金 日 成

平安北道党組織の任務
 平安北道党代表者会議でおこなった演説
−1956年4月7日− 


 私は、党中央委員会政治委員会の決定により平安北道党代表者会議に参加することになりました。私はまず、党中央委員会の名で、平安(ピョンアン)北道党組織の活動と、この代表者会議に参加した代表のみなさんの活動で大きな成果が達成されたことにたいし、お祝いのあいさつを送ります。

 平安北道党組織は、これまで党中央委員会の指導のもとに、基本的に正しい方向で活動してきました。道党委員会の活動総括報告にも指摘されているように、平安北道党組織は、全党員と勤労大衆を党中央委員会のまわりに団結させ、党中央委員会がうちだした路線と政策を党員と勤労者のなかに深く浸透させ、かれらを党政策の貫徹に立ち上がらせる活動で大きな成果をおさめました。我々は、道党組織が総括期間に、党内外の正しくないすべての傾向と強い闘争をくりひろげて、党隊列の行動の一致と思想的統一を保ち、政治、経済、文化の各分野で社会主義建設にたいする党の指導を基本的に順調に遂行したと認めます。

 このような成果がある反面、道党組織の活動には、多くの欠陥があることも認めなければなりません。

 私は、党中央委員会が平安北道党委員会から受けた活動報告の内容と、この会議で討議された内容にもとづいて、平安北道党組織に提起される重要な任務について述べようと思います。


 1 党組織の組織的・思想的強化のために

 1 党の組織活動について

 周知のように我が党は、解放後、我が国の当面した具体的な情勢に対応して労働者、農民、勤労インテリの先進分子をより多く入党させ、共産党を狭い範囲から大衆的範囲に拡大する方針をとりました。そして我が党は、小ブルジョア的政党であった新民党と合同し、大衆的政党としての朝鮮労働党に発展することになりました。

 党のこのような組織路線は、最も正しいものでした。それは、朝鮮革命の遂行にあたって誰が大衆を多く獲得するか、労働者階級が獲得するか、それともブルジョア階級が獲得するかによって、誰が勝利者となるかという問題が決定されるからです。当時、我が党を朝鮮労働党に発展させたことは、朝鮮革命の要請に完全に合致するものであり、朝鮮革命を正しい方向へ導くうえで決定的な意義を有する対策でした。

 平安北道の党組織も、党中央の指導のもとに、党を大衆的政党に発展させる活動を基本的に正しく進めてきたため、いま、その傘下に12万8157名の党員を擁するようになりました。これは、道党組織が党中央の組織路線にもとづいて活動していることの明白なあらわれであります。

 しかし、道党の組織活動には欠陥もかなりあります。

 平安北道の党組織は第2回党大会以後、こんにちにいたるまで1万8000人にのぼる除名者をだしました。私の考えでは、これは非常に大きな数字です。これを年割りにすると、毎年2250人の党員を除籍したことになります。これは、なにを意味するでしょうか。無原則に入党させ、無秩序に除籍したことを意味します。したがって、党の組織活動と党建設の活動は健全におこなわれませんでした。

 党は組織された部隊であって、はたご屋ではないのですから、このように無秩序に入党させたり、除籍したりする法はありません。党員を受け入れるとき、党規約に規定された手続きにしたがって、その人が党員になれるかどうかを慎重に検討せずに入党させたり、または党員になる十分な準備をさせずに入党させたり、さらには入党した党員がかんばしくないからといって、無秩序に除籍するようでは、党組織が健全に成長することはできません。粛党でない限り、どうして8年間に党員総数の15%に当たる除名者をだせるでしょうか。これは大きな誤りです。これは、道党組織が党勢拡大を無責任におこなってきた結果です。

 誰でも入党するときは喜ぶけれども、除籍されれば不満をいだきます。なんのために、いたずらに不平分子をつくりだす必要があるでしょうか。いっそのこと、入党するほどの資格のない人であれば、しばらく待たせて教育する方がよかったはずです。そうすれば、そういう人も不満をもたなかったはずであり、入党資格をそなえるためにいっそう熱心に努力したことでしょう。

 仕事をこのようにしなかったため、除名された人は、いい場合でも不平分子となり、最悪の場合には敵対分子になっていることでしょう。みなさんは本当に無益なことをしました。これは、許カイが党を破壊した行動と五十歩百歩です。

 後退後に許(ホ)カイは、党中央にいて多くの党員を処分に付しました。当時、60万の党員のうち45万人が処分を受けました。敵の目を避けるために、わずかのあいだ党員証を埋めたような場合でも処分を受けました。これは、党を瓦解させ解消する行動でした。平安北道の党組織は、いまだにその影響を一掃していないようです。

 こういうことがないようにするためには、まず、党員を受け入れるときに慎重を期さなければなりません。一部の人は、規約草案を討議する際、候補期間を長くしよう、推薦人を増やそうと言いましたが、それも考慮する必要はあります。しかし、問題はそこにあるのではありません。それよりもっと重要なのは、初級党委員会から郡党委員会、道党委員会にいたるまで、新入党員の受け入れ準備を周到におこなうことです。候補期間を長くすればひとりでに立派な党員になるわけではありません。受け入れるときに入党対象者を慎重に検討し、かれに任務を与え活動を通じて訓練し、綱領と規約を十分に理解させ、党の路線と政策をたゆみなく教えながら、1、2年教育した後、点検された人を個別手続きによって入党させなければなりません。こうして、はじめて我が党に不純分子、偶然分子、利己主義分子が入れないように未然に防ぐことができます。入党させた後で、少々間違ったことをしたからといって除籍するのは正しくありません。

 我が党は、我が国の労働者階級と全勤労大衆の組織された前衛部隊です。革命を指導し、人民大衆を指導する党組織が、どうして党員を無原則に受け入れては、好ましくないからといって簡単に除籍できるでしょうか。入党させた以上は、誤りをおかさないように忍耐強く教育すべきであり、たとえ誤りを犯したとしても、それを改め、より忠実な党員になるよう援助しなければなりません。

 党は、常に子供を育てる親のような気持で党員に接しなければなりません。子供を育てる親として、子供が間違った道に踏みこまないようにこまかく気をくばらない人はいません。子供が川にいって溺れはしないか、道ばたで車にはねられはしないか、嘘をつきはしないかと、常に気を使うはずです。

 党の組織活動もまさにこのようにおこなうべきであり、党員の性格や思想的動向、長所と短所をよく知り、かれが大きな誤りをおかさないように日常的に注意深く見守ることが必要です。党は、党員に党の路線と政策を教え、活動上の欠陥をそのつど是正させなければなりません。かれが酒を好む人なら、飲みすぎをしないように忠告を与え道徳的に腐敗しないようにさとし、ブルジョア思想の影響を受けるおそれがあれば、あらかじめ手をうって、そのような影響を受けないように助けなければなりません。このように党組織は、党員のうち誰一人悪い道に走ることのないように注意を払い、すべての党員を常にあたたかく見守らなければなりません。

 しかし、忠告を与えても聞かずにひきつづき悪い道に走ろうとする党員がいれば、そのまま放任せずに、その道からぬけだすように、さらに積極的な援助を与えなければなりません。例えて言えば、家族の者が病気にかかれば、それが感冒か、胃腸病かを診断してそれに適した薬を使うのと同じように、党員が誤りを犯したときは、その原因を究明してその誤りを是正するよう、効果的な同志的援助を与えなければなりません。人が病気にかかれば、それを治すように努力すべきであって、役に立たないからかますに入れて共同墓地へ運びだす、というようなことにでもなれば、そのような行動は誰からも反対され非難されるでしょう。

 党員の思想上、または行動上の欠陥を直すために同志的な教育を与えること、これが党員にたいする我が党の基本的態度であります。平安北道の党組織が第2回党大会以後こんにちにいたるまで、多数の除名者をだしたのは、とりもなおさず党組織が親の気持ちで党員に接せず、党の組織活動に慎重さを欠き、それを軽率におこなった結果であると見る以外にありません。

 以上で指摘したような欠陥を是正するために、平安北道党組織は、党の組織活動を改善すべきであり、道・市・郡党委員会の組織部の活動を強化する必要があります。

 各級の党委員会は、キャンペーンにのみ没頭すべきではなく、常に党の組織活動と思想活動に主な力を向けなければなりません。そして党の指導機関は、党員や党幹部が正しく活動しているか、そうしていなければ原因はどこにあるか、活動に積極的か消極的か、党学習をよくおこなっているかどうかなど、党員の活動と生活にたいして常に細心の関心を払い、それに適した指導と援助を与えなければなりません。これはもちろん、朴永彬(パクヨンビン)のように密偵式の組織活動をせよというのではありません。密偵式は、日本の刑事や警察がやっていた方法です。道・市・郡党委員会は、組織活動をそのようにおこなってはなりません。また、組織活動は、決して党員証を登記したり、処分統計を作成したりするようなことで済ますわけにもいきません。

 党組織部は、党員を統制し教育し、日常的に党員の思想的動向を掌握し、その活動と行動を指導しなければなりません。これは、党の組織活動の基本であります。ところが、平安北道党組織の組織活動にはこうした面が欠けています。したがって今後、各級党委員会の組織部の活動を上に指摘した方向で改善することが必要だと考えます。

