべきです。仕事が多くない冬期に食糧を節約しなければ、田植えや除草作業をする営農期に食糧を切らして仕事が思うようにできなくなる恐れがあります。かつて抗日遊撃隊では食糧が切れるおそれがあるときには、一日の食糧消費量を定めて、草などを代用食としながら食糧を調節したものです。国の経済にせよ農場の経済にせよ、また個人の経済生活にせよ、このように綿密にきりもりしないことにはうまくいきません。農民に冬期の食糧を多く節約させて、営農期に十分な食事をとって力いっぱい働けるように、彼らの生活を正しく指導しなければなりません。

 食糧を節約するためには、農民に野菜を多く栽培させ、みそ、しよう油を十分に供給しなければなりません。自留地を有効に利用して野菜を多く栽培させ、畑のへりなどにも野菜を植えさせるべきです。

 農村に限らず、都市でも野菜をつくる運動を広範に繰り広げるべきです。いまは野菜を栽培できる土地でも都市美化のためだといって空地にしたり花壇にしたりしていますが、できるだけそうした場所にも野菜を栽培すべきです。

 勤労者の生活を合理的におこなわせる問題は、女性同盟組織が担当するのがよいと思います。女性同盟組織は、現在おこなっている練炭をつくって使う運動とともに、食糧節約運動を組織し、託児所をつくる運動も繰り広げるべきです。党中央委員会第4期第12回総会でも強調したことですが、労働者区や協同農場の託児所で何頭ずつかのヤギを飼うようにすべきです。ヤギは飼料の消費が少なくてすむわりに多くの乳がとれます。ヤギの乳に米と砂糖を少々加え、かゆを炊いて子供たちに給食すれば、非常に喜ばれるでしょう。砂糖がない場合は塩で味をつけてもかまいません。活動家が頭をはたらかして努力するなら、人民の生活を十分豊かにすることができます。

 人民軍でも野菜や肉類を自分の手で生産する運動を広く繰り広げて、国家の負担を軽減すべきです。温泉郡の将校の家族と話し合ってみると、彼らは今年、野菜をつくり豚をたくさん飼っているので、国家から野菜と肉類の供給を受けなくてもやっていけるとのことでした。温泉郡には土地が多いので、努力すればそうできるはずです。前線地帯から遠く離れた後方地帯の部隊では別に耕地を割り当てないので、野菜の栽培が難しいと思いますが、それでもつとめて土地を見つけだしてよく肥やし、いくらかの野菜でも自給できるようにすべきです。

 私は、すべての幹部が、今回の総会で討議された精神に従って活動方法を改善し、指導水準を決定的に高め、党の示した革命課題の遂行でより大きな成果をおさめるものと信じます。
                                                
出典:『金日成著作集』20巻 

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