『金日成主席革命活動史』

第6節 社会主義建設の革命的大高揚とチョンリマ運動の創始


 金日成主席の正しい指導によって3か年人民経済計画が完遂され、国営および協同団体工業生産計画は2年8か月で遂行され、1956年の工業総生産額は1949年に比べ1.8倍に伸びた。農業部門でも大きな成果が達成され、1956年に穀物生産は戦前の水準を上回った。教育・文化・保健医療部門でも大きな前進が遂げられ、1956年からは初等義務教育制が実施された。

 3か年計画の完遂によって、戦争の被害から立ち直り、産業の植民地的跛行性が著しく解消され、民族経済の自立的基盤が基本的にきずかれた。そして、社会主義経済形態の支配的地位が強まって工業生産における社会主義的部門の比重は98%にいたり、農業協同化でも決定的な勝利が達成された。

 3か年計画を完遂した朝鮮人民には、1957年から社会主義基礎建設を完成する5か年計画の課題が提起された。

 当時、国の状態は極めて困難であった。5か年計画は膨大な投資と高度の技術を必要としたが、資材や資金が不足し、技術は立ち後れており、人民の暮らしも楽ではなかった。そのうえ、帝国主義者の「反共」キャンペーンと修正主義者の策動、アメリカ帝国主義とかいらい一味の「北進」騒動のため情勢は複雑を極めていた。一部の活動家は、膨大な展望計画と困難を前にして消極性と保守主義に陥り、高いテンポで革命と建設をおし進めることをためらった。この難局を打開することは、朝鮮革命の運命を決する深刻な問題であった。

 そこで、主席は1956年12月、党中央委員会総会を開いて『社会主義建設で革命的大高揚を起こすために』と題する結語を述べた。結語では、社会主義経済建設で一大高揚を起こすための積極的な方針が示された。

 金日成主席は、次のように述べている。

 「(略)革命勢力の鉄のような統一と団結を実現し、反革命勢力との闘争を強化し、その基礎のうえに立って来年度の人民経済計画の遂行へと人民大衆の革命的熱意をよびさまし、社会主義経済建設で新たな高揚を起こさなければなりません」(『社会主義建設で革命的大高揚を起こすために』1956年12月13日)

 この方針には、全党と全人民が奮起して、革命の基盤を強化し社会主義建設で一大高揚をもたらすことによって、内外の敵のしゅん動を粉砕し、革命と建設を促進するという主席の雄大な意図が反映されていた。また、いかなる状況のもとでも、人民大衆の革命的熱意と無限の創造力を確信し、それに依拠して難関を乗り越え、逆境を順境に変え、災を転じて福となす主席のすぐれた指導力が具現されていた。

 主席は、経済の発展テンポをゆるめようとする保守主義者、消極分子の主張を排し、1957年の工業生産を前年予定実績より21%伸ばす高い目標をかかげ、計画外に旧貨幣で40億〜50億ウォンの商品と各種鋼材5000〜1万トン、穀物5万トンを増産する課題を提起した。また、1957年度計画遂行の方途を示し、社会主義建設の成否は指揮構成員の党の大衆路線の貫徹いかんにあるとし、すべての活動家は、政治活動、対人活動を立派におこなって、広範な大衆が積極性と創意を発揮するようにしなければならないと指摘した。そして、「増産し節約して5か年計画を期限前に超過完遂しょう!」という革命的スローガンを示し、全党員と勤労者が自力更生の革命精神を発揮して内部の潜在力をすべて引き出し、設備の利用度を最大限に高めるよう強調した。

 1956年12月総会は、革命と建設の破壊を企む内外の敵に致命的な打撃を加え、いかなる難関も自力更生の革命精神で克服してチュチェの革命偉業を完遂しようとする人民の不屈の革命的意志を内外に示し、他方、党の大衆指導と経済指導で一大転機をもたらし、社会主義建設で革命的大高揚の端緒を開いた会議であった。