 次に、行政機関と経済機関にたいする党の指導について若干述べようと思います。

 発言者たちは、道党委員会をはじめ各級党機関が、政権機関と経済・文化機関の活動にたいして具体的な党的指導をおこなっていない点を指摘しました。私の見たところでも、これは事実のようです。

 みなさんも知っているように、我が党は、朝鮮人民の政治的領袖であり、祖国と人民を幸福の道へ導く指導者であります。党は、政治、経済、文化など、我々の生活のすべての分野で組織的かつ指導的役割を果たしています。政権機関と経済・文化機関、大衆団体などは、党の指導のもとに大衆のなかで党の路線と政策を実行します。政権機関と経済・文化機関の活動が正しくおこなわれなければ、党の路線と政策の実行で大きな障害となることは言うまでもありません。ところが一部の党機関では、いまなお、政権機関と経済・文化機関の活動にたいする指導をおろそかにしています。

 先ごろ、中央が平安北道人民委員会の活動を集中的に点検したところによると、多くの欠陥があらわれています。ところが、平安北道党委員会は、政権機関の活動にあらわれた重大な欠陥にたいして、深刻な党的責任を感じるのではなく、すべてが道人民委員長ひとりのためにうまくいかなかったかのように言っています。これは正しくありません。このような傾向は、党が政権機関の活動にたいして政治的責任を負おうとしない態度であります。

 党機関が政権機関の活動にたいして傍観的であったり、特に、その活動を指導し援助せずにうしろにひかえていて、誹謗するのは非常によくない態度であります。

 平安北道人民委員会の活動が正しくおこなわれなかったとすれば、それは当然、政権機関の活動にたいする平安北道党委員会の指導に誤りがあったものと評価されなければなりません。これまでの経験は、道人民委員会や郡人民委員会の活動が正しくおこなわれていないところでは、多くの場合、党組織がそれを黙認したか、あるいはなれあいになって正しくない行動をとったか、いい場合でも党的指導が不十分であったことを示しています。このいい場合にしても、問題は極めて重大です。ところが、一部の党活動家は、政権機関や経済・文化機関の活動がうまくいかなければ、それはその機関で働いている人たちに活動上の誤りがあったためで、あたかも党活動家には責任がないかのように考えています。問題をこのように評価するならば、行政機関で働く党員がいるでしょうか。党機関で活動する党員も労働党員であり、工場、学校、協同組合、政権機関で活動する党員も同じ労働党員です。活動の分野はそれぞれ違っていても、党の路線と政策を実践する点では達いがありません。党機関で働く人の活動だけが党のための活動であり、政権機関や経済・文化機関で働く党員の活動は党のための活動でないと言えるでしょうか。そういうことは、とうていありえません。すべてが、党のための活動であり、革命のための活動であります。我々は、このことについて明確な認識をもたなければなりません。

 政権機関やすべての経済・文化機関の活動の成果は、各部門で働いている党員の熱意と責任感にかかっており、党組織の役割にかかっています。にもかかわらず、どうして党機関で活動する人たちが、自分はなにもせずに、政権機関や経済・文化機関で活動する党員の活動をただ評価したり、そしったりしていられるでしょうか。そういうことではいけません。道・市・郡党委員会は、必ず政権機関や経済・文化機関の活動に日常的に細かく心をくばり、それにたいする党の指導を強めなければなりません。

 党機関が政権機関の活動を責任もって指導せよというのは、政権機関の仕事を代行して独断的にふるまえということでは決してありません。党が政権機関の活動を指導するというのは、その機関の党グループを通じて党の路線と政策を正しく浸透させ、その機関の党員を党政策の貫徹のために奮い起こすことを意味します。

 道党委員会はまた、経済機関にたいする指導においても、工場、企業所の生産過程にまで浸透することができず、うわべだけなでまわしているような有様です。勤労者の生活や働きぶりがどうであり、生産がどうなっているかという問題は、党の日常的な関心事とならなければならず、指導の対象とならなければなりません。責任幹部が車で工場を見てまわったとか、あるいは道党委員会や郡党委員会が会議を開いて生産問題をとりあげたからといって、その指導がすんだわけではありません。要は、会議で討議し決定することだけにあるのではなく、決定された問題の実行を組織し、その実行状況を指導し点検することにあります。しかし、いまなお一部の党組織では、経済建設にたいする指導を形式的におこなっています。

 このように、経済活動にたいする指導が形式的におこなわれている主な原因は、党活動家に経済知識が欠けていることにあります。経済知識がないために、工場に指導に出かけることさえしりごみする幹部が少なくありません。それゆえ党の幹部は、誰もが経済知識を学ばなければなりません。学ぶことは、常によいことです。知らないものを学ぶからといって、道党委員長や郡党委員長の権威が落ちることはないはずです。一部の農業協同組合管理委員長は、農業技術や先進営農方法にかけては作業班長や個々の組合員より知らないこともあるでしょう。もし、広条播について知らなければ、それを知っている作業班長や組合員から学ぶべきです。学ぶときは学生であっても、学んでからそれを実行するときは幹部になれるのです。

 次に強調したいのは、各級の党および政権機関の活動において集団指導を強めることです。

 ことわざに“靴屋も3人寄れば諸葛亮をしのぐ”というのがあります。また、“盲も3人寄れば手紙が読める”というのもあります。これは、集団の知恵が活動のなかでいかに大きな力を発揮するかをいったものです。

 道・市・郡党委員会や人民委員会は、いずれも集団的指導機関であります。ところで、集団指導を十分保障するためには、まず委員会をしっかりと固めなければなりません。党および政権機関の各級委員会は、党と国家に忠実で有能な活動家で構成すべきであり、そこには、労働者、農民、経済活動家、技術者、それに文化人も参加しなければなりません。そうなってはじめて、委員会で立派な創意的な意見がだされ、いろいろな問題にたいして正しい判断をくだすことができます。かりに、経済と技術を全く知らない人たちが集まって経済問題や技術問題を討議することになれば、そこからどんな立派な意見が出るでしょうか。出てこないのが当然です。

 集団指導というのは、集まって会議を開き、公認の「権威者」たちが発言し、あらかじめ用意しておいた決定書を通過させるようなことを意味するのではありません。集団指導というのは、広範な大衆の創意にもとづいて、その指導機関のメンバー全体の積極的な参加のもとにすべての問題を審議し処理し、すべての人の能力と才能を最大限に発揮させることを意味するのであり、ある一個人の意見や主張によって仕事が独断的に処理されないようにすることを意味します。

 平安北道党委員会の活動には、この点においても欠陥があるようです。道党委員会総会はごくまれにしか招集されず、多くの場合常務委員会をもってそれにかえ、道党検査委員会は新義州(シンイジュ)市内にいる幾人かの委員だけが集まって、問題を処理してきました。これは、道党の活動に集団指導がまだ徹底的に具現されていないことを示しています。今後、道内の各級党組織は、集団指導を決定的に強化する必要があると認めます。


 2 党の幹部事業について

 平安北道党組織では、幹部事業も正しくおこなわれていないようです。特にインテリにたいして部分的に正しくない態度をとっているようです。

 宣川(ソンチョン)高級中学校の校長が発言したように、一般的にインテリ、特に教員の役割を過小評価し、白眼視し、かれらに当然払うべき関心と配慮をめぐらしていません。これは、我が党のインテリ政策に反しています。

 党中央委員会は、インテリ、特に日本帝国主義下で教育を受け、かれらに奉仕したインテリにたいして正しい態度をとるよう常に強調してきました。我々は、すでに大衆的政党としての労働党を創立した当初から、この問題を提起してきました。

 一部の人は、インテリが過去、日本帝国主義に奉仕したからといって、かれらを非難しています。かれらが、日本帝国主義のために忠実に奉仕したのか、それとも生きてゆくためにやむをえず奉仕したのかを区別せずにとがめます。これは正しくありません。

 我々は、過去に日本帝国主義者や地主、資本家に奉仕したインテリを一律に見るべきでなく、区別して見なければなりません。それは、古くからのインテリのなかには、日本帝国主義の手先となって、祖国と人民に背き、日本帝国主義者や地主、資本家にこびへつらい、官職についてかれらの搾取を意識的に助けた者がいる反面、絶対多数のインテリは日本帝国主義を助ける気持はなかったが、生きていくためにやむなく日本帝国主義者の経営する会社や教育機関に服務した人たちであるからです。

 前者のインテリについて言うならば、過去と現在とを問わず、かれらは朝鮮人民の憎悪の対象であり、敵であります。そういう連中は、すでにほとんど全部、我々の隊列からいなくなりました。かれらは、かつて自分らが犯した罪悪にたいする懲罰を恐れ、解放直後に敵側へ逃亡しました。

 古くからのインテリの圧倒的多数について言うならば、かれらは解放前、人民の政権もなく、党もなく、かれらを人民に奉仕するよう民族意識と階級意識にめざめさせ、奮起させるだけの十分な条件がなかったため、餓死をまぬがれるためにやむをえず日本帝国主義者や地主、資本家に奉仕したのです。いずれにせよ、日本帝国主義に奉仕したということ自体は、もちろんよくないことです。しかし、当時の状況においては仕方がなかったのです。

