金 日 成

新しい環境に応じて郡党組織の活動方法を改善するために
江西郡党委員会総会でおこなった演説 
1960年2月18日

 私は、党中央委員会常務委員会の委任により、平安南道江西(カンソ)郡党委員会の活動を総括する会議に参加することになりました。

 私は、既に青山里(チョンサンリ)党総会に参加し、最近には江西郡党委員会初級党総会にも参加しました。それに、里党組織の指導におもむいていた人たちとの協議会も開きました。この過程で我々は、皆さんの活動について多くのことを知り、特に、きょう、郡党委員会総会に参加して報告や皆さんの発言を聞き、郡党の活動についてさらに詳しく知ることができました。

 その間、我々が知りえたところによれば、江西郡党委員会は管下の党組織と党員を党中央委員会のまわりにかたく団結させ、党の路線と政策を貫くために積極的に闘っています。江西郡内の全勤労者は、社会主義建設ですべてがチョンリマ(千里馬)を駆る勢いで前進しており、大きな成果をおさめています。

 特に指摘すべきことは、皆さんが農村建設で多くの仕事をなし遂げたことです。

 わが党は、農村で社会主義協同化が実現した後、農村の水利化、電化、機械化の課題をうち出しました。江西郡党組織は、国で進めている岐陽(キヤン)潅漑工事に多くの労働力を動員し、鶴松(ハクソン)貯水池工事、岑進(チャムジン)潅漑工事をはじめ、多くの潅漑水利工事をおこないました。特に、党中央委員会1958年九9総会以後、大きな貯水池と数多くの揚水場を建設して、約5300余ヘクタールの潅漑面積を確保しました。こうして、こんにち、江西郡西郡では全耕地面積の60〜70%が水利化されました。これは非常に大きな成果です。

 皆さんは電化でも大きな成果をおさめました。郡内のすべての協同組合に電気が入り、電灯がともされるようになったのはもちろん、脱穀や揚水作業なども電化されました。電化によって農村の家々にすべて有線放送が入るようになりましたが、これは農村の文化革命の遂行に大きく寄与しています。

 農業の機械化においても、江西郡は少なからぬ成果をおさめました。いま江西郡には、農業機械作業所が設置されており、今年中に150台ほどのトラクターをもつことになります。皆さんは今年、耕地面積の約82%を近代的な農業機械で耕作することになるでしょう。また、動力による機械化ができないところでは畜力による機械化を実施するために努力していますが、この分野でも少なからぬ成果が達成されました。今年中には、立ち後れた従来の農機具が、近代的な農業機械あるいは畜力農機具に代えられるでしょう。これは、農業の機械化をめざす事業での大きな転換と言わなければなりません。

 このように、江西郡では農業協同化が完成されたのち、農村での技術革命の課題が成功裏に進められています。

 農業における単位面積当たり収量は年を追ってひきつづき増大しています。畜産も以前に比べれば大きく発展しました。これは郡内のすべての農民が党の政策を支持し、農業をさらに高い水準に発展させるために立派に闘った結果であります。

 皆さんはまた、地方経営工業の建設でも大きな成果をおさめました。党中央委員会1958年6月総会以後、地方経営工業は急速に発展しました。現在、江西郡には陶磁器工場、総合機械工場、化学工場、メリヤス工場などの道営工場と、そのほかに食品工場、メリヤス工場、建材工場、鉄製品工場、戦傷栄誉軍人日用品工場など、9つの郡営工場があります。これらの地方産業工場は、各種日用品をつくって人民生活に大きく寄与しています。そればかりでなく、多くの家庭婦人が工場に進出して労働者階級の隊列に加わるようになり、立派な社会主義建設者に育っています。

 皆さんはこのように、これまでの活動で大きな成果をおさめましたが、欠陥もまた少なくありません。特に、農業を指導する面で多くの欠陥があらわれています。

 青山里党総会でも述べましたが、農業では穀物生産をはじめとする農作業に全力を集中すべきこんにち、二義的な仕事に多くの労働力や資金を分散させています。

 そして、協同経営を運営するうえでも、仕事を指導するうえでも計画がありません。社会主義経営は、計画的に運営するものであることは周知の原則であります。ところが、協同経営を計画もなしに、思いつくままに運営したため多くの労働力と資金を浪費しました。

 さらに重大なのは、社会主義的分配の原則をよく守らないことです。組合員の労働を正確に評価していません。仕事をしようがしまいが、すべて均等に分配したため、遊んで暮らす人が大勢出てきました。怠け者が増えてきたので熱心に仕事をしていた人まで仕事に熱を入れなくなり、少なからぬ人が仕事が楽で労働点数を多くもらえるところに行くことを望むようになりました。その結果、骨の折れる農産部門には、労働力が少ししかふり向けられず、したがって、農産計画が順調に実行されませんでした。

 ヘクタール当たりの収量は毎年増大していますが、多くの協同組合や作業班で適時に草取りをせず、また穀物に重点をおいて作物を配置するようにという党の方針を正しく実行しなかったため、もっと生産できるはずの穀物を生産できませんでした。

 どうしてこうなったのでしょうか。農民の熱意が足りなかったからでしょうか。そうではありません。主な原因は、郡党委員会が農業の指導を担当する郡人民委員会を正しく指導しなかったことにあります。郡党委員会が、郡人民委員会を正しく指導しなかったため、郡人民委員会ではその活動を満足におこないませんでした。