 総会後主席は、社会主義建設の大高揚へと全党と全人民を呼び起こした。

 主席は、「チョンリマ(千里馬)を駆る勢いで前進しょう!」という革命的スローガンを示し大衆のなかに入った。1956年12月末、降仙製鋼所を訪ね鉄鋼労働者たちと生産で新たな高揚を起こす問題を討議した主席は、『内部の潜在力を最大限に引き出し、さらに多くの鋼材を生産しよう』と題する演説をおこなった。ここで主席は、国の困難な状態について言及したのち、党は革命の主力部隊である労働者階級を信頼している、他人が1歩あるけば10歩進み、10歩あるけば100歩前進しなければならないと指摘した。そして、鋼材を1万トン増産すれば国が一息つける、この問題の解決いかんはすべて降仙製鋼所の労働者の闘争にかかっていると強調した。また、鋼材増産の具体的方途を示し、ここの労働者が集団的革新運動をくりひろげ、それを全国の勤労者を社会主義建設の大高揚へと奮起させるのろしとならせようと強調した。降仙製鋼所の労働者は、主席の演説を支持して消極性と保守主義、技術神秘主義を一掃し、チョンリマを駆る勢いで力強く前進した、こうして主席のゆかりの地、降仙でチョンリマ大進軍の初ののろしが燃え上がった。

 主席は降仙製鋼所を訪れたのち、あいついで黄海製鉄所、興南、新浦地区、文徳郡と順川郡など全国の主な工場、企業所と農漁村を現地指導し、政治活動を優先させ、大衆の積極性と創意を発揮させて革命課題を完遂する革命的活動方法のすぐれた模範を示し、全人民を飛躍と革新へと呼び起こした。そして、党中央委員会常務委員会委員をはじめ、党と政府の幹部を金策(キムチェク)製鉄所など全国各地の生産現場に派遣し、大衆を立ちあがらせて増産・節約の潜在力を積極的に動員するようはかった。

 主席の戦闘的な呼びかけと現地指導に励まされた労働者をはじめとする全国の勤労者は、自力更生の革命精神を発揮して、多くの潜在力を引き出し、古い公称能力と基準量を突破して、以前には想像すらできなかった新しい技術と新しい基準量を創造した。降仙製鋼所の労働者は、年間6万トン以上は生産できないと言われていた分塊圧延機で12万トンの鋼材を生産する大革新を起こし、金策製鉄所の労働者は年間19万トンの公称能力をもつ設備で27万トンの銑鉄を生産し、黄海製鉄所の労働者は1年たらずのあいだに自分たちの力と技術で溶鉱炉を建設した。農民も潅漑施設を広範に建設し 稲の冷床苗など先進的農法を広く導入し、3か月以上つづいた日照りを大衆運動で克服した。

 主席は、人民経済全部門の大高揚をはかって、立ち後れた部門に指導を集中した。そして、水産部門と建設部門をもりあげるため1957年4月と10月に党中央委員会総会を開き、これらの部門に及ぼした反党反革命分派分子の影響と一部の活動家のあいだに生じた保守主義と消極性を克服して、高揚を起こす具体的な方針を示した。それは、水産部門では投機的な漁労方法をやめて多様な方法で四季、海を空けずに漁労作業をおこない、魚類加工を根本的に改善し、青年を海に積極的に進出させることであり、建設部門では組立て式方法を広く取り入れ、原価を極力引きさげることであった。

 主席は会議後、清津水産事業所、南浦水産事業所など各地の漁村と、平壌市の建設場をはじめ多くの建設現場を訪ね、隘路となっている問題を解決し労働者の生活に深く気を配った。

 主席の正しい指導によって、社会主義建設の各部門では大きな転換が起こり、驚異的な成果と革新があいついで記録された。このような革命的高揚のなかで5か年計画初年度、1957年の課題が完遂された。工業生産は1年間に44%という飛躍的なテンポで成長し、穀物生産計画も112%に超過遂行された。