 解放後、我が党が結成され、人民政権が樹立されてはじめて状況が根本的に変わりました。このときから、インテリは、我が党の指導のもとに労働者階級の側に立ち、教員は教員として、技師は技師として、芸術家は芸術家として祖国建設にすべての知識と才能を尽くせるようになりました。かれらは、帝国主義と地主、資本家の恥ずべきくびきから脱したばかりでなく、労働者、農民の信頼すべき同盟者として、新しい社会の建設と勤労人民の幸福のため、誇らしい精神労働に従事するようになりました。

 このように、こんにち、我が国のインテリの立場は変わり、その性格も変わりました。したがって、古くからのインテリを一律に排斥するのは非常に間違っています。

 解放後、古くからのインテリのなかから、立派な人がたくさん我が党に入党しました。かまとバンマーと筆からなる我が党のマークは党の性格をよく象徴しています。これは、労働者階級が農民および勤労インテリとかたく団結していることを示しています。

 入党したインテリはいうまでもなく、非党員のインテリも、党の指導のもとに祖国と人民のために忠実に働いています。

 祖国解放戦争の初期に金日成総合大学、金策工業大学、平壌師範大学などの、多くの大学教員は、敵の侵攻を撃退して進撃する人民軍に従軍して、南半部政治工作隊として洛東(ラクトン)江の線まで進みました。そのうちの少なからぬ人は、古くからのインテリでした。かれらは、南半部へいって任務を立派に遂行したばかりでなく、後退の困難な時期にも山を越え川を渡って、遠く険しい数百里の道を困苦に耐えぬき、わらじばきで杖をついて慈江(チャガン)道まで戻ってきました。

 多くの技師や技手は、戦争の困難な時期に、激しい敵の爆撃と火の海のなかでも、戦争の勝利のために夜を日についで工場を復旧し、生産と戦時輸送をひきつづき保障し、党と祖国のためあらん限りの力と才能をつくしてたたかいました。

 人民教員は、アメリカ帝国主義者の爆撃のために学校を失っても、いささかもひるむことなく、生徒を山や野原につれていって教え、半地下壕の教室で教え、あるいは生徒の家をたずね歩いて教えるなど、新しい世代の教育を片時も中断しませんでした。

 我々が、インテリに、これ以上なにを求めることがあるでしょうか。そして、かれらが党と祖国にたいして、これ以上どのように忠実であれというのでしょうか。インテリがいなかったならば、工場も、鉄道も、学校も運営することができなかったでしょう。かれらは、党と政府にたいして功労があるでしょうか。もちろんあります。かれらは大きな功労を立てました。なんのためにかれらを遠ざけ、疑い、のけものにしなければならないのでしょうか。インテリが、党に忠実で、祖国と革命のために奉仕している以上、当然、かれらを愛し、尊敬し、正しく教育し、常にあたたかい配慮の手をさしのべなければなりません。これがインテリにたいする我が党の態度です。

 一部の人たちは、新しいインテリが出てくれば古いインテリは押しだされなければならず、また押しだされるだろうと考えているようです。このような考え方は正しくありません。我々は、古くからのインテリにいっそう関心を払い、かれらの思想改造を根気よく援助すべきであります。そして、すべてのインテリが熱心に、そして、忠実に祖国と人民のために働くようにしなければなりません。

 宣川高級中学校の校長の発言によると、往々にしてインテリにたいし「インテリ根性」があるといってあちこちで非難しているようですが、これは誤りです。古い思想の影響は誰にもありえます。インテリに古い小ブルジョア的意識の影響があるからといってそれをとがめ、苦しめるべきではなく、親切にただしてやるべきであります。

 朝鮮のことわざに“10年たてば山河も変わる”というのがあります。まして人間が、それも新しいものに敏感なインテリが、人民政権のもとでどうして変わらないはずがあるでしょうか。かれらは解放後10年間、党によって教育され、革命闘争のなかで点検され、鍛えられ、労働者階級の思想で武装した人民的なインテリとなりました。

 それゆえ、いたずらにインテリを疑い遠ざけ、適切な地位に登用せず、かれらから知識を学ぼうとしないのは、我が党のインテリ政策に反することであり、我が党と労働者階級を無知にしようとする間違った態度であります。このような態度は、我が党内で絶対に許されてはなりません。

 労働者は、インテリから知識と技術を学び、インテリは、労働者からその組織性と革命性を学ぶべきです。我が党の指導のもとに、労働者、農民、勤労インテリがかたく団結して互いに助けあい、力を合わせてこそ、すべての活動を成功裏に進めることができます。


 3 党活動において教条主義と形式主義をなくすために

 平安北道内の党組織の活動には、教条主義と形式主義が依然として残っています。教条主義と形式主義は、我々の活動において極めて有害なものであります。我々は、この問題を党大会でも重要な問題として提起するつもりです。

 昨日、大館(テゴン)郡党の宣伝部長はその発言のなかで、農業協同化運動を宣伝するとき教条主義と形式主義に陥っていたため、非常に苦労したと述べました。かれの話によると、その地方の農民は農業協同化運動の際、ソ連の経験を紹介しても聞かず、中国の経験を紹介しても聞かず、国内の他の地方の経験を紹介しても聞かなかったが、同じような山間部の協同組合の経験を紹介したところ、はじめて納得したということです。これは先進国の経験を取り入れる際にも、マルクス・レーニン主義の原則を実践に適用するにあたっても、常に自分の国、自分の地方、自分の村の具体的な実情にそって、創造的に適用しなければならないということを証明する一つのよい実例です。

 一部の人は、なにをさして教条主義というのかを正確に知らないようですが、教条主義とはほかでもありません。簡単に言えば、自分のおかれている現実の具体的な条件を考慮に入れず、一般的な命題をそのまま適用したり、ひとのものを機械的に取り入れる態度であります。いわば、ひとのものをうのみにするということです。

 卑近な例をあげれば、母親が子供を育てるには、その子供の発育程度を十分考慮に入れて食物を与えなければならないはずです。子供に歯が生えているか、生えていればどの程度なのかを考慮せずに食物を与えてはならないわけです。子供に栗を食べさせるときは、歯が生えていなければ粉にして食べさせ、歯が少し生えていれば細かくきざんで与え、歯がたくさん生えていれば丸ごと食べさせてもよいわけです。歯の生えていない子供に栗を丸ごと与えれば、消化できなかったり胃をこわしたりして、子供の健康を害する結果をまねくでしょう。

 これと同じように、教条主義と形式主義は、革命の遂行に重大な悪影響を及ぼしかねません。我々が教条主義と形式主義に反対する理由は、まさにここにあるのです。

 我々が社会主義社会を建設すれば、人民が豊かで幸福な生活をするようになるのは間違いありません。これは真理です。しかしこの真理も、社会主義建設にかんするマルクス・レーニン主義の原則を、朝鮮の実情に即して創造的に適用した場合にはじめて、我々の生活に実際に具現されるのです。

 一部の人たちは、我が国の農業協同化運動で協同化の速度が速すぎるといって心配し、他の国でのように少しゆっくり進めようと主張しています。他の国で農業協同化をゆっくり進めているからといって、我が国に速いテンポでできる条件と可能性かあるにもかかわらず、我々もゆっくり進めなければならないわけがどこにあるでしょうか。そんな必要はありません。

 ソ連の農業集団化運動は、革命後10余年をへてはじめて全面的集団化の段階に入り、それからほぼ5年かかって基本的に完成しました。これは、当時のソ連の具体的な環境に適した速度だったと思います。また、ヨーロッパの人民民主主義諸国でも、農業協同化運動は、我が国よりずっと緩慢におこなわれています。共和国北半部では、戦後にこの運動が急テンポで進められ、1955年末には農家総数の49%が農業協同組合に加入し、今年の2月末現在で65.6%が農業協同組合に入りました。

 ヨーロッパの人民民主主義諸国で協同化の比率が低いのは、それらの国の共産主義者が農業協同化運動を早く進める方法を知らないからではなく、それらの国の具体的な政治的・経済的実情によるものであります。

 それではなぜ、我が国では農業協同化運動がこのように速く発展するのでしょうか。

 第1に、解放後、我が党の指導のもとに土地改革が徹底的におこなわれ、その後たえず富農にたいする制限政策が実施され、また、祖国解放戦争でかれらの力がいっそう弱まったので、農村には農業協同化運動に反対する社会的勢力は極めて微々たるものです。

 第2に、朝鮮の農民は、過去に長いあいだ封建的土地関係に縛られて日本帝国主義と地主の過酷な搾取を受けた苦い経験をもっているばかりでなく、土地と米と自由のために日本帝国主義および地主とたたかった貴重な革命伝統をもっており、解放後10年間にわたる新しい生活を創造するたたかいの過程で、特に祖国解放戦争の過程で政治的に鍛えられ、自覚をもつようになりました。

 第3に、朝鮮の農村に昔から伝わってきた役牛共同利用や労力互助などの共同労働の形態が、戦争期間に労働や蓄力の不足している状況のもとで、いっそう発展、普及し、特に、かつて実験的に組織した協同組合が大いに優位性を発揮して、農民を協同化の道へ強く励ましました。