 こんにち、郡人民委員会は、直接協同組合の生活を指導する責任を負っています。以前には、郡人民委員会が里人民委員会を通じて協同組合と個人農を指導してきました。しかし、昨年からは協同組合が里単位に統合されて、里が一つの生産単位となりました。もちろん、政権形態としての里人民委員会は残っていますが、里人民委員会の委員長が管理委員長を兼ねており、実質的に里は一つの生産単位となりました。したがって、郡人民委員会が里人民委員会を通じて生産を指導しようとするのは間違っています。郡人民委員会が以前の里人民委員会のように、直接生産を組織し指導しなければなりません。

 ところが、郡人民委員会では、生産単位である里人民委員会を直接指導せず、決定書や命令書などを送り、統計を督促するといったようなやり方で仕事をしています。これは、変化した新しい環境に合わない古い指導方法であります。

 郡人民委員会は、その下にまた何か中間的な機関があると考えてはなりません。こんにちでは、郡が行政的に生産の責任を負う末端の単位であることを知るべきです。郡人民委員会は、協同組合に直接おりていき、農産計画も立て、技術問題も指導し、協同組合の生産について責任を負う立場で具体的な指導をおこなわなければなりません。

 協同組合が順調にいっているかどうか、そして、管理委員会の仕事が順調におこなわれているかどうかについて、郡が直接責任をもたなければなりません。協同組合の生産力の発展と農民の収入の向上についても郡が責任を負わなければなりません。そのためには、農業機械を補充し、農業機械と土地を改良し、労働の組織も合理的におこなうように指導しなければなりません。そして、農民への分配も正確におこない、彼らの収入を高めることについても郡が具体的に指導しなければなりません。

 人民委員会の活動を、変化した新しい環境に応じておこなうべきであるということは、既に昨年3月の咸鏡北道党委員会拡大総会で提起しました。しかし、各郡党委員会では郡人民室員会の活動を強化する対策を講じていません。それで、先の党中央委員会12月拡大総会で再びこの問題を討議し、決定的な対策を立てることになりました。12月拡大総会でこの問題を取り上げなかったならば、さらに重大な欠陥が生じたかも知れません。

 古い活動方法を克服できなかったために、農村指導ではまだ官僚主義的・形式主義的活動作風が残っています。農民はどうなろうとも、ただ主観的に考えた計画を押しつけています。小豆をまいた畑を飼料作物畑にするといってはすきかえしてトウモロコシを植え、また野菜をつくるといってはトウモロコシを掘りかえしたので、結局、小豆もトウモロコシも、白菜もできませんでした。そればかりか、三度もすきかえしたのですから、どれほど多くの労働力と種子を浪費し、農民にどんなに大きな苦痛を与えたことでしょう。

 これらの労働力と種子と資材は、すべて協同組合の元手であり、組合員の共同財産であります。ところが、このように農民に大きな損失と苦痛を与えておきながらも、郡人民委員会や道人民委員会の幹部は心を痛めていません。これは、農民の暮らしがよくなろうがなるまいが何の責任も感じない、誤った態度です。

 官僚主義者は、組合をこのように場当たり式に指導することから、一体何を得たのでしょうか。労働力を浪費し、組合の財産も浪費し、収穫も得られず、何も得たものはありません。しかし、官僚主義者は、人民の利益を犠牲にして得たものが一つだけあります。それは、彼らが農業相に野菜の栽培面積を確保したと報告できるようになったことです。言いかえれば、自分の功名を一つ立てたということです。

 薬水里(ヤクスリ)協同組合では、以前個人農のときの現物税をまだ納めていない人がいました。ところが現物税を納めなかった人は、いまではみなどこに行ったのかその行方も知れません。それにもかかわらず郡では、有無を言わせず未納の現物税をこの組合が納めなければならないと押しつけました。これはちょうど、ロバを盗んだ者を逃がしたからといって、ロバをつないだ杭を引き抜きに行った人に、ロバの代金を払えというのと同じことです。道人民委員長や郡人民委員長が以前に徴収できなかった現物税を全額徴収して感謝状をもらうのも結構ですが、人民の苦痛を考えるべきではないでしょうか。

 官僚主義者の眼中には、人民も、法律も、民主主義もありません。農産計画を立てるためには、組合員のあいだで民主的に広く討議し、立てた計画は郡人民委員会の承認を受け、組合員総会や里党総会で採択しなければなりません。そうした後には、この計画が法的な文書となります。この計画はある一個人が勝手に直すことはできません。ところが、官僚主義者は農産計画を独断で変え、計画にもない仕事を自分勝手にさせて組合員に多くの損失を与えています。これは、民主主義に対する乱暴な違反であり、法も知らない無秩序な行動です。

 農民に工芸作物を栽培せよと指示しておきながら、適時に買い上げないために、てん莱などは牛の飼料となっているありさまです。わが国の牛は昔からてん葉を食べて育ったのではありません。牛に食べさせるために、てん菜を栽培する必要はありません、これでは結局、損をするのは農民だけです。

 郡人民委員会には、農業協同組合の労働力を勝手に引き抜き、雑用に使う権利はありません。ところが、郡人民委員長は法など眼中にない帝王のように振舞っています。彼は、やれ学校建設だ、やれ道路工事だなどといって、いつも自分勝手に労働力を動員しています。

 労働力の動員も必ず計画に従っておこなわなければなりません。例えば、青山里農業協同組合で今年、50人を他の部門に動員させるとすれば、生産計画を立てる際にこれを考慮に入れるとか、または50人の労働力を動員する代わりにそれだけの勤労動員をおこなって農村の仕事を助けるとか、何らかの対策がなければなりません。生産に対しては何の責任も負わずに、労働力だけを勝手に引き抜くならば、農業はどうなるでしょうか。計画は山ほど与えておきながら労働力を頻繁に引き抜き、これでどうして計画を遂行しろというのでしょうか。労働力を動員するにしても、農作業が忙しくないときにするとか、そうでなければ、動員させた労働力を補充する何らかの対策を立てるべきです。