 1957年度の経験は、主席の指導のもとに各分野で主体性を確立し、革命的大衆路線を貫き、自力更生の革命精神を発揚するならば、内外の敵のいかなる策動も断固しりぞけ革命と建設を力強くおし進めることができることを示した。社会主義建設の革命的大高揚のなかで、アメリカ帝国主義とかいらい一味の「反共」攻勢と「北進」騒ぎも、反党反革命分派分子の陰謀も粉砕され、中傷分子も引きさがらざるをえなかった。一方、全党員と人民は、主席のまわりにかたく団結し、革命と建設は極めて速い速度で前進した。

 朝鮮における社会主義建設の大高揚とチョンリマ運動は、このようにはじまった。朝鮮におけるチョンリマ運動は、主席の正しい指導の集中的な発現であり、主席のチュチェ思想と革命的大衆路線の結実であった。主席は常に主体的立場に立って大衆の志向と要求、その水準と内外情勢を正しく見きわめ、革命の現在と近い将来ばかりでなく遠い将来まで展望し、科学的で革命的な路線と政策を示した。そして、複雑多難な状況のもとでも大衆の力に依拠してそれを貫き、すぐれた展開力で人民大衆の革命的気勢をもりあげ、継続革命、継続前進へと導いた。主席のすぐれた指導によって、党は、組織的、思想的に強化され、その戦闘的機能と指導的役割が高められ、人民大衆はチュチェ思想と自力更生の革命精神で武装し、党の意図を無条件貫徹する覚悟と革命的熱意が急速に高まった。そして、革命と建設が急テンポでおし進められて社会主義革命の決定的勝利を達成し、自立的民族経済の基盤がかためられた。

 主席は、このような過程を通じてチョンリマ運動の主・客観的要因を造成し、それにもとづいてチョンリマ運動を起こした。主席は、チョンリマ運動の本質を明らかにし、それを社会主義建設における労働党の総路線として規定した。

 金日成主席は、次のように述べている。

 「(略)チョンリマ運動は、経済と文化、思想と道徳のあらゆる分野でいっさいの立ち後れを一掃してたえず革新を起こし、社会主義建設をめざましく促進するわが国の数百万勤労者の一大革命運動となり、社会主義建設におけるわが党の総路線となりました。
 この路線の本質は、全勤労者を共産主義思想で教育、改造して党のまわりにさらにかたく団結させ、かれらの革命的な熱意と創造的な才能を高度に発揮させて、社会主義をより立派に、より早く建設することにあります」(『朝鮮労働党第4回大会でおこなった中央委員会の活動報告』1961年9月11日)

 チョンリマ運動は、革命と建設の主人である勤労人民大衆の革命的熱意と創造的才能を高度に発揮させ、経済と文化、思想と道徳のすべての分野で旧社会が残したいっさいの古く立ち後れたものを一掃し、社会主義建設を最大限に促進する全人民的運動である。

 チョンリマ運動は、勤労者を教育、改造する活動と、経済と文化を建設する活動を中心課題として提起し、それらを有機的に結びつけておし進めることによって、社会主義建設の最も重要な問題である人間改造と社会改造の問題をともに解決することを可能にした。チョンリマ運動は、勤労者の革命的熱意と創造的積極性を高めることを最優先的課題として提起し、革命と建設のあらゆる問題を集団的革新をとおして解決することによって、社会主義建設全般を非常に速いテンポで前進させた。チョンリマ運動は、労働者階級の党が社会主義建設でとらえていくべき大衆運動のすぐれた形態であり、大衆動員の威力ある方法であった。したがって、この運動は、社会主義建設で労働党の総路線となったのである。主席によってチョンリマ運動が創始された結果、人々を革命的に教育し改造する活動と社会主義の物質的・技術的基盤を構築する活動を短期間に完遂する確固とした基礎がきずかれた。





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