 第4に、我が党は、常に正しい政策を実施して、全人民に党で言うことはいつも間違いないという確固たる信念をもたせ、農業協同化にかんするマルクス・レーニン主義の理論と外国の経験を我が国の実情に合うように適用して、農業の社会主義的改造を正しく指導しています。
 これら、すべてのことが、農民をして農業協同組合に積極的に参加するようにした重要な条件であります。また戦後、工業の急速な発展は、こんにち農業協同組合を量的にばかりでなく、質的にも速やかに強化させうる物質的土台となりました。

 このような歴史的条件と社会的・経済的条件を考慮せず、他の国で協同化が緩慢に進められているからといって、社会主義を志向する農民の熱意をそぎ、農業協同化運動の速度を人為的に遅らせようとするのは大きな間違いです。これは恐るべき教条主義であり形式主義であります。

 それゆえ我々の課題は、動揺することなく短時日のうちに農業協同化を完成することであり、宣伝活動もこの方向で展開すべきであります。

 教条主義と形式主義について、もう一つの例をあげたいと思います。一部の人は、会議の仕方までもよその国の方法を適用しなければならないかのように思っています。教条主義者は、ソ連では会議を簡単にやるという話を聞いて、それなら我々も簡単にしようと主張しています。これは正しくありません。ソ連人民は、革命が成功してすでに40年近くなります。我々は解放されてわずか10年しかたっていません。

 10歳の子供と40歳の大人をどうして同列にみなすことができるでしょうか。人々のレベルが高ければ会議も簡単にできます。我々の場合、人々の自覚の程度、文化水準、知識程度は一般にソ連人より劣っています。ソ連の人たちが会議を3日間おこなうとすれば、我々は必要とあれば5、6日間でもおこなうべきです。

 会議をもつ目的は、一か所に集まることにあるのではなく、なによりもその会議でとりあげられる問題の本質を参加者の一人一人に深く認識させ、それを実践に移せるよう教育することにあります。会議は立派な学校です。人々のレベルが低い我々の場合、ソ連式に会議を簡単にして終えてしまえば、参加者たちは、なにがどういうふうに討議され、決定されたのかもよくわからずに過ごしてしまうこともあるでしょう。

 形式主義者の主張するように、集まって流ちょうな弁舌をあやつって拍手をし、万歳を唱えて解散したり、会議でノートにふた言、三言、記入するだけではなんの成果も期待できません。

 教条主義と形式主義は、我々の教育事業にも少なからぬ弊害を及ぼしています。この部門の活動家たちは、自分の教える問題が朝鮮革命の遂行にどういう利益をもたらすかについてはあまり考慮しないか、甚だしい場合は全然考慮を払わないようです。

 ソ連共産党史を教えるにも、そのなかで現在、朝鮮革命に緊切な問題から先に、重点的に教えるのではなく、ただ一般的な講義をおこなっています。それにもまして問題なのは、自国の問題、朝鮮革命にかんする問題を少ししか取り扱っていないことです。

 現在、教育分野では、人民の実践活動とかけはなれた問題を取り扱いながら当面課題の解決に緊要な問題は取り扱っていないか、あるいは、極めておろそかにしています。このような欠陥を早急に取り除かなければなりません。

 教育事業は、当然朝鮮革命の任務と密接に結びつけ、我が国の実情に即しておこない、朝鮮革命の遂行に実際に役立たせなければなりません。


 2 経済・文化建設にたいする党の指導を強化するために

 1 工業について

 平安北道は、我が国でも工業が非常に大きな比重を占めている道であります。平安北道には、発電所、化学工場、鉱山、炭鉱があり、軽工業工場もあり、また我が国の機械製作工業の重要な部分がここにあります。金属工業以外の主要な工業部門がそろっています。

 言いかえれば、平安北道には、我が国の経済発展の重要な財源があります。それで、我が党中央委員会と共和国政府は、平安北道に多くの関心を払っており、大きな期待をよせています。

 これは、平安北道党組織が党と国家にたいし、工業を発展させるべき重大な責任を負っていることを意味します。

 1) 電力工業

 周知のように、水豊(スプン)発電所は、我が国の総発電量の半分を生産しています。この発電所は東洋で最も大きな発電所です。もし、この発電所が止まるようなことにでもなれば、我が国の工業企業所の多くが休業しなければならなくなり、人民生活に多大な支障をきたすことになります。したがって、全力をつくして水豊発電所の電力生産を正常化しなければなりません。

 先ごろ、この発電所の従業員が補修と点検をおこたったために、水車のランナーが一つ破損し、50日余りのあいだ全国の生産と建設に支障を与えた重大な事故がありました。

 平安北道党組織は、発電所の補修と点検を強化し、発電機組立ての質を保障し、故障が起きた場合は速やかに修理するよう党的関心を払わなければなりません。

 また、発電所の党組織と労働者は、破壊された発電所の施設を短時日内に完全に復旧し、発電所を文化的に運営しなければなりません。


 2) 機械製作工業

 我が国の機械製作工業において、平安北道は大きな比重を占めています。平安北道には、北中(プクチュン)機械工場、楽元(ラクウォン)機械工場、亀城(クソン)鉱山機械工場、亀城工作機械工場、建設中の雲山(ウンサン)工具工場、76号工場、球場(クジャン)鉄道工場など重要な機械製作工場があります。我々は、機械製作工業を発展させないことには、人民経済の物質的・技術的土台を強化することができません。機械製作工業を発展させれば、工業、農業、運輸、逓信など人民経済の各部門を新しい技術で装備し、工業の植民地的跛行性を克服して社会主義的工業化の基礎をきずくことができます。

 我が国には、鉄、金、銀、鋼などの天然資源が豊富ですが、機械製作工業がなければ、それを国の経済発展に有効に利用することはできません。機械工業が発展しなければ、鉱石を掘っても加工できず、必要なものもつくれないであろうし、やむをえず鉱石をそのまま外国に輸出して、そのかわりに生活必需品や機械、その部品までも外国から買い入れなければならなくなるでしょう。鉱石のままで外国に輸出し、ごく簡単な機械やその部品まで外国から輸入するということは我慢のならないことです。我々は、まだこのような弱点を克服していません。

 もし、いまおこなっているように鉱石を掘り出して、そのまま外国に売りつづけるならば、朝鮮に残るのは、結局ほら穴だけであり、我々は子孫にたいして大きな罪を犯すことになるでしょう。

 我が国の経済のこのような弱点を克服するためには機械製作工業の基地をつくり、それを強化しなければなりません。もし、しっかりした機械製作工業をもち、各種の機械を大量に生産するようになれば、我が国の資源をもっと有効に利用することができるでしょう。そのとき、我が国には、ほら穴だけの山が残るのではなく財貨が残ることでしょう。

 きのう、『トウモロコシは畑作の王者』という演劇がこの会議室の舞台で上演されましたが、私は「機械工業は工業の王者」というスローガンをかかげる必要があると思います。いたるところに機械が必要です。工業だけでなく、農業にも機械は切実に必要です。機械さえあればなんでもできるし、仕事も非常に楽にできます。機械製作工業が発展すれば、道路の補修なども、現在のように婦人たちが小さな洗面器で石を運ぶような方法は不必要になり、ブルドーザーで土を掘り、トラックで砂利を運び、ローラーをかければよいわけです。また、セメントをたくさん生産して道路を舗装するなり、アスファルトで舗装するなりすれば、教年間は道路の補修をしなくてもすむようになるでしょう。

 それで我が党は、機械製作工業を発展させるために、困難を極めた戦時に、煕川(ヒチョン)機械工場をはじめ、一部の機械工場の建設にとりかかりました。いま、それらの工場ではすでに機械を少なからず生産しています。

 もしあのとき、我が党が機械製作工業の基地をつくる措置を講じなかったならば、煕川機械工場はいまごろやっと設計を終えて建設にとりかかった程度にすぎないでしょう。

 李承晩はアメリカからの「援助」で洋菓子を買っていますが、我々は国の経済土台をしっかりときずくため、人民大衆の末永い幸福のため、一時的な困難にうちかって工業の建設に全力をつくしています。党中央委員会が、機械製作工業を発展させるためにとった対策は正しいものでした。

 道党組織は、党の政策を正しく認識し、それを貫くためにたたかわなければなりません。そして現在、進行中にあるか、または今後の予定に入っている機械工場の建設を適時に完成するよう積極的に援助し、現在の機械工場の規模を拡大して、生産品目をさらに増やすべきであります。

 機械製作工業の発展における当面の重要な課題は、工作機械の利用率を高めることであります。現在、機械工場の機械利用率は極めて低い状態にあります。このたび、機械工業局長をはじめ、内閣参事たちが点検した結果によれば、北中と楽元の機械工場では機械の稼働率が44%にすぎません。鋳物職場の仕事の不手際のために素材が適時に確保されておらず、労働力と機械の配置に不均衡が生ずるなど、いろいろと欠陥があります。

 例えば、ポンプ生産などの場合、大きな工作機械は3交替制で作業しているのに、中間工程にある小さな機械は1交替ぐらいで休んでいます。どうして、この小さな機械を利用しないのでしょうか。もちろん、計画課題を与える側にも不合理な点があります。これらの小さな機械で簡単な機械、機械の部品、生活必需品などを生産する課題を与えるべきです。機械を遊ばせておくよりは畜力除草機でもつくった方がよくはないでしょうか。