 我々は、このように郡で勝手なことをさせるために農業協同組合をつくったのではありません。組合の計画は、組合員総会や里党総会の決定がなければ、誰も変更することはできません。

 官僚主義を徹底的になくす問題が提起されたのは、既に久しい以前のことです。我々は、既に戦争中の1952年2月にこの問題を強く提起し、その後、党中央委員会1955年4月総会で再びこの問題を討議しました。その後もひきつづき官僚主義に反対して闘ってきました。それにもかかわらず、郡党委員会はどうしてこのような官僚主義を野放しにしているのでしょうか。官僚主義がこのようにひどくては郡人民委員会が真の人民の政権として活動しているとは言えません。

 真の人民政権はまず、社会主義的経営に対して責任を負わなければなりません。それにもかかわらず、郡人民委員会はなぜ協同組合の収益を高め、農民の生活水準を向上させ、彼らの思想・意識を高めようと努力しないのでしょうか。

 個人農のときには経営の責任を個人が負ったけれども、社会主義的協同経営では主な責任を管理委員会が負い、また郡人民委員会が負うべきであります。農業生産を高め、農民の生活水準を向上させるために責任をもって活動しようとしないならば、郡人民委員会は存在する必要がありません。

 郡人民委員会の活動とともに、管理委員会の活動を決定的に改善しなければなりません。既に、青山里党総会でも述べましたので再び繰り返そうとは思いません。管理委員会の活動を改善するうえでも、官僚主義をなくし、成り行き任せにいい加減な仕事をする習性を捨て、管理委員会の集団指導を強化することが重要であります。

 郡人民委員会の活動や管理委員会の活動で、計画のないのが大きな欠陥であると言えます。郡人民委員会や管理委員会は、ほとんどが計画をもたずに仕事をしています。計画があるとすれば、それは幾人かの人の主観的なものにはかなりません。生産手段や労働力に対する十分な検討にもとづいて立てた計画ではなく、郡人民委員会の委員長やその他何人かの主観的欲求にもとづいて立てられた計画です。

 先ほど郡人民委員長は、道から押しつけられた計画を郡が里に押しつけたと発言しましたが、郡もやはり主観的な計画を立てて道に提出したことを忘れてはなりません。もちろん、道には第2の官僚主義者らがいて、郡から提出されるものを十分に検討もしないばかりか、そこへまた自分の主観的欲求をつけ加えて郡に示達します。このようにして計画が立てられるので、計画なしに仕事をするのと何ら変わるところがありません。

 農業ばかりでなく地方経営工業でも計画をもたずに仕事をしています。工場を建設する際にもまず、資金がどれほど必要で、資材や労働力はどれだけいるかを検討し、それをどこから、どのように入手するかについて綿密な計画を立てなければなりません。

 ところが、このような計画もなしに工場を建てようとするので、いろいろな問題が生じてきます。郡人民委員長が地方産業工場を建てると言えば、銀行では資金を出すでしょう。しかし、資金があっても資材の入手ができなければどうしますか。資材の入手ができないので、荷車をつくるためにとっておいた木材を全部ふり向け、他の工場を建てるために送られてきたレンガを流用しています。

 国の資材と労働力には限りがあります。計画に組み込まれた資材を他に流用すれば、結局、計画どおりに事業を進めることができません。荷車をつくる木材で家を建てれば荷車はつくれなくなり、したがって、荷車ができるものと予定して立てた輸送計画も実現できなくなります。労働力も計画にないので、よそへいって出せとも言えず、やむなく協同組合から引き抜きます。ですから、農作業に支障をきたします。計画はすべて相互にかみ合うように立てられているので、一つの部門でそれが実行されなければ他の仕事に大きな支障を与えます。

 このように、つくれといった荷車をつくらなかったために輸送問題を解決できなくさせ、田畑を遊ばせて穀物生産に大きな損失まで与えながら地方産業工場を建てたのだから、それをどうしてはめることができましょうか。

 地方産業工場を建てようとすれば、あらかじめ計画に組み入れなければなりません。労働力はどこからもってくるのか、資材はどこから調達し、どこにどのような規模で、どう建てるかという正確な計画と設計がなければなりません。

 国でも工場を建てるときには、国家建設委員会で工場の位置が適当であるかどうか、資材、労働力、資金の計画が正確に立てられているか、正しく設計されているか、設計どおり工事が進められているかなどをすべて検討します。

 地方産業工場一つにしても慎重に検討して、立派に建設するよう綿密な計画を立てなければならず、計画の実行を点検し、統制しなければなりません。

 社会主義のもとでは、計画なしに経済を運営していくことはできません。郡には当然、農産計画、地方経営工業計画、基本建設計画など、すべての計画がなければなりません。

 この計画は、一個人の主観によってではなく、大衆的な討議にもとづいて立てられなければなりません。農産計画なども、農業協同組合員総会で多くの人の討論をへて立てた計画を、郡で再び総合して郡党委員会と郡人民委員会で討議し、採択すべきであります。そして、道の承認を受けるべきものは道の承認を受け、中央の承認まで必要とするものは中央の承認を受けなければなりません。このようにして立てられた計画は法律であり、それは義務的に遂行しなければなりません。