 これは誰の誤りでしょうか。私の考えでは、支配人、技師長、初級党組織の誤りのようです。昨日、楽元機械工場の支配人は、発言で、ポンプを作っていることを自慢げに長々と話しましたが、機械の稼働率を高めることについては一言もふれませんでした。国家からポンプ生産の計画課題しか与えられなかったにしても、支配人は当然、小さな機械が止まっている時間を利用して他の製品を生産しなければならないはずです。ところが楽元機械工場の幹部は、機械の稼働率を高めることは念頭にもおかず、ポンプを作っているのがなにか立派なことでもあるかのように考えて高慢になっています。機械製作工業が、ポンプの製造程度で満足しているわけにはいきません。これは初歩的な成果にすぎず、まだ自己満足するには及びません。

 したがって党組織は、初歩的な成果に自己満足する思いあがった幹部たちをよく教育し、機械の利用度を高め、創意を発揮して近代的な機械を生産するよう援助しなければなりません。

 亀城鉱山機械工場にしてもやはり同じです。この工場の支配人は計画を完遂したことを自慢にしていますが、いまやっとトロッコを生産している程度です。あれほどの機械でトロッコを作るぐらいのことが、自慢になるとでもいうのでしょうか。我々にはいま、ボールミル、ウインチ、削岩機などが切実に必要です。こういうものの生産に移るべきであります。

 雲山工具工場では、ドリル、タップ、ダイス、カッターなどの工具やジグ、木工機械など、より多くの種類の機械製品を大量生産するようにしなければなりません。そのためには、この工場の基本建設を早く完成する対策を立てなければなりません。

 機械工業では製品の品質を高めることが、また重要な問題であります。党組織は、技術管理が不十分で生産規律と秩序が乱れているため、機械工場で多くの不合格品を出し、国家に大きな損失を与える行為とたたかわなければなりません。不合格品をなくし、労働生産性を高め、原価を引き下げることは、党組織の生産指導における重要な任務です。党組織は、工業にたいする指導を強化して、この任務を立派に果たさなければなりません。

 機械工業でいま一つ重要なのは、技術を修得し、たえず労働者の技術水準を高めることであります。

 生産と建設に先進技術が急速に取り入れられているこんにち、労働者が技術を修得することはなによりも重要です。どんなに立派な機械が備わっていても、先進技術を身につけなければ機械を動かすことも、立派な製品を生産することもできません。

 党組織は、党員が先進技術の導入で模範を示し、機械技師、機械技手を多く養成するよう、その事業を保障しなければなりません。

 今度我々は、平安北道内の一部の工業地帯を見てまわり、亀城地方に高等工業技術専門学校を設けることが必要だと考えました。この問題をさらに具体的に討議して実行に移すようにしなければなりません。平安北道の党組織は、技術教育を強化するという党の方針にそって、道内の一部の高級中学校の技術専門学校への切り替えを正しく保障しなければなりません。

 労働者、事務員の技術水準を高めるため、夜間技術専門学校、技術講習所、技能者養成所などいろいろな形態の技術教育を発展させ、特に設計家を多数養成するように努力しなければなりません。


 3) 鉱 業

 鉄山(チョルサン)鉱山は、外貨獲得で重要な位置を占めています。いま、この鉱山の機械化水準は高いとは言えません。それゆえ、鉄山鉱山ではまず、機械化水準を高めなければなりません。

 大楡洞(テユドン)鉱山は、我が国の産金総高において少なからぬ比重を占めています。金はいまのうちに売らなければなりません。資本主義諸国が滅びないうちに、より多くの金を産出して売却する方がよいでしょう。我々は、金が豊富だと自慢せずに、早く、より多く産出し、それを売って工場の建設に当てるべきです。金の産出を増やすには探鉱事業も強化し、特に深部採掘を広く展開する対策を立てなければなりません。また、選鉱を質的におこなって実収率を高めるべきであり、多くの労働力を要する運搬作業を機械化する対策を講じなければなりません。

 次に、炭鉱の業務を改善し、石炭の採掘量を増やすために、先進的採炭法を広く取り入れるべきです。

 我が国では、石炭の埋蔵量は多いがその採掘法が遅れており、炭鉱の復旧も緩まんであるため、石炭が不足し、毎年貴重な外貨を使って大量の石炭を外国から輸入しています。良質の石炭をもっと多く掘り出して、石炭の国内需要を満たすようにしなければなりません。

 昨年の冬、ソウルでは燃料不足のために多くの人が凍死したということです。我々は、南半部の同胞の苦痛を軽減するために贈物として石炭を提供する計画です。先ごろ、党中央委員会政治委員会でこの問題を討議しました。今後、ソウルにも石炭をおくるには、いまの採掘量では足りません。

 石炭の採掘を機械化し、先進的な採炭法を広く取り入れて生産高を大々的に増やし、基本掘進を優先させて採炭事業を計画的に発展させなければなりません。


 4) 化学工業

 平安北道には、国家的に重要な意義をもつ青水(チョンス)化学工場があります。この工場では、良質のカーバイドをより多く生産しなければなりません。これは、重要な外貨の源泉です。いま外国市場でカーバイドの価格は、トン当たり500ルーブルですが、これは粟2.5トンの価格に相当します。

 道党組織は青水化学工場に大きな関心を払い、特に新製品の生産に必要な研究事業に学者を広く参加させ、カーバイドで化学繊維をつくる問題を解決すべきであります。


 5) 軽工業

 こんにち、我が党の重要な課題の一つは、戦争によって甚だしく零落した人民生活を向上させるために、織物、靴などの日用品と食料加工品を大量に生産することであります。人民は、戦争ですっかりなくしてしまった家具や衣類をまだ十分にとりそろえていません。それで軽工業を急速に発展させて、生活必需品を戦前よりも多く生産しなければなりません。

 平安北道の軽工業工場がなすべき仕事は、非常に膨大であります。亀城紡織工場は、生産計画を完遂しましたが、それに満足することなく、より多く生産するために努力すべきであり、原単位消費基準をさげて原価を引き下げなければなりません。

 また、博川(パクチョン)と寧辺(ニョンビョン)の絹織物工場では、いろいろな絹織物を大量に生産しなければなりません。これらの工場で生産している絹織物の品質は戦前より向上していますが、生産高は落ちています。

 博川、寧辺の絹織物工場と新義州毛紡織工場で生産している絹織物と毛織物の品質を高め、生産高を増やさなければなりません。

 軽工業部門における製品の品質向上と原価の引下げは、党組織の重要な闘争課題とならなければなりません。

 次に、製紙工業について述べたいと思います。新義州製紙工場は、たいへん立派な工場です。工場の設備もあの程度ならよい方であり、工場の建物ももう少し復旧すれば立派なものになるでしょう。この工場は今後、紙を大量に生産できる条件がそなわっています。

 ところが、製紙工業が吉州(キルジュ)パルプ工場でのように、木材を原料に使うのは不経済です。ですから、吉州からパルプを取り寄せるのはやめて、自分でわらやトウモロコシの茎などでパルプをつくって、紙を生産した方がよいと思います。

 平安北道は農産が大きな比重を占めている道なので、穀物のからがたくさんでます。米は食糧にし、わらで紙をつくれば、それに越したことはありません。また製紙工場では、紙の質を高め、高級用紙を生産する対策を立てなければなりません。新義州製紙工場で生産される紙は、インキが散ると、学生が苦情を持ち込んでいます。この工場の幹部は、消費者の声に耳を傾け、欠陥をただすために努力しなければなりません。

 次に、新義州パルプ工場では、芦で人絹パルプを生産する重要な課題を解決しなければなりません。いま、清津の人絹紡績工場を復旧しています。この工場は、新義州パルプ工場で生産される人絹パルプを原料にして、人絹糸とスフを生産することになるでしょう。木材が不足している我が国で、この事業は極めて重要な意義があります。それで、党中央委員会は新義州パルプ工場に大きな期待をかけています。この工場に行ったとき、我々は、日本人がすでに実験で成功した人絹糸の見本を見ました。日本人にできることが、我々にできないはずはありません。

 新義州パルプ工場に原料を供給するために龍岩浦(リョンアムポ)一帯の芦畑を拡張し、その管理を強化する必要があります。道党組織は、芦畑の単位面積当たりの収穫高を高めるための闘争をくりひろげなければなりません。


 6) 道営工業および協同経営工業

 一部の党組織の活動家や地方政権機関の幹部のなかには、生産協同組合や道営工業を工業とは思わない、正しくない傾向があります。

 道営工業や協同経営工業は、いずれも社会主義経営であります。協同経営工業は、都市の手工業者を協同経営に引き入れて、小商品経済を社会主義的に改造したものであり、道営工業は地方の資源を利用して、生活必需品を生産する国営工業の一部分であります。このような道営工業と生産協同組合を立派に指導し、これに多くの援助を与える必要があります。

 党組織は、生産協同組合が主に地元の資材源を有効に利用して、良質の生活必需品を多く生産するように指導すべきです。生産協同組合はまた、建設に必要な建材、建具・金具などを多く生産することも必要であります。

 国営工業が全般的に発展していない現状にあって、生産協同組合と道営工業が国営工業の及ばない部門、主に人民の生活必需品と建材の生産に重点をおくことは人民経済の発展と人民生活の向上に極めて有益であります。