 また、各級機関と活動家は、活動計画をもっていなければなりません。何の活動計画もなしに仕事をするので、思いつきさえすれば夜中でも会議を開いて、何か大変なことでも起こったかのように騒ぐことになるのです。

 郡では自己の活動計画を立て、そのなかから里の活動家に関係のあるものは里に通知しなければなりません。すべての人が、いつ、どんなことをすることになっているのかを全部知っていなければなりません。でないと、あらかじめ準備をし考える余裕をもつこともできません。夜中に寝ている人を起こして会議を開いて、それがうまくいくものでしょうか。昔から一年の計は春にあり、一日の計は朝にあるというではありませんか。まして、こんにち、社会主義社会で暮らしている我々が、計画もなしにどうして仕事をすることができるでしょうか。

 いま郡がもっている計画は、上部から点検にくる人に見せるため形式的につくったものです。これが何の役に立つでしょうか。我々はこのように計画もなしに仕事をする傾向と断固、闘わなければなりません。

 わが党は、郡人民委員会に郡内の人民経済を責任をもって指導することを委任しました。それゆえ、郡党委員会は当然、郡人民委員会が責任をもって農業を指導するよう援助し、統制しなければなりません。

 しかし、郡党委員会は、郡人民委員会の活動家の官僚主義的な活動作風を厳しく批判して改めさせ、人民委員会の活動を新しい環境に応じて改善するための正しい指導をおこないませんでした。党がすべての活動において指導的役割を果たさなければならないのに、郡党委員会はその指導的機能を果たすことができませんでした。これが、平安南道党組織の大きな欠陥であると思います。

 もちろん、郡党委員会の活動には成果も少なくありません。それは、郡党委員会が党中央の指導のもとに、党の中核分子で幹部隊列をかためていることです。いま、いろいろな欠陥があらわれているのは、郡党委員会や郡人民委員会に悪い連中が入り込んでいたり、里党委員長や管理委員長、初級党委員長、作業班長たちが悪い人だからではありません。彼らの経歴を見ても、ほとんどすべてが以前から党に忠実であり、党政策の実現のために長いあいだ闘ってきた人たちであります。言いかえれば、堅実な人たちで党の中核隊列がかためられていると言えます。それは、数日間、郡党委員会の幹部と話し合っても知ることができたし、また、里党総会に参加してもそのように感じられます。

 しかし、郡党委員会は、このようにかためた中核分子に対する活動を正しくおこないませんでした。郡党委員会内の各部署を十分に動かすことができず、郡人民委員会や民青、職業同盟などの大衆団体に対する活動も正しくおこないませんでした。

 郡党委員会も郡人民委員会と同じく、変化した新しい環境に応じてその活動を改めていません。

 新しい環境とは何でしょうか。郡党委員会が指導すべき対象は主として農村の党組織であります。ところが、農村がすべて社会主義的に改造されたために、農民は全部集団化された社会主義的勤労者となり、農村の党員はすべて集団化された社会主義的農業に従事することになりました。言いかえれば、すべての農民が、社会主義建設者となり、党員は社会主義的に働き生活する農民のなかで活動するようになったということです。

 いまでは個人農のときとは違って、すべての仕事を集団的におこなうようになりました。特に水利化、電化をおこなうために、農民は労働者と何ら変わらない集団的労働に長時間参加し、鍛えられました。そして、水利化、電化、機械化の課題が成功裏に実行されるにつれて、農民の労働と生活のすべての分野に大きな変化が起きています。農民の技術水準も意識水準もともに高まりました。

 組合が里単位に統合された結果、農民の生活にはさらに大きな変化が生じました。協同経営の規模が大きくなるにつれて、生産において人々が協力する範囲もさらに大きくなり、組合の経済管理もいっそう複雑になりました。

 人々のすべての生活は、主として労働生活の変化に伴って変わります。個人農のときに比べて、農民の労働生活にこのような大きな変化が起こったため、人々の意識も変わり、生活様式も変わりました。したがって、このような人々を指導する方法も変わらなければなりません。

 それでは、新しい環境は、郡党委員会の活動に、具体的にどのような変化を求めているのでしょうか。まず、党の組織体系からすれば、以前は面や里が、わが党の末端指導機関であったけれども、里が一つの協同組合に統合されて一つの生産単位となった現在では、郡党委員会が末端指導機関とならなければなりません。党中央、道党、郡党、その次には生産単位があるだけです。

 里党は、生産単位の初級党の性格をおびています。したがって、郡党委員会が里党に決定書や指示文を送り、統計などをとっているようではいけません。里党に直接おりていって活動を組織し、教育活動も直接おこなわなければなりません。

 郡党委員会では、指導機関だからといって格式ばり、あぐらをかいて部署をたくさん設けようとしていますが、これは正しくありません。いまの部署では少ないといって産業部、農業部をおくことを要求しており、最近では協同経営部までおくことを提起しています。しかし、党中央委員会常務委員会ではこれを承認しませんでした。

 私の考えではそうする必要がないと思います。幹部事業はすべて組織部でおこなうのがよいでしょう。もし、農村の幹部を郡党委員会の農業部が扱うようになれば、組織部の仕事がなくなってしまいます。直接、経済を組織運営する仕事は郡人民委員会の領分です。郡人民委員会の仕事を代行しない限り、なぜ産業部や農業部が必要なのでしょうか。郡党委員会には、財政と計画を取り扱うことのできる経済知識をもった人と、工業と農業に明るい人をそれぞれ一人ずつ選んで3人の経済指導員をおき、彼らが郡党委員長に直属して郡党委員長を技術、経済の面から補佐するのかよいと思います。

 郡党委員会の重要な任務はなんでしょうか。それは、生産単位の里党組織をしっかりとかため、党員を常にマルクス・レーニン主義と党の革命伝統で教育し、党の政策を党員のなかに深く浸透させ、里党組織や党員を社会主義建設に熱心に参加させるようにすることです。このようにして、すべての党員が、党規約に従って党生活をおこない、党の政策を実行する闘いで自分に課された任務を忠実に遂行するようにしなければなりません。

 すべての党員を動かさずに、里党委員長だけを相手にして活動しようとしてはなりません。郡党委員会では、里党委員長だけを呼び出し、まだ里におりていっても彼にしか会いません。このように、里党委員長だけを相手にして活動するので党員と広範な大衆の実状を知ることができず、また、里党委員長は上部の人だけを相手にするので、自分の仕事をする時間がなくなってしまいます。このようにしては、里党の活動に少しも助けになりません。

 郡党委員会が里党の活動を助けるためには、郡党委員会の組織部、宣伝部をはじめ、すべての部署の活動家が全部里におりていき、里党委員長とともに大衆のなかに入って活動状況を理解し、仕事を組織し、大衆を教育しなければなりません。

 里党の専従活動家は、委員長一人だけです。こんにち農村で最も重要な革命課題は、協同組合の生産を立派におこなうことですが、この重要な革命課題を一人の専従活動家だけに任せておいてよいでしょうか。この仕事には、郡党委員会全体が責任をもって取り組まなければなりません。

 郡党委員会の組織部や宣伝部では、里党の活動家をやたらに呼び出さないようにすべきです。組織部では里党委員会におりていって会議の指導や委員たちの任務の分担もおこない、宣伝部の活動家も扇動員たちと会い、彼らとともに大衆のなかに入って会読会や講演もおこなわなければなりません。

 このようにすれば、大衆の水準もはっきりと把握できるし、大衆にわかりやすい言葉で教育活動を効果的におこなうこともできます。このようにせず、里党委員長や扇動員を呼びつけては指示を与え、講習を受けさせて帰すようでは、相変わらず仕事が形式的になり、党の政策が大衆のなかに浸透しないでしょう。地方産業工場を指導するのも、里党を指導するのと同じように、郡党委員会の指導員が直接出向いて活動すべきであります。

 このようにすれば、郡党委員会が活動を通じて里党の幹部を十分理解し、教育することもでき、中核分子を掌握することもできます。

 いま里党委員会は、里内の作業班の実態を十分に知らず、郡党委員会はそれ以上に里の仕事を知らないありさまです。

 郡党委員会では、里の幹部を完全に掌握していなければなりません。組織部の指導員が里をいくつかずつ担当し、日常的に指導しなければなりません。組織部に指導員が5人いて、一つの郡に20の里があるとすれば、指導員一人が4つの里を受け持って指導すればよいわけです。組織部の指導員が足りなければ宣伝部の指導員にも担当させればよいでしょう。

 里党委員長、管理委員長、初級党委員長など里内の党員幹部が15〜20人いるとすれば、4つの里としても60〜80人にしかなりません。もし、毎日3人ずつ会って話し合い教育するとすれば、ひと月に1回ずつはすべての里の幹部を具体的に指導することができます。こうすれば、郡で里の幹部を手にとるようによく理解することができ、里内の活動を正確に掌握することができるでしょう。

 宣伝部の指導員も里をいくつか受け持ち、里内の宣伝活動家と日常的に会って彼らを理解し教育すべきであり、彼らの政治水準をたえず高めるように努力しなければなりません。

 もし、郡党委員会が3〜4年間このように活動するなら、里内の幹部だけでなくすべての党員を一人残らず十分理解するようになり、彼らの中からより多くの中核分子を育て上げることができるでしょう。

 すべての里に中核的な党員が増え、彼らが大衆のなかで前衛的な役割を果たすようになれば、里党委員会の活動全般に大きな変化が起こり、大衆がすべて動くようになるでしょう。

 党活動の基本は、幹部事業です。幹部をたえず理解し教育し、中核分子をたくさん育てることが最も重要です。

 しかし現在、郡党委員会では、郡人民委員会がなすべき行政活動を代行しており、組織部と宣伝部は統計をつくり、通報などをつくる文書室の役を務めています。

 郡人民委員会内の党員を奮い立たせて、人民委員会の活動を保障しなければなりません。郡人民委員会よりはるかに少ない定員で構成される郡党委員会が、どうして郡人民委員会の活動を代行できるでしょうか。統計をつくるにしても、必ず党でつくらなければならないものだけを作成し、そのほかのものは郡人民委員会につくらせるのがよいでしょう。

 もともと、統計や通報をたくさんつくる必要はありません。通報を見なくても、下部の実情がわかるように生きた指導をしなければなりません。ところが、いま道では見もしない通報をやたらにつくれといっては、下部の人に苦労をさせており、彼らに本来の活動をする時間を与えていません。昨年、皆さんは、通報を63件、統計を24件つくって道党委員会に提出したと言っていますが、これはすべて不必要なことです。年に1回党員の統計でも提出すればすむことであり、定期的に通報しなければならないというものも、主に入党、除名など党の内部活動に関するもので、そのほかは特別に大きなことが生じて上部に報告する必要があるときだけでしょう。口頭や電話ですむことまですべて文書をつくる必要はありません。

 不必要な文書づくりはやめるべきです。机の上で、鉛筆をもっていくら生産を高めようとしても無駄です。問題は、大衆を動かすための具体的な指導をおこなうことです。形式主義を捨てて実のある仕事をしなければなりません。