 以上で述べたように、平安北道の工業は多くの余裕能力をもっています。道党組織は、経済活動の指導にあたって、この余裕能力を正しく利用するよう保障することが重要であります。

 そして、可能なあらゆる方法をもちいて機械化を実施し、労働力を節約しなければなりません。いま、我々には、労働力がたいへん不足しています。多くの青年が前線に動員され、また多くの人が工業と建設に進出したために、農村では労働力がたいへん不足しているばかりでなく、農村の労働力はその大部分が婦人と老人です。それで、いま我が国の農村は、増大する工業労働力の需要を満たせないのが実情です。

 党中央委員会は、この問題を解決する対策として、労働力の節約を全党的な闘争課題として提起しました。こんにち、労働力を節約する人が、とりもなおさず党性の強い人であり、国家の仕事に忠実な人であるといえます。

 労働力を節約する基本的方法は、多くの労働力を要する作業工程を機械化し、労働力を合理的に配置して生産性を高めることであります。労働力を浪費するならば、工業を発展させることも、農業を発展させることもできません。ところが、労働力の節約にかんする党中央委員会常務委員会の決定は、いまだに工場党組織に深く浸透しておらず、一部の工場、企業所では労働力をほしいままに浪費する現象がつづいています。

 建設場での作業の機械化も強力に進められておらず、扶養家族の人手を利用する徹底した対策も講じられていません。扶養家族の人手を利用するのは非常に有利です。扶養家族の人手を使えば、労働力の不足も解消するし、国家の食糧も節約できるので好都合です。生産と建設に扶養家族の人手をたくさん引き入れれば、労働者、事務員の生活は向上し住宅問題も解決されるでしょう。いま我々は、住宅を大量に建設していますが、依然として不足しています。一部の人は、家が天から降ってくるものとでも思っているようです。キリスト教の信者なら、あるいはそれに望みをかけるかも知れませんが、我々はキリスト教の信者ではありません。

 住宅を多く建てるには莫大な資金が要り、機材もたくさん必要なので、いまは住宅ばかり建てているわけにはいきません。学校も建て、工場も多く建てなければならないのに、そんなに多くの機材をどこから探し出せるでしょうか。扶養家族の人手を採用すれば、一所帯で幾人も働くことになるので、住宅問題もそれだけ緩和されるはずです。

 したがって、どの企業所であれ、労働力の節約を第一義的な課題としてかかげなければなりません。ほかのことなら外国に援助を求めることもできますが、労働力まで要請することはできません。技術上の援助はもちろん、これとは別問題です。

 次に、工場、企業所の復旧、建設にあたって重要なのは、地元の資材を利用することです。

 建設部門では、目のまえに立派な石材がたくさんあっても、それを利用しようとせず、遠いところからレンガを運んできて使っています。土レンガなどは地元でも作れるのに、レンガがなくて建設ができないといって騒いでいます。こういうことをなくすべきです。

 工場やその他の建物を建設する際に、敷地の選定を正しくすることも極めて重要です。例えば、朔州(サクジュ)では、軍靴をつくる軍需工場を一つ建てるのに邑の付近に建てず、秘密保持という理由で郡機関所在地から遠く離れた山の向こう側に建てました。これは、多くの点で国家に損失をもたらしました。もし、この工場を朔州郡機関所在地に建てたならば、山の向こうまで電気を引く必要も、道路をつくる必要もなかったはずであり、自動車も多量のガソリンを消費して遠い道を走らせなくてもよかったでしょう。この工場ではいま、鉄道まで敷いてほしいと言っています。これはなんと大きな損失でしょう。また、朔州邑内に建設していたならば、扶養家族の人手も使えるのに、山の向こう側に建てたのでそれも難しくなりました。

 さらに問題なのは、都市建設計画を考慮に入れていないことです。もし、この工場を邑内に建設していたならば、朔州邑はもっと立派になったことでしょう。これは軍需生産局の誤りですが、郡党委員会や郡人民委員会も主人としての役目を十分に果たしていません。

 郡の主人は、郡人民委員長、郡党委員長です。かれらが主人としての役目を十分に果たさなかったので、山の向こうに工場を建ててそこまで道路をつくり、原料や製品もトラックで運び、そこに人民学校も建てなければならなくなりました。そればかりではありません。その工場労働者の主婦は、買物に出るにもたいへん苦労するようになりました。

 このように、すべてのことを慎重に考慮せずに経済建設を進めるため、多くの損失をこうむることが少なくありません。

 だからといって、どんな工場でも都市の付近に建てよというのではありません。しかし、靴をつくるぐらいの工場に、なんの秘密があって邑内に建てられないのでしょうか。

 工場建設や都市建設にたいする統制を強化しなければなりません。工場、住宅または公共建築の建設は、都市建設計画にそっておこなうべきであり、電気施設、上下水道施設、鉄道、道路、通信、その他いろいろな条件を十分考慮に入れなければなりません。特に、既存の設備を十分に利用する方向で設計をしなければなりません。

 一部の地方では、郡機関所在地に将来高層建築を建てることを予定して、都市の中心に広い空地を残したまま付近の農地に多くの臨時の建物を無秩序に建てるといった、よくない傾向も見られます。

 亀城でも、機械工業局や軽工業省のようなところでは、資金やその他いろいろな条件をそなえているにもかかわらず、都市計画によらず臨時の建物あるいは平屋をところかまわず建てています。亀城郡党委員会と郡人民委員会は、この部門の働き手をしっかりと掌握し、住宅を都市の外にひろげないようにし、高層建築を邑内に建てるようにすべきです。亀城紡織工場と機械工場の支配人は、2階建てを建てるのは建築費がかさむので困ると言っています。もちろん、資材問題を解決するうえであれこれと難点もあるでしょう。しかし、平屋を建てるには瓦も多く要るし、敷地も余計に必要なので経済的ではありません。

 いまは建設資材がやや不足気味ですが、来年からは資材が大量に供給されるはずです。都市建設を間に合わせにおこなおうとせず、将来を見通して整然とおこなうよう党の統制を強化しなければなりません。


 2 農業について

 農業については報告にも具体的に指摘されており、みなさんも十分な討議をおこないました。

 こんにち、農業における最も重要な課題は、穀物生産を増やすことであります。穀物生産を増やすためには、畑作の単位面積当たり収量を決定的に高めなければなりません。

 我が国には、水田の面積よりも畑の面積が多いのです。平安北道も総耕地面積28万ヘクタールのうち、水田の面積は8万ヘクタールにすぎず、あとはすべて畑です。したがって、畑作の収量を高めなければ穀物の収穫を高めることはできません。

 畑作穀物のうちで特に収量の多いのは、トウモロコシです。党組織と政権機関は、トウモロコシの栽培面積の拡張に深い関心を払わなければなりません。

 発言によると義州(イジュ)郡などでは、トウモロコシより、モロコシキビの方が収穫率が高いそうですが、そういうところでは、もちろん適地適作の原則に従ってモロコシキビを多く植え、収穫高を増やすべきです。

 次に、穀物の収穫高を増やすには、土地の利用度を高めることが重要です。水田と畑とを問わず二毛作のできるところでは二毛作をおこない、間作のできるところでは間作をおこなって、土地を十分に利用しなければなりません。

 また、立ち後れた営農方法を一掃して先進農法を積極的に取り入れるべきです。

 平安北道の1955年度の穀物生産高は、戦前の1949年に比べてはるかに劣っています。昨年度にいくつかの農業協同組合で収穫を高めたそうですが、それは自慢できるほどのものではありません。道全体で戦前の水準に到達するには、まだ多くの努力が必要です。

 周知のように戦前は、食糧事情も良好で、米の値段も高くありませんでした。しかし、いまは食糧が足りないので米の値段も高く、そのために多くの困難をなめています。

 平安北道では、今後、数年内に穀物の生産が戦前の59万トン水準を上回るようにすべきであり、そのために、道党組織は積極的な闘争を展開しなければなりません。今年度の穀物生産計画は47万トンですが、これはたいへん少ないものです。だからといって、もちろん今年度に直ちに59万トンを生産しようというのではありません。私の考えでは1957〜1958年度には、平安北道で56万トン以上生産することができるし、また必ずそうしなければなりません。いまは国家から農民に化学肥料を十分供給することができませんが、1958年度になればたくさん供給することができます。また、そのときになれば、潅漑工事もかなり進められ、農耕地もいっそう拡張され、農業の機械化も進み、農業の協同化でも大きな前進を遂げることになるでしょう。このように多くの問題が解決されるはずです。

 しかし我々は、そのような時期をただ手をこまぬいて待っているわけにはいきません。現在の可能性を十分いかして、より多くの穀物を生産すべきです。

 この際、我々の持っている農業機械を有効に利用することがなによりも必要です。農業機械は、農村の労働力を節約し、収穫を高めるうえで極めて重要な役割を果たします。昨年、平安南道などでは、畜力除草機を倉庫にしまいこんで利用しませんでした。平安北道にもこういうことがあれば速やかに是正すべきです。

 次に、潅漑・河川工事を全人民的な運動として進めなければなりません。潅漑工事は、大規模のものだけおこなおうとせず、小規模のものもたくさんおこなうようにすべきです。国家で大小の潅漑工事をみな受け持つことはできないので、2、3の協同組合が力を合わせて小規模の貯水池や揚水場などをつくり、潅漑面積を拡張する必要があります。同時に、河川整理をよくおこなって、農耕地を水害から保護しなければなりません。

 また、貯水池、揚水場など、いまある潅漑施設の補修を適時におこない、正しく管理しなければなりません。

 また、農業協同組合では、耕地面積を拡張するために努力しなければなりません。西海岸の干潟地を農耕地に変える仕事も、ゆくゆくは極めて重要な仕事とならなければならないでしょう。

 次に、農業の発展にとって重要なのは、農業協同組合を組織的に経済的に強化することであります。

 農業協同組合を組織的に強化するというのは、協同組合の管理委員会を組合員の民主的意思によって模範的で先進的な活動家で構成し、組合員の意思にそって組合を管理運営し、組合内の党および大衆団体の組織的役割を高めることを意味します。

 農業協同組合を経済的に強化するというのは、組合の収益性を各面から高め組合員の生活を向上させ、組合の経済的土台を強固にすることを意味します。

 組合員の生活を向上させるためには、組合員の収入を増やさなければなりません。国家は、農産物の買付け価格を適切に調節し、生活必需品の価格を系統的に引き下げて、農業協同組合員の実質収入を高めるよう援助するでありましょう。
 生産用具を十分準備し、潅漑・河川整理事業を強化し、肥料、種子などを十分確保することは、すべて組合の経済的土台を強化する仕事であります。これらの仕事は、組合の発展にとって極めて重要な意義をもっています。

 農業協同組合を組織的、経済的に強化するためには、党組織が組合の仕事に深く浸透し、生きた指導をおこなわなければなりません。

 協同組合が組織されてから、農民の生活にたいする党の責任は、個人農のときとは比較にならないほど重くなっていることを知るべきです。組合発展の成否は、もっぱら党組織の活動にかかっています。したがって党組織は、協同組合を強化するためにあらゆる努力を払わなければなりません。

 党組織は、農業協同化運動をひきつづき大胆におし進めなければなりません。我々が農業協同化運動をはじめてから2年しかたっていませんが、農民はすでに経験を通して、協同経営が個人経営よりはるかにすぐれていることを知るようになりました。

 党組織は、すでに組織された協同組合の経済的土台を強化して、より広範な農民が協同組合に入るように指導すべきです。


 3 水産業について

 平安北道はこんにち、我が国の西海の水産業で最も大きな役割を果たしています。西海には、魚族資源が豊富にあり、特に、味のよい高級魚族がたくさんあります。西海でとれるコノシロ(ニシン科の海産の硬骨魚。全長約25センチメートル。体はやや側扁し、背びれの最後の軟条は糸状にのび、尾部に達する。日本各地の沿岸に分布し、内湾にも入る。中等大のものはコハダ・ツナシといい、鮨すしの材料。広辞苑第6版より引用)といえば、俗に「コノシロ焼くにおいに家出しかけた嫁も戻ってくる」と言われているほど有名なものです。

 しかし、西海の水産業は発展せず、甚だ立ち後れた状態にあります。水産省や地方政権機関は、西海の水産業を発展させなかったことにたいして政治委員会から幾度も批判されました。

 第3回党大会でも、西海の水産業を発展させることが重要な問題として取りあげられるはずであり、5か年計画の作成でもやはりこの問題が重要な課題となるはずです。

 西海の水産業の主な欠陥は、いまなお後れた漁労法を改めず、大胆に積極的に活動しないことです。この部門の働き手がアンコウ網船がないために魚がとれないといっていたので、国家ではアンコウ網船をつくって供給しました。しかし、仕事は依然として改善されていません。結局、問題はアンコウ網船にあるのではなく、働き手があらゆる条件と可能性を利用して、魚を多くとるために努力しないところにあります。

 中国人は西海で魚を大量にとっているのに、我々はどうして同じ海で魚がとれないというのでしょうか。西海水産部門の働き手には、まだ勇気が足りません。西海の水産業を発展させるには、仕事のうえでの一大転換が必要であり、党組織と党員の積極的で創造的な努力が必要です。

 党員にとって克服できない難関はありえず、突破できない要塞などありません。我々には、船もあり、発動機もあり、漁網もあります。

 問題は、水産部門の働き手と党組織が、西海の水産業に革新をもたらすために決起するかどうかにかかっています。西海では、決定的に深海漁業に移らなければなりません。

 5か年計画期間には、龍岩浦、多獅(タサ)島を中心に水産基地を拡張することが予定されています。平安北道の党組織は、この課題を実行するための準備とその遂行を保障しなければなりません。


 4 教育事業について

 党中央委員会常務委員会は、去る2月、学校教育事業を改善、強化するための決定を採択しました。

 ところが、この決定は、いまだに平安北道のすべての党組織に徹底的に伝達されていないようです。今度の代表者会議が終わりしだい早急に党中央委員会常務委員会の決定を各級党組織と党員に浸透させ、それにもとづいて教育事業の全般的な改善対策を立てなければなりません。

 教育事業を強化する課題は、北半部で社会主義建設が前進するにつれて、ますます切実なものとなっています。

 かつて、我々が地下で革命闘争をおこなったとき、社会主義国ソ連にたいするあこがれがどれほど強かったことでしょう。ロシアで十月社会主義革命が勝利した後、朝鮮の労働者階級、特に青年のあいだで社会主義にたいするあこがれは大変なものでした。こんにちでは、その社会主義がまさに我が国で実現しつつあります。

 社会主義社会を建設するには、搾取の根源をなくし、社会主義的生産関係を確立するだけでなく、社会主義の物質的・技術的土台をしっかりときずき、人々の意識も社会主義的に改造しなければなりません。こうすれば、社会主義が完全に建設されたと言えます。例えば、農業協同組合を組織するだけで、技術を発展させず、組合員の意識を改造する活動もおこなわないならば、それは完全な社会主義的経営にはなりません。

 社会主義は、スローガンや弁舌によって建設されるのではなく、社会主義的意識と高い技術を身につけた勤労者の創造的活動によって建設されるのです。全社会構成員の政治的・思想的自覚と文化・技術水準が高まれば、それだけ社会主義社会の建設は促進されるはずです。

 私は、人々の思想・意識を改造し、文化的・技術的素養を高める活動が、社会主義建設を促進するうえで大きな意義をもつことについて長く説明しようとは思いません。ただ、幾百万の若い世代を新しい科学・技術と社会主義思想で教育する教員について、また学校教育にたいする指導について2、3述べようと思います。

 こんにち、我が国では、5万人の教員が各級学校で新しい世代の教育にあたっています。かれらの使命は実に大きく、その責任は極めて重大であります。

 学生を社会主義的に教育するためには、教員自身が社会主義の思想・意識で武装することが最も重要です。「千字文」を教えるには「千字文」を知るだけでなく、実際に「千字文」よりもっと多くのことを知っていなければなりません。教員にまだ残っている古い思想の影響をなくし、かれらの思想・意識水準を高めなければなりません。そうしてはじめて、学校教育の質を高めることができます。各級の党組織は、社会主義建設で重要な役割を受け持っている教員の水準を高め、かれらを政治的、思想的に鍛える活動に特別な注意を払わなければなりません。

 次に、教員を社会的に優遇し、その生活水準を高めることにも深い関心を払うべきです。それは、教員が安心して教育事業にたずさわり、青少年を党と革命に忠実で知識と技能を身につけた社会主義建設者に育てあげることに、力と才能をつくせるようにするためであります。ある人の発言にもありましたが、教員の生活には気を配らず、酷使することばかり考えてはなりません。

 先ごろ、党中央委員会常務委員会では、教員の物質的待遇を改善する問題を討議しました。我々が困難な戦争をしていたときは、こういう問題を提起することができませんでしたが、いまでは国の経済状態が好転するにつれて、しだいにこの問題を解決することができるようになりました。

 各級党組織は、学校教育にたいする指導を強め、教員に具体的な援助を与えるようにしなければなりません。いま平安北道では、この分野にたいする党の指導が極めて不十分です。

 この前、价川(ケチョン)郡にいってみましたが、郡党委員会は教育事業にたいする指導をあまりにもおろそかにしています。郡党委員会の活動家は、7月ごろに新学年度の準備にかんする上級党の指示を受けてはじめて学校へ訪ねていくありさまで、教員が授業を正しくおこなっているのか、学生をどういう方法で教育しているのか、学校の仕事がどうなっているのか、全く知っていません。平安北道党委員会もやはり、この仕事を教育部に一任して、新学年度を目前にひかえて校舎をたてる問題にいくらか関心を向けるといった程度で教育事業を「指導」しています。これは大きな誤りです。

 今度、教育相が平安北道の一部の学校を見てまわったところによれば、平安北道は他の道に比べ学校教育を強化できる物質的土台がしっかりしているとのことです。ところで、ここではなにが欠けているのでしょうか。欠けているのは、ただ、党組織、教育省、それに地方人民委員会が教育事業にたいする指導を十分におこなっていないことです。