 郡党委員会の活動を強めるためには、必ず、すべての活動で政治活動を優先させなければなりません。農業を発展させるにせよ、地方経営工業を発展させるにせよ、重要な革命課題を遂行するためには必ず政治活動を優先させなければなりません。

 政治を優先させるということを、課題が提起されたときに会議を開いたり、講演会をおこなったりすることと考える人が少なくありません。もちろん会議で課題を討議し、講演会で大衆に党の政策を解説することは、いずれも政治活動であり、政治を優先させる重要な方法であります。しかし、これだけでは足りません。

 政治を優先させるためには、何よりもまず、郡党委員会や郡人民委員会の活動家と、農村または地方産業工場の党員に、わが党がうちだした当面の革命課題の本質とその実行方法に対する認識を徹底させなければなりません。

 そして、党員にこの課題を遂行するためのより具体的な方法を十分討議させて、彼らが大衆のなかに入っていき、党の政策を解説し浸透させ、大衆とともにその課題を解決する具体的方法を広く討議するようにし、こうした討議にもとづいて、各党員に綿密な任務の分担をおこなわなければなりません。

 一言でいえば、政治を優先させるということは、すべての党員と大衆に党の政策を深く認識させ、彼らが革命課題の遂行方法を大衆的に討議し、高度の政治的自覚をもって、革命課題を実行するために積極的に奮起するようにすることです。

 いかなる事業も大衆が動かなければ遂行できません。大衆が動かないのは、彼らが党の政策をよく知らず、行動の指針を正しく理解していないところに原因があります。

 命令や指示だけでは、大衆を動かすことはできません。提起された革命課題のもつ意義を十分に解説せず、また、それを実行する明確な方法を教えずに行政的に押しつけるだけでは何ごともできません。

 党活動では、行政的な方法ではなく、徹底して説得と教育の方法に依拠しなければなりません。いま仕事がうまくいっていない主な原因は、郡党委員会が大衆にはわかろうが、わかるまいが、頭から押しつける行政的な方法で活動しているところにあります。

 わが党は、大衆の利益のために闘う前衛部隊であるから、大衆の模範となり、大衆を説得し教育し、彼らが党の政策を実現するために奮い立つようにしなければなりません。

 党員を動かすためには、常に彼らに任務を分担し、その水準に適した教育をおこなわなければなりません。党員に党の任務が分担されないときには党員としての役割を果たすことができず、党活動から遊離するようになります。したがって、党員には、例え、大きくない課題でも、必ず具体的な党の任務を分担させ、その実行を通じて点検し、鍛え、教育すべきです。

 党員の教育は、具体的におこなわなければなりません。.労働に熱意を示さない人に向かって、「君! 精を出して働きたまえ、わかったかね」というふうに押しつけてはなりません。相手の意識水準と環境、性格、趣味などをすべて十分考慮して、はじめは単純なことから始めて次第に複雑な問題に至るまで、一つ一つ教え諭すべきです。教育の根本目的は党員を革命闘争に奮起させることであるから、教育活動は必ず当面の革命課題と結びつけ、党員の実際の行動にあらわれた長所、短所と結びつけておこなわなければなりません。

 次に、一言述べたいことは、郡党委員会の集団指導を強化しなければならないということです。郡党委員会と郡党執行委員会がその役割を正しく果たそうとすれば、必ずすべての活動において集団の知恵が発揮されるように協議制を強化しなければなりません。

 上級党機関の決定や指示が下達されれば、郡党執行委員会または協議会を開き、党の決定や指示の内容について討議し、それを郡の実情に即して実現する具体的な方法を討議すべきです。もし、その仕事が主に郡人民委員会で実行すべきものであれば、郡人民委員会の党組織の会議を開いてさらに集団的に討議すべきであります。次に、郡人民委員会を開いて総合された意見を出して討議し、直接仕事に取り組むために党員、非党員を問わず、すべての大衆に党の政策を解説し浸透させ、具体的な闘争方法を教え、任務を分担しなければなりません。

 郡人民委員会がこのように仕事を組織した後には、郡党委員会はこの仕事を裏打ちするために里に出向かなければなりません。郡党委員会では、郡党委員会の指導員に活動の内容と解決方法をはっきり教え里に出向かせて、里党委員長とともに里内のすべての党員に革命課題の内容とその遂行方法を十分に解説するようにすべきです。

 これは、郡党委員長一人ではできません。集団的指導機関である党委員会が動き、執行委員会が動かなければなりません。郡党委員会の活動家がすべて動かなければなりません。

 次に重要なのは、幹部の指導水準を高めるために党政策の教育を強化することであります。大衆を指導するためには、大衆の知らないことを教え、常に大衆に正しい道を示すことができるよう、党の政策に精通していなければなりません。そして、複雑な問題がもちたされたときにも、党の政策にもとづいてそれを正しく処理する方法を学ばなければなりません。

 郡党委員会の指導員が里にいって里党委員長の活動を助け、里党で困っている複雑な問題を正しく解決できる能力をもっていてはじめて、文字どおり、指導員としての役割を果たすことができます。現在は、郡党委員会の指導員が里党の活動に大きな援助を与えていません。

 指導員の水準を高める最も重要な方法は、まず彼らに党中央委員会の決定や指示をよく解説して党中央の意図を正しく理解させることです。党の政策は、常に我々の行動の指針であり、ことの正否を見極める基準となります。党の政策に精通していれば、里に出向いて仕事を指導する場合、どれが党の政策に合致し、どれが合致しないかを見分けることができ、大衆に正しい方向を示すことができます。