 次に、技術教育の強化について簡単に述べることにします。これは、今度の第3回党大会でも重要な課題の一つとして提起されるはずです。

 こんにち、我が国の社会主義建設で最も緊要な問題は技術者を養成する問題であります。戦後、我が国では、工場もたくさん建設され、機械も生産され、農業も協同化されて社会主義へ進んでいます。我々は遠からず、共和国北半部に社会主義的工業化の基礎をきずくことになり、さらには農業、水産業その他人民経済のすべての部門を近代技術で装備しなければなりません。そうすれば、資本主義社会よりはるかに発展した社会主義社会の物質的・技術的土台がきずかれるわけです。これは、国の生産力発展における一つの大きな変革を意味します。この変革をなし遂げるうえで、どうしても打開しなければならない最大の難関は技術者の不足であります。技術者の問題を解決することなしには一歩も前進することができません。

 したがって、党中央委員会では早くからこれを重要な問題として提起し、特に、昨年は最高人民会議で技術教育を強化することについての法令を制定するようはからいました。そして、党と政府の方針に従って、多くの高級中学校が専門学校に切り替えられ、上級学校に進学できない初級中学校の卒業生は技術補習班に入って技術教育を受けられるようになりました。

 しかし、現状はどうでしょうか。多くの場合、この仕事は形式的に進められ軌道に乗っていません。まず、補習班の配置からして正しくおこなわれていません。工場地帯に農業補習班を設け、そこに労働者の子弟を入れています。その大部分は15歳未満の少年ですが、労働者の幼い子弟が家を離れて農事にたずさわることは難しいでしょう。また、私の考えでは、我が国の発展の見通しにてらして、労働者の子弟をあえて農村に送る必要はないと思います。かれらも親のあとをついで労働者になるようにした方がよいでしょう。

 一部の補習班の生徒は、なんのために補習班で勉強しているのかもはっきり知らない有様です。先ごろ、价川郡にいって確認したように、生徒たちは補習班が上級学校へ進む予備教育を受けるところだと思っている場合が少なくありません。これでは生徒が言っているように、補習班ではなくて「復習班」です。教育相の話によると、平安北道でもやはり補習班が「復習班」になっているということです。

 いま、農村には協同組合がたくさん組織されていますが、今後それをいっそう強固にし、その生産を高めるためには、どうしても古い手工業的技術を新しい技術にかえなければならず、そのためには農村に多くの技術者が必要です。農村地帯の初級中学校に設置した農業補習班は、まさにこの問題を解決することが目的です。我々は、農業補習班に多くのことを要求していません。作物の肥培管理法、土壌にかんする知識、農薬の使用法、病虫害にかんする知識、農業機械の初歩的な使用法など、簡単な技術問題と先進営農方法を1年間に速成で教えれば、かれらは農業協同組合にいって立派に働けるはずです。

 過去の古い経験だけで農業をいとなむなら、農業協同組合の発展は期待できません。しかし、経験全般に反対するのではありません。よい経験は前進に役立つものですが、将来を見通すことができずに、狭い、古い経験を固執する経験主義は仕事の前進を妨げます。まさにここに技術補習班を設けた意義があり、高級中学校を技術専門学校に切り替えた理由があります。工業地帯では工業専門学校と工業技術補習班を運営し、農村では農業専門学校と農業技術補習班を立派に運営して技術者、技能者を多数養成しなければなりません。

 こんにち、すべての農業協同組合に技手を1名ずつ配置するとしても、1万4000余人が必要です。そして、道人民委員会や郡人民委員会に、養蚕、畜産をふくむ農業技術者を幾人かずつ配置するだけでも数千人が必要です。現在のようなやり方で居眠りしながら技術者を養成していたのでは、10年かかっても問題は解決されないでしょう。

 こうした事情を考慮して、今後は一般教育体系においても学生に基本的な生産技術知識を与える方向で各級学校の課程案を組み替えなければなりません。こうしてはじめて、工場や鉱山、農村や漁村、建設場などのいたるところで切実に必要な技術者の問題を、短時日のうちに成功裏に解決するごとができます。


※     ※     ※

 最後に私は、我が国の人民経済の展望と、我々が直面している難関についての解説・宣伝活動を改善することについて、簡単に述べようと思います。

 一部の人は経済建設を多くおこなったのに、どうして人民生活はよくならないのか、と疑問をいだいているようです。事実、我々は多くのことをなし遂げたし、その成果は非常に大きなものです。しかし周知のように、停戦後、戦争による被害があまりにも大きかったので、まず破壊された工場、鉱山、鉄道などを復旧、拡張しながら、人民生活を急速に改善しなければなりませんでした。我々は工業をたんに元通りにではなく、新しい技術にもとづいて復興し、かつての植民地工業の弱点を取り除き、自立的工業を創設する方向に進んでいます。そのために、我が党は、重工業を優先的に発展させる原則を堅持し、過去に我が国になかった機械製作工業の基地をきずくことに大きな力をそそぎました。我々は、国内資源と兄弟諸国の援助を主にそこへふり向けてきたし、いまもそうしています。こういう状況のもとで人民生活が一朝一夕に向上しがたいのは理解できることです。

 だが、いま我々が乏しい生活をしているとはいえ、戦時や停戦直後に比べれば、はるかに改善されているのも事実です。これは、我が党が重工業を優先的に復興発展させながらも、同時に人民生活向上のための軽工業と農業を急速に発展させたからです。特に、その間、重工業が急速に成長して、ある程度の土台がきずかれているので、今後、我々の生活がいっそう早く改善されるということは疑いありません。

 党がとってきたこのような方針と達成された成果について、また、こんにちの生活と今後の見通しについて、正しく宣伝すべきであります。宣伝における偽りや誇張は、広範な人民大衆を社会主義建設に奮い立たせるうえで有害な結果をまねくでしょう。

 例えば、農民に肥料を十分供給できない事情なども正しく理解させなければなりません。人聞きのいいように、化学工業が発展したとばかり言わずに、最もひどく破壊された肥料工場をいま復旧中だということ、肥料の生産は、雨期の大水のように一度にどっと出てくるものではないということ、力を入れて工場を完全に復旧した後、1958年あたりから肥料を十分に供給することができるということを、よく理解させなければなりません。

 これとともに、いま労働者、事務員その他の住民に食糧を十分に保障することができず、市場の米価がまだ高い原因についても正確に話すべきです。この問題は、労働者が農業機械や肥料や消費物資を多く生産して農村に供給し、農民が穀物を豊富に生産できるようになってこそ解決されるのであり、そのときまでは、ある程度食糧事時の困難がつづくかも知れないということを労働者に率直に説明すべきです。

 衣料の問題についても同様です。いまは戦前より多くの織物を生産しているのに、どうして衣料がこれほど不足しているのでしょうか。それは、戦時に人民が米機の盲爆によって、寝具といわず衣服といわずすべてを失ってしまったので、織物の需要がたいへん大きいからです。織物の値段が高いという声もあるようですが、その値段をさげたからといって問題が解決されるわけではありません。織物の値段は、いま住民の購買力にてらして適切に定められています。ただ、重工業の優先的発展を促進し、それにもとづいて紡織工業をふくむ軽工業を急速に発展させ、織物を豊富に生産してはじめて、織物の値段も大幅にさげることができるし、織物の問題を完全に解決することができます。我々の宣伝では、これについても明確に解説すべきであります。

 このように、宣伝は率直かつ明確でなければならず、真実をありのままに知らせなければなりません。そうすれば、人民は将来の見通しについて確信をもち、すべての困難にうちかって勇敢に前進し、自分自身の幸福と祖国の隆盛発展のために、全力をつくしてたたかうようになるでしょう。

 現在我々の状態は、極めて良好であり、よりすばらしい未来が約束されている反面、南朝鮮の状態は実に暗たんたるもので、人民は飢えと貧困にあえいでいます。南朝鮮の同胞をこのような悲惨な境遇から救うべき責任が我々に課されています。

 党と政府が示した祖国の平和的統一の方針を実現するために、共和国北半部の社会主義的経済の基礎をかためるとともに、人民の生活を向上させなければなりません。日がたつにつれて、南半部の人民は北半部の楽園を憧憬しながら、ますます南半部の生き地獄を呪うようになり、我が党のまわりにかたく団結して、自分たちのあらゆる不幸と苦痛の根源であるアメリカ帝国主義の植民地的略奪と李承晩一味の売国的支配に反対する救国闘争に、勇敢に立ち上がることでしょう。

 北半部に強固にきずかれている社会主義的経済の基礎は、祖国統一の物質的土台となるばかりでなく、統一の後に南朝鮮の経済を成功裏に復興し、人民生活を急速に向上させるための決定的な保障となるでありましょう。それゆえ、北半部における社会主義建設は、北半部の人民ばかりでなく、南半部の人民にも大きな希望を与えて正義のたたかいに奮い立たせる強力な推進力となるでしょう。

 こんにち、平安北道のすべての党組織と党員と勤労者は、我が党の生活において大きな意義をもつ第3回党大会を高揚した勤労の成果で迎えようとしています。党大会後には、大会が示す道にしたがって、すでに課された3か年人民経済計画の課題を期限前に完遂し、ひきつづき5か年人民経済計画の実行に移る物質的・思想的準備をととのえるために総動員すべきであります。

 私は、平安北道の党組織と党員が党中央委員会の指導のもとに、この栄誉ある革命の任務を立派になし遂げるものと確信します。
 出典:『金日成著作集』10巻


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