 指導するために出向いた人が、党の政策について質問を受けても満足に答えることができず、ある問題が提起され、その是非を判別してくれと言われても、すっきりした回答を与えることができないようでは、どうして指導員の資格があると言えるでしょうか。

 革命は日ごとに発展するので、我々の思想も発展し、党の政策も発展します。党中央ではたえまなく発展するわが国の現実を研究し、それに適応した新しい政策を立てます。

 わが党の政策は、わが国の現実に適用したマルクス・レーニン主義です。マルクス・レーニン主義の書籍をいかに多く読んだとしても、わが党の政策を研究せずには文章は書けず、活動を指導することもできません。

 指導員は、党の政策を系統的に研究しなければならず、党がうち出した新しい政策をいち早く知っていなければなりません。党の政策をよく知っていれば視野が広くなり、問題を正しく見ることができ、確信を持って大胆に活動を展開することができます。

 党中央委員会の指導員が郡党の活動家より水準が高いのは、郡党の委員長のなかから指導員を選んだからではありません。彼らのなかには、以前に郡党委員長をしていた人もいますが、そうでない人もたくさんいます。党中央委員会の指導員が郡党の活動家よりも水準が高いのは、彼らが党中央の意図をよく知っているからです。

 党中央はわが党のすべての活動経験を総括しますが、郡党は郡単位の活動経験をもっているだけです。もちろん、郡党は郡単位の活動経験を総括するので、里の仕事を受け持っている里の幹部より郡党の活動家の視野が広くなければならないのは当然のことです。しかし、我々が日常的に党政策について討議し研究しないならば、全党の闘争経験はおろか郡の経験もよくわからなくなり、結局、里の幹部を指導できる広い視野をもつことができなくなるでしょう。

 いま、党中央では、指導員の教育に大きな関心を払っています。党指導部では、指導員に適時に党の政策を教えています。

 以前には朴昌玉のような者がいて、党の政策は知らせようとせず、よその国の新聞や雑誌に載ったことばかりもちだして話したため、指導員に対する教育が正しくおこなわれませんでした。彼らは、文章を書いても難しい術語を使い、いろいろな命題をたくさんならべたてました。このような文章は知らない人にはたいしたもののように見えるけれども、実は内容がからっぼなものです。これは、マルクス主義の内容は何も知らないのに、空虚な言葉だけで騒ぎたてるものであり、スイカの中身が甘いか、苦いか食べてみもせず、スイカの皮だけをなめているのと同じことです。我々がおこなうすべての活動は、ことごとく、わが国の革命に関連したことであるのに、わが党の政策を知らずに難しい術語などを使っておしゃべりばかりしていて何の役に立つでしょうか。党の政策を知らず、自分の仕事の内容も知らない者は自分自身の見解は何一つもっていないので、結局、他人のものを教条主義的に真似て仕事に弊害を及ぼします。一言でいってこのような連中は、主体性の確立していない者たちです。

 主体性というのは、すべてのことをわが国の実情に即しでおこない、マルクス・レーニン主義の一般的原則と外国の経験をわが国の実情に即して創造的に適用していくことを意味します。

 朝鮮革命をわが国の実情に合うように立派に遂行することは、朝鮮の共産主義者の任務であり、これはまた、我々が世界の共産主義運動に貢献する道であります。我々のなすべきことは、人民の幸福と繁栄のためにわが国に社会主義を建設し、わが国の政治、経済、文化を発展させることです。ところが、自国の社会、自国の人民、自国の歴史、自国の革命伝統や文化の伝統を知らずして、どうして自国に適した革命をおこなうことができるでしょうか。また、自分のものを軽視し他人のものばかりよいという人が、どうして自分のものを発展させることができるでしょうか。

 ひところ、一部の芸術家は、わが国の民族楽器は未開で発達しておらず、楽譜も利用できないといって、これを捨てさろうとしました。我々は、このような見解を強く批判しました。外国のものばかりよいといっていた朴昌玉のような者が宣伝部に居座っていたため、党の文芸政策が正しく貫かれなかったのです。わが国の民族楽器は、朝鮮人民の感情によく合います。にもかかわらず、どうして我々がこれを捨てなければならないのでしょうか。また、朝鮮の民族楽器だから楽譜に合わせることができないというのも筋の通らない話です。問題は、民族芸術をさげすむ間違った思想観点にあります。

 朝鮮革命をおこなうという人が、朝鮮の具体的な現実から出発しようとせず、また自分のものをないがしろにし、外国のものばかり真似ていて、自国革命の主人としてものごとをどう独自的に考えることができるでしょうが。ひとの真似ばかりしていては、最後には自分自身の考えは一つもなくなり、新しいものを考え出す能力も失ってしまうでしょう。例えば、怠け者の学生が文章を書くのかいやだからといって自分で書かず、他人の手をかりて書いてばかりいると、結局、彼はいつまでたっても文章が書けなくなるでしょう。我々の革命活動でも同じことです。自分の活動で主体性を確立せず、他人に依存し他人の真似ばかりしていたのでは、何の創意性も生まれません。

 主体性確立の問題を提起して以来、人々の思考方式が変わりました。いまでは、すべての人が自分の実情に即して仕事を進めているので、以前には想像もできなかった多くの創意性が生まれています。

 我々は、党の幹部と党員が創意を発揮できるように教育しなければなりません。彼らが党の政策に精通し、自分に与えられた任務を実行する際、独自に思考して事業を発展させることができるようにならなければなりません。里党委員長は、郡党委員会の直接の指導と援助がないときでも、党政策に従って独自に活動できるようにならなければなりません。

 郡党委員長は、指導員を里に派遣して常に里党委員長の活動を助けるとともに、たびたび里党委員長に会って党の政策を知らせ、活動方法を教えなければなりません。

 郡党委員会の責任ある幹部はまた、指導員に活動方法をよく教えるべきです。報告や通報を書かせるときでも、どのように書くかという方向を必ず示さなければなりません。それでもうまく書けないときは、自分で書いて見せて親切に教えなければなりません。ところがある部長などは、自分は一度も手をつけず、指導員が書いてきたものを10回も没にしたそうですが、このようにしては指導員の進歩はのぞめません。

 郡党委員長は、『労働新聞』『勤労者』『党生活』などで、党の政策を解説したものを深く研究すべきであり、自分だけが知るのではなく、里に出向く指導員たちをたびたび呼んで十分に教える必要があります。

 郡党委員長自身が自分の水準を向上させるためにたえず努力しなければなりません。郡党委員長は必ず自分の活動を総括し、その経験を一般化すべきです。郡党委員長は多くの活動をしていますが、それを分析せず経験を一般化しないため、早く向上できないのです。自分の経験を一般化して、道日報や中央の新聞にも寄稿し、また、総括報告などは必ず委員長自身が書かなければなりません。報告には、自分の考えていることが反映されなければなりません。文章の推敲は下部の人に任せるとしても、報告の内容は委員長が直接書くべきです。そうすれば、自分のおこなった活動について深く考えるようになり、また文章を書くにはおのずと党の文献もいっそう深く研究し、参考書籍なども見ないわけにはいかなくなるので、政治理論水準も文章力も向上するでしょう。

 郡党委員長や郡人民委員長が、重要な会議を自分で直接準備せず、報告や決定書を他人に書かせていたのでは会議がうまくいくはずがなく、活動の成果や欠陥を正しく総括することもできません。このような活動方法はすべて、かつての官僚主義者がやっていた古い活動方法です。

 一般的に、自分の活動を理論的に分析し総合する仕事が正しくおこなわれていません。それゆえ、党の政策をどのように自分の活動に具体化するがという理論闘争が活発におこなわれていません。幹部と党員の理論水準を向上させるためには、党の政策を自分の活動と結びつけて活発に論争する雰囲気がつくりだされなければなりません。このような論争を通じて党の政策を理論的に深く理解し、自分の活動で教条主義をなくすことができます。我々が共産主義運動を始めた初期には、論争が非常に激しくおこなわれました。我々は、論争を通じて自分の確固とした見解を確立したのです。

 現在、我々のおこなっている活動はすべて革命活動です。党の政策を自分の地方の実情に合うように実行することは容易なことではありません。もし、党の政策を深く研究し、仕事をより立派におこなおうと努めるならば、そこから多くの疑問が出てくるでしょう。このような疑問を必ず論争を通じて解決し、集団の知恵を引き出して正しい行動方針を決定するようにしなければなりません。

 皆さんは、新聞をよく利用していません。かつて我々が日本帝国主義と戦ったときは、新聞がいくらもありませんでした。当時、我々は新聞を一枚手に入れれば、社説などで長いあいだ繰り返し討論し、教育活動をおこないました。新聞を机の上に積んでおくだけでは活動に何のたしにもなりません。

 郡党委員会の活動を強化するためには、民青、職業同盟などの勤労者団体を活発に動かす必要があります。民青や職業同盟などは、いずれもわが党を助ける組織であります。これらの勤労者団体は、党と大衆を結びつけるうえで重要な役割を果たしています。

 特に、農村での民青組織の役割は大きいものがあります。民青員のなかには、党員に劣らず革命性と階級性が強く、わが党に極めて忠実な人がたくさんいます。このような人たちは我々の中核分子であります。こうした積極分子を革命課題の遂行に積極的に立ち上がらせなければなりません。生産において青年の熱意を高めるばかりでなく、文化革命の遂行に青年を積極的に引き入れるのは非常によいことです。青年のあいだで技術水準と知識水準を向上させ、共産主義教育を強化する活動に、民青組織を積極的に奮い立たせる必要があります。

 最後に、党員の共産主義教育を強化することについて若干述べようと思います。共産主義教育の内容については既に何度も話していることなので、ここでは繰り返しません。我々は、マルクス・レーニン主義の理論を身につけるばかりでなく、共産主義者の革命精神と道徳的品性を備えるように努力しなければなりません。

 古い階級社会に代わって新しい社会主義社会が建設されましたが、社会を動かしていく人々の思想はまだ共産主義的に完全に改造されてはいません。勤労者の意識的な闘いによってのみ、社会主義・共産主義を建設することができます。古い思想の残りかすは、我々の前進を阻む大きな障害であります。人々の頭から古い思想の残りかすを一掃し、彼らを一人残らず共産主義思想で武装させなければなりません。こうすることなしには、我々が既にかちとった社会主義の獲得物を強固にすることもできず、早く前進することもできません。

 他の会議で既に多くのことを話しましたので、以上、いくつかの問題についてだけ話しました。皆さんの活動には大きな成果がありましたが、まだその活動は新しい環境に即して進められていません。それゆえ、江西郡党組織に提起される最も重要な課題は、党中央委員会12月拡大総会の精神にそって党活動を決定的に改善し、農業に対する指導を強化し、穀物をはじめ・農産物の生産で新しい大きな発展をもたらすことです。

 私は、皆さんがこの会議を契機に、党内活動や人民委員会に対する指導だけでなく、人民経済の発展のための闘争で新しい大きな成果をおさめるよう望むものです。
                                                
出典:『金日成著作集』14巻